第33話 恥辱の見せしめ

 盗賊エシュリーは絶望していた。


「お前がここ最近、賊を手招きしていた奴だな?」


 目の前の少年術士は、絶対に出会ってはならない相手だった。

 欲張ってずだ袋の容量より多くの宝石を持ち帰ろうとしたのがまずかった。袋に入りきらない宝石を服の中へ詰めている間に逃げる機会を失ってしまったのだ。

 まるで素人丸出しの失敗に、エシュリーは自身の浅はかさを呪った。


 目の前の彼は、エシュリーが賊を招き入れた元凶であることに気がついている。

 そして、山賊や盗賊の男達を前にしていたときにも感じなかった強い怒りを顕わにしていた。


 ――ただでは殺さない。

 そんな気配がありありと感じられた。


 既に手足を銀の蔓に巻き取られ、動きを封じられている。

 賊を招いた元凶と確信しながら、その上ですぐに殺さないのは彼女をいたぶるつもりがあるからだろう。


「あ、あたしをすぐに解放しろ! このあたしを大盗賊エシュリー様と知ってのことか! 今に手下共がわんさかやってくるぞ!」

 下手なはったりを術士は無反応に聞き流すと、案の定、エシュリーの予想通りの言動に出た。


「無法者に相応しい、罪に対する罰を与えよう。隷属して罪を償う奉仕をするか、それとも恥辱にまみれた見せしめとなるか、どちらを選ぶ?」

 下僕として扱き使われるか、見せしめとして吊るされるか、どちらにしてもエシュリーの人生は詰んでいる。


 あるいは媚売って取り入れば情けをかけてはくれまいかと考える。しかし、この冷徹そうな術士に温情を期待するのは無謀かもしれない。

(いや、それでも相手は男だ。な、なんとか女を武器に篭絡できれば、命までは取られないかも……。ああ、でも下手に気に入られたら一生、慰みものにされる可能性も……)


 悩み続けるエシュリーに、冷たい言葉が言い放たれる。

「俺は面倒くさいのは嫌いだ。自分から働く気がないのなら……見せしめにするまで」

 時間切れだ。


「ジュエル、その女をお前の好きなようになぶれ」

 術士は傍らにいた妖艶な少女ジュエルに、エシュリーの断罪を命じた。

 それまでニヤニヤと横で眺めているだけだったジュエルが、赤い瞳を見開いて、背中の羽を大きく震わせた。


「ボクの好きにしていいの!?」

「好きにしろ」

「了解、ボス! じゃあ、じゃあねぇ……剥くよー! 剥いちゃうよー!」

 そしてあろうことか、好色な笑みを浮かべて興奮気味にエシュリーへと寄ってきた。


「な、や、やめろ! 近づくなっ! や……いや~っ!!」

「ふひひひひ! 観念しな、お姉ちゃ~ん!」

 見た目の容姿からは想像もつかない下種な口調で、ジュエルはエシュリーの衣服に手をかける。

 革のジャケットをはだけて後ろ手に回し、白い亜麻の繊維で織られた下着を乱暴に引き上げた。下着の中に隠し持っていた宝石が輝きながら周辺に飛び散る。

「ひぃっ!?」

 ひんやりとした洞窟の空気が、さらした肌をくすぐるように刺激した。


「わーい、むにゅむにゅさせてー」

「ぎゃー―!!」

 硬く冷たい岩の塊のようなジュエルの頭が、エシュリーの胸元に押し付けられる。

 人肌の生温さを想像していたエシュリーは、想定外の冷え切った感覚に思わず悲鳴を上げてしまう。


 更に、冷たい両の手の平がエシュリーの小振りな双丘に添えられて、無遠慮にこね回し揉みしだく。

「…………!!」

 あまりにも手馴れた扱いに、エシュリーは半分白目を剥いて悶絶した。

 いつの間にか上半身だけでなく、下半身にまでジュエルの手は容赦なく伸び、エシュリーの衣服を剥いている。

 大粒の貴石が数個、転がり出てしまったが、当のエシュリーはもう自分が何をされているのかもわからなくなっていた。


「あ……あふっ……た、助けて……」

 女を武器に術士を篭絡する余裕もなかった。

 痴態を晒しながら、ぶざまに助けを乞うのが精一杯だ。

 エシュリーの姿を見た術士は、無表情のまま溜め息を一つ吐きだした。


 その溜め息一つで、彼の術士がエシュリーに対して何の価値も見出していないことが知れた。

 路傍の汚物でも見るかのような表情に、エシュリーの救われる最後の希望は絶たれた。



 ◇◆◇◆◇


 ぴくぴくと小刻みに痙攣を繰り返している盗賊の娘、エシュリーを眺めながら、俺はひどく情けない気分に沈んでいた。


 おそらくジュエルは「恥辱の見せしめ」「嬲れ」という言葉を受けて、忠実にそのような行為を実行に移したのだろう。

 しばらくはいい見世物だと思っていたが、やけに手馴れた様子で娘を陵辱していく様子を見て考えが変わった。


(……こいつはもしかして、こういう経験を好き好んでしてきたんじゃなかろうか……)


 これが貴き石の精霊ジュエルスピリッツの本質かと思うと頭が痛い。

 美しい宝石は世の女性を魅了すると言うが、これは根本的に意味合いが違うだろう。

 個体特有の偏った性格だとは思うが、とても表沙汰にできる性癖ではない。まずもって契約者である俺の性癖が疑われること間違いなしだ。

 こんな馬鹿げたことで人格を疑われ一級術士昇格への道が閉ざされでもしたら、今度こそ俺はこの屑石精霊をどうにかしてしまうかもしれない。


(まあ、侵入者の娘に対しては効果的な嫌がらせになったようだが)


 エシュリーはだらしなく涎を垂らし、虚ろな目をして呆けている。

 ほとんど無抵抗の彼女にジュエルは、なおもしつこく岩の肌を擦り付けていた。

 硬い肌が娘の柔肌を擦り、赤く爛れた痕を残している。


「むふふ~」

「もういい、ジュエル。これ以上は時間も勿体無い。さっさと止めを刺して終わりにしろ」

「はーい」

 俺の命令にジュエルは素直に従うと、エシュリーの目の前でどこからともなく取り出した細長い棒状の石を握った。


 表面はつるりと滑らかで、掘削に使う鋼鉄の錐に比べれば小さく、威圧感は弱い。

 ところがエシュリーには凶悪な姿形にでも見えたのか、今まで無反応だった彼女の表情が強張り、涙を浮かべて「いやいや」と首を振った。

 ジュエルは娘の必死の抵抗にもお構いなく、満面の笑みで止めを刺しにかかった。


「は~い、腰の力を抜いてぇー」

「――や、やめ」

「浣腸――!!」

「ひぐぅっ!?」


 ひどい。あまりにもひどい。

 これが俺の契約した精霊の本質だった。



 もはやこれ以上は見るに堪えない惨状を収めるべく、俺は早々に仕上げの呪詛をかけることにした。


(――永久とわの休息を与えよ――)


晶結封呪しょうけつふうじゅ……』


 魔力の呼び水たる魔導因子が流れ込み、緑藍晶石ヌーマイトに刻み込んだ魔導回路が金色に閃くと、盗賊娘の全身を透明な結晶が包み込んだ。


 半裸のまま結晶に封じられた娘の表情は悲痛なままに凍りつき、瞬きさえ許されず目を見開いたまま。

 侵入者への見せしめとする為、融けない氷の像となった彼女を洞窟の玄関口に飾っておくことにした。

 これで、恐怖に駆られた侵入者は奥に進むのを躊躇うことだろう。


「盗賊を呼び込んでいた元凶もこうして捕らえたし、しばらくは採掘に専念できそうだな……」




 後日、侵入者は減るどころか、激増してしまった。

 山の中腹にある洞窟で、美しい凍れる女体像が拝めると噂になったのだ。


 下心を持った旅人や近隣の村人。

 金銭目的も絡めてやってくる無法者や荒くれ者達。

 そして奇妙な噂に興味を抱いた自称冒険者のならず者達……。

 誰も彼もがエシュリーの痴態を拝みに洞窟へとやってきた。


 見せしめではなく、見せ物になってしまっていた。

 面倒事が増えるのを嫌った俺は解呪を行い、盗賊の娘に布切れ一枚渡して解放した。


「く……屈辱だ……」

 娘は布切れを纏うよりも先に、地面へ這いつくばって屈辱に打ちひしがれている。

 長く見せ物になっていたことで、裸を曝す羞恥心も薄れてしまったのだろうか。

 お尻には細長い石も突っ込まれたままだ。


「……いつか、責任取らせてやるからな!!」

 エシュリーは意味不明な捨て台詞を残して去っていった。


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