【ダンジョンレベル 5 : 愚者の地下墓地】

第34話 地下墓地に棺はなく

「ボスー、ボス~。また呼んでないお客さんだって」

「また来たのか……。もう面倒だ。ジュエル、お前が行って殲滅してこい」

「またまた~、ボス冗談がきついなー」


 凍れる女体像の噂が立ってからというもの、既に噂の元凶は取り除いたにも関わらず、洞窟への無法者達の来訪はやむことがなかった。


 物見遊山の旅人や好奇心旺盛な近隣住民ならば、洞窟で狼がうろついているのを見た所で奥に行くのは諦めて帰ってくれた。

 だが、どうにも盗賊や自称冒険者の類は諦めが悪い。

 命知らずにも洞窟へ侵入し、そして罠やら獣やら事故やらで勝手に死んでいく。

 この賊どもは一体どこから湧いて出てくるのか、全滅させても少しの間をあけてから、また別の顔ぶれでやってくる。 


 捕らえた賊から「何故、この洞窟に侵入したのか?」という質問をしてみたことがある。

 すると賊は血で詰まった鼻声で、

「許じでぐだざい、拷問やべでぐらざい、財宝がだぐざんあるっで噂で、幾づも盗賊団が挑戦じでダメで、ぎっどあぞごにば何があるっで、ごごで宝石の欠片拾っだ奴もいで、冒険者内でも競争になっでで……」


 俺は親切に実情を教えてくれた賊を丁寧に、完膚なきまでに叩きのめしてから、洞窟の外へと放り出した。


「くそっ……、人を遠ざけようとすればするほど、何か隠していると思われる!」

 事実、宝石採掘をしているわけで、宝石の欠片を拾った者がいるなら噂の信憑性は高いと見られたに違いない。

(どうにか隠蔽できないものか……)


「あははは、ボス悩んでるねー! そんなに頭を掻くと禿げちゃうよ?」

「黙れっ! この屑石精霊! 噂の一つには『宝石を好む精霊が棲みついている』なんてのもあるんだぞ! その所為で余計に盗賊連中の興味を惹いているんだ!」

「迷惑な精霊もいたもんだねぇ?」

「どう聞いてもお前のことだ!!」


 一度広まった噂は消えにくい。

 それも信憑性を高めるような事実まであっては、もはや噂の拡散は止めようがないだろう。

 そうなると後は、受け身の手段になるが侵入者が洞窟へ入れないようにするしかない。


 洞窟の入り口に幻惑の呪詛をかけることに関しては、断固として地の精ノームが反対した。

 例の『均衡と循環』という理屈だが、いまだに俺にはその意味がわからない。

 こういった縛りもあって、洞窟の主要な通路にはやたらと呪詛を仕掛けることができなかった。


 ノームなりの基準があるのか、特に魔導回路を通路に隙間なく刻むような行為が嫌われた。嫌われたというか、俺が試しに問答無用で陣を構築したら、問答無用で陣を破壊された、根こそぎだ。地を揺さぶるほどの数の暴力によって、魔導回路を寸断されたのだ。


 ノームの助けがなければ、採掘速度は極端に落ちる。

 良好な関係を壊したくなかった俺は、彼らの意向に沿う形で洞窟の防衛策を考えることにした。




「結局、この手段しかないか」

 今のところ、ノームが特に文句を言ってこない方法。


 物力召喚ぶつりきしょうかんの魔導回路が刻み込まれた水晶を懐から取り出し、脳から指先へと魔導因子を送り込みながら、己が呼び寄せんとする存在に意識を傾ける。

(――世界座標、『呪水銅山じゅすいどうざん』に指定完了――)

『服従を誓うもの、我が呼びかけに参じよ――赤銅熊しゃくどうぐま!』


 術式の発動と同時に水晶が一瞬白く閃き、甲高い音を立てて砕け散る。


 ――魔導回路の寿命だ。

 繰り返し魔導を行使したり強力な術式を扱うと、魔導因子の流れによる負荷で回路は損耗していく。

 今回の術式で使用限界に達したのだろう。予備の水晶はまだ幾つもあったはずだが、後で補充しておかなければなるまい。


 ともあれ、魔導回路を刻んだ水晶は最後の輝きを放ちながら、物力召喚の術式を発動させていた。


 召喚術によって無数の小さな光の粒が発生し、光の集合体は徐々に大きな獣の姿を成していく。

 引き絞り磨き上げた銅線の如き体毛に身を包む、巨大な熊。

 赤茶色の大きな瞳が召喚主の俺を凝視し、長い舌を口から垂らしたまま荒い息を吐いている。


 この赤銅熊は眷属ではない。

 それでも、召喚時に服従の呪詛に準じる誓約を交わしているので、俺に襲いかかってくることはないはずだ。

(……まれに、召喚時の呪詛掛けに失敗して命を落とす術士もいるからな……。油断はしないでおくとしよう)


 赤銅熊を眷属と化すことも考えたが、呪詛の二重掛けはかなりの高難度で、どのような副作用が働くか予想が付かない。

 眷属とする為には一度、誓約を解除する必要がある。

 それゆえに一時的とはいえ、制御の楔から解き放たれた赤銅熊と正面切って戦わねばならなくなる。

 俺が負けることは考えにくいが、万一にもこんなことで怪我をしてはつまらない。

 融通は利かないが、このまま誓約に従わせて簡単な命令を聞いてもらっている方が安全である。


「うわぁ……豪華な熊さんだねー。わひゃー、毛が金属みたいだ!」

 いつの間にやら俺の隣にやってきたジュエルが、赤銅熊の金属光沢を持った体毛を眺めて感嘆の溜め息を吐く。

 馴れ馴れしく体毛に触るジュエルを、赤銅熊は太い腕と鋭い鉤爪でもっていきなり横殴りにした。

「ひゃあぁあ!?」

 吹っ飛んだジュエルに四つ足で走り寄り、がっぷりと抱いて頭から噛りつく。


「ああ、言い忘れていたがそいつ、俺の与えた幾つかの誓約以外は基本的に自由行動だから気をつけろよ」

「ボスお願いだから、その中にボクを襲わない命令も入れておいて~!!」

「あまり多くの命令は与えられないんだ。諦めてくれ」

「あんまりだ~!」

 赤銅熊は噛み応えのあるジュエルが気に入ったのか、しっかりと抱きしめたまま舌でべろべろとジュエルの全身を舐めまわしている。

「ああっ、そんなところまで! ボク、お嫁に行けなくなっちゃう……」

「その熊が責任取ってくれるだろうよ」

 精霊と獣のじゃれあいを観察しながら、俺は新たな戦力に期待感を抱いていた。


 『呪水銅山』に生息する赤銅熊は、全身に生える剛毛が銅を多分に含んで硬くなっており、丸太のように太い両腕には岩をも削る鋭い鉤爪を持っている。今後は、凶悪な洞窟の番人として活躍してくれるであろう。



 

 俺が洞窟の下層域で新たな坑道の掘削をノームや子鬼に指示していると、上層の方から奇妙な声が反響してきた。

『――わあっ、アァーーッ……!!』

 間抜けな、そして悲愴な断末魔の声。


「んー? 何か聞こえたか?」

「ええー!? ボス、何か言ったー!? 聞こえないよー!!」

 鼓膜を震わす騒音を上げながら、ジュエルは坑道の掘削を行っていた。周辺では子鬼がツルハシを振るい、ノームが砕けた岩石の除去作業に奔走している。

 空耳かもしれないと思い直した俺は、気を取り直して引き続き作業続行の指示を出す。


 赤銅熊が洞窟に召喚されてから、侵入者の撃退に割く労力が目に見えて減った。

 常日頃から腹を空かせた赤銅熊は、洞窟内で餌とすることを許された侵入者の人間へと積極的に襲い掛かっていくのだ。


 今日も洞窟の上層階では、侵入者と獣が必死の追いかけっこを繰り広げていた。

「はっ、ひはっ、あっ! わ、わぁあーっ!! 来るなー!!」

 絶叫を上げて全速力で逃げる自称冒険者の男に赤銅熊が後ろから追い縋る。


 四つ足で疾走する赤銅熊はあっという間に男との距離を詰め、両前足を振り上げながら強靭な後ろ脚で跳びかかる。

 二本の剛腕が男の肋骨を左右から叩き折り、走り込んだ勢いと恐るべき重量を有する体で男にのしかかり押し潰した。

「ぎあ……が、ああぁ……ぐべ」

 そのまま問答無用で頭から丸かじり。


 時折、噛み砕いた骨の欠片を辺りに吐き散らしながら、赤銅熊は腹が満たされるまで哀れな侵入者の骸をむさぼり続けた。

 食い散らかした残り滓のおこぼれに与ろうと、周囲には灰色狼もまた集まってきていた。

 そして自称冒険者の屍は跡形もなく、細かな骨となってその場から持ち去られるのだった。




 洞窟内を歩いていた俺は、坑道に散らばる骨を見咎めて眉根を寄せた。

「おい、誰だ。骨を散らかしたままにしているのは! 不衛生だぞ!」

 俺の一喝に、近くにいた子鬼と狼が身を縮め、散らばった骨を拾い集める。

 後から確認すればそれは赤銅熊の食い荒らした跡だったのだが、いずれにせよ放置しておくものではない。


「どこかまとめて一箇所に捨ててこい! 外でなくてもいい、廃棄場所を作って集めておけ、いいな!」

 俺は綺麗好きだ。それは予期しない病気などから自身を守る為でもある。

 他にも事故や何かで死んだ子鬼の死骸など、腐るようなものはなるべく片付けさせるようにした。

 こういったことは常日頃からの清掃が重要であり、少しでも怠けて汚したままにしておくと、次第に汚れを意識しなくなり環境は荒れ果てていくのだ。


 洞窟上層では外へと捨てに行っていたが、下層では一々捨てに行くのも面倒だ。

 適当に中層部辺りで一つ所に集め、後でまとめて捨てに行くか、そのまま埋めてしまうのが得策だろう。

 冒険者の遺した装備品などもあったが、これは捨ておくことにした。回収の手間と売りさばく面倒を考えれば放置した方がよいと判断したのだ。


 子鬼らで使いたい物があれば自由に拾ってよいとは言っておいたが、正直なところ大して使えるものはないだろう。

 それでも子鬼達は喜んでガラクタを拾い集めていた。


 後に遺されるのは、山と積み上がった大小様々な人の骨。

 そこは到底、墓場とは言い難い。

 無造作にごみとして捨てられた哀れな頭蓋が、恨めしそうに暗い眼窩で虚空を睨み続けていた。


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