第40話 自然淘汰と突然変異


 宝石を母岩ごと掘り出しては運び出し、永眠火山の中腹に開けられた洞穴は、毒性ガスの噴出す坑道……酸素欠乏の空間となった袋小路……様々な姿を見せながら広がり続け、いつしか底なしの洞窟と呼ばれるようになっていた。

 そこは猛獣など危険生物の棲み処であったが、同時に宝石の原石が採掘できる格好の稼ぎ場所でもある。


 鉱山を開発している俺からすれば採算性の悪い小さな鉱床でも、侵入者にとってはそこそこ実入りの良い稼ぎになるらしい。


 ずっと前、盗賊の娘に宝石貯蔵庫まで侵入されてから、貯蔵庫はなるべく洞窟の奥へ隠して、武装した森の巨人に守らせるようにしていた。俺としてはそちらの貯蔵庫さえ無事なら、採掘を放棄したような鉱床で盗掘されても大した被害にはならない。

(――だからと言って、勝手に盗掘されるのは我慢ならないけどな)

 無論、盗掘する侵入者に対しては、吸血蝙蝠を使って監視の網を張っている。侵入者を発見した時点で、吸血蝙蝠には即座に獣達を誘導するように命令してあった。


 侵入者の大半は盗賊や冒険者の類で、偶に近隣の元気な村人が入り込んでくることもあるようだ。法の理解に疎い盗賊や冒険者はともかく、いまだに一般の村人が侵入してくることには驚きを通り越して呆れ果てる。

(伯爵家の通達は何の役にも立っていないのか……)

 結局、他人の力など当てにしてはいけないのだ。

 信用できるのは自分の力のみ、他者を利用するなら自分で手綱を握らねばならない。


(いっそのこと、噂になっている洞窟の悪魔を仕立て上げて町や村を恐怖支配してしまうか……?)

 そんな危険思想を漠然と考えながら、俺は坑道の掘削をジュエルとノームに任せ、安全確認の見回りを続けた。


 


 巨群粘菌の暴走により一時は減ってしまった子鬼や灰色狼も、時が経つにつれ数を取り戻してきた。

 俺が呼び出した召喚獣も洞窟に定着して、以前に比べ獣達の種類も増えて賑やかになっている。


 ――その中で、同じ種族でもこれまでとは毛色の違うものが生まれ始めていた。


 突然変異というやつかもしれない。

 環境の急激な変化に対応しようとした結果だろう。


 特に、粘菌だ。


「洞窟の環境に順応してきたか。予想より早いな」


 巨群粘菌の召喚では失敗したので、なるべく弱く、しかし繁殖力は強い粘菌類を多種類召喚していた。

 その内の幾つかの種は自然淘汰されて消えてしまったが、生き残った種はより洞窟に適応した形質を得ていた。

 毒ガスに耐性を持つばかりか、好んでそれらを栄養源として取り込む粘菌などよい例である。



 また、全く予想もしない変貌を遂げた粘菌もいた。

 変な指向性や、妙な捕食方法を取るのだ。

 盗賊や冒険者など人間の侵入者が多いこの洞窟で、粘菌達は刺激を受けると毒を持った胞子を放出したり、催眠効果のある揮発性物質を撒き散らすなど、特殊な性質を持つようになる。


 それらは明らかに、人を捕食する目的で取得した形質と思われた。


「あ……あぅ……助けて……お願いよ……」

 洞窟の壁に背を預け、助けを乞う女冒険者。

 体中を胞子に包まれて、その皮膚には菌糸がしっかりと根を張っていた。粘菌の苗床にされたのだろう。

 装備も、衣服も、邪魔なものは全て分解されて、剥き出しの肌に胞子を植えつけられている。

 唯一、長く伸びた茶色の髪だけが分解されずに残されており、目の前の物体が人間の女だと改めて認識できる。


 女冒険者は口や鼻、そして目から大量に胞子の塊を生やしていた。呼吸をするごと空中に飛散する胞子を吸い込まないように、俺は自分の口元を外套の袖で覆った。


 どうやら、湿り気を帯びた体内が粘菌のお気に召したらしい。

 下半身の方にも綿埃わたぼこりのような胞子の塊が集まっていた。


(もう、長くは保つまいな……下手に近づいて胞子を身に受けても面倒だ。放置するのが安全策……)


「ああ……」

 その場から遠ざかる足音を聞いて、胞子の塊となった女冒険者が絶望の声を漏らす。

 魔導による外科手術で取り除くか、強力な抗生物質でも全身に投与すれば助かるのだろうが、俺にとって外敵である侵入者を助ける義理はない。



 ある者は毒胞子を吸い込んで苦しみもがいた末に絶命し、またある者は催眠物質で眠っている間に体内へ潜り込まれ内臓を溶かしつくされるなど、侵入者達は次々に特殊な粘菌の犠牲になっていく。


 ただ、こういった攻撃的な特徴はあまり歓迎できなかった。毒や催眠物質などは洞窟内を歩く俺にも影響が出る危険があるからだ。


「悪いとは思うが」


 結局、俺は突然変異の粘菌を試料サンプルとして一部だけ採取した後、撲滅した。


「それでもせっかく生まれた種だ。邪魔にならない別の場所に移してやるよ」

 小瓶の中で、小さな脅威がふるふると蠢いていた。

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