第32話 盗賊エシュリー

 身の軽さ、手の器用さ、女の色香を駆使し、盗みを働いて回る一匹狼の盗賊エシュリー。

 彼女は馬鹿な盗賊の男共をだまくらかして、まんまとダンジョンの露払いにしていた。


(男共は馬鹿だよね、あたしの口車に軽く乗ってさ。精々、ここの管理者を引き付けてくれよ。その間にお宝はあたしが頂いていくんだからさ!)


 あちこちで盗賊達が歩き回り、罠や獣に遭遇し、洞窟内は常日頃に比べて慌ただしい気配に包まれていた。

 子鬼や狼達が殺気立ち、武装した森の巨人トロールがのしのしと歩いて洞窟の入り口へと向かって行った。

 おかげで洞窟の奥は手薄になった。今なら潜入して貯蔵庫から宝石を盗み出せる。


 エシュリーは既に目星をつけていた地点まで、薄暗い洞窟の中を影のように走りぬけた。

 ほどなくして、輝く宝石を抱えた子鬼が定期的に出入りする部屋を見つけた。


 容易に宝石を運び込めるように、部屋の扉には鍵がかかっていないようだった。

 常時、開け放してある。

 不用心とも思えるが、ここまで奥への侵入は想定していないのかもしれない。

 あるいは部屋の送還陣ですぐに別の場所へ移すつもりだったのか。

 いずれにせよ今が宝石を盗み出す絶好の機会に違いなかった。


「……ははっ! こいつはすごいや! 宝石の山だ!! ……とても全ては持ち出せないのが惜しいな。でも、一抱えの量でたぶん十年は何もせずに食っていけそう。最高のお宝だね!」

 エシュリーは嬉々として手持ちのずだ袋に宝石を放り込んでいった。


 もう少し、あと一掴みだけ……。

 欲が出るほどにずだ袋は重く大きく膨れあがり、引き換えにエシュリーは逃げのびる可能性を失っていくのだった。



 ◇◆◇◆◇


「……どうにも侵入者が多いと思ったら、手引きしている奴がいたようだな。他の連中は囮か……」

 洞窟の奥の方で侵入者発見との報告を子鬼から受け、俺は急ぎ洞窟を駆けていた。

 後ろからはやや遅れて精霊のジュエルが、二枚の透き通った羽をばたつかせながら低空飛行でついて来ている。


「おっしおきー、おっしおき~♪ 侵入者にはおしおきだ~♪」

 調子はずれの歌を口ずさみながら、ジュエルは緊張感の欠片もなく笑っている。

 穴掘り以外に大してやることのない洞窟は、好奇心旺盛なジュエルには退屈だったのだろう。

 時折、現れる侵入者はジュエルにとって退屈しのぎの遊び相手と言ったところか。


 ジュエルが自分で積極的に侵入者を排除することはない。ただ、罠に嵌まったり、獣に襲われて慌てふためく姿を見るのが楽しいらしい。


(今更ながら、本当に性質の悪い精霊だ……。見世物と勘違いしているのか、それとも本質的に嗜虐趣味なのか)



 二千年もこの世に存在を続けていれば、俗にも染まるというもの。

 この精霊がこれまでどこで何を見てきたのか、想像もつかないが、きっと碌でもない経験も多かったはずだ。


(たまにはこいつを、けしかけてみるか? 精霊の本質を正しく理解しておかなければ、後々面倒にもなりかねないしな。その試金石として、侵入者には犠牲になってもらうとしよう)


 侵入者という明らかな敵に対して、だが俺と同じ純人すみびとに対して、ジュエルがどこまでやるのか。

 例えば、何の躊躇いもなく人を殺してしまうようなら、それは本質的に純人を下等とみなしている恐れがある。

 知能を持った上級の幻想種ならば、そういう思考形態も珍しくない。

 それは契約を交わした後でも、潜在的に裏切る危険性があるということ。



「ねえ、ボスー? 侵入者はどこにいるの?」

 不意にジュエルからかけられた声に、没入していた思考から呼び戻される。

 身内への疑心暗鬼よりも、今は外部から侵入した敵の捕捉が優先だ。


 俺は侵入者の正確な位置を掴む為、探索術式の準備に入る。

 左耳に付けられた天眼石アイズアゲートの耳飾りを軽く指先で抓んだ。


(――見透かせ――)


 頭の中で思考を言語化し、意識を集中すると、天眼石が仄かに白い光を帯びる。

 回路が魔導因子で満たされた事を確認し、術式発動の意思を込める。


『天の慧眼けいがん!』


 術式の発動によって、周囲の岩壁が半透明に透けて見えるようになり、洞窟内を動く獣の姿が浮かび上がる。その中に、一つだけ他と異なる姿形をした生き物を見出す。


 岩陰に隠れるようにして、一人だけこそこそと動き回っている。

 子鬼ではない。

 集団で訪れる山賊共とも違う、単独の侵入者。

 今日やってきた盗賊の残党にしては、動きに迷いがない。何度も洞窟内を行き来している者の動きだ。


「見つけた。こいつが元凶に違いない」

 そいつは迷うことなく貴石の貯蔵庫へと入っていった。


(……貯蔵庫に門番でも配置しておけばよかったか。ここまで入り込まれるとは思ってもいなかった)

 俺はその慣れた動きの侵入者を監視しながら、全速力で貯蔵庫の入口へと走る。


「……薄汚いコソ泥め。他人の土地を荒らした罪、どうあがなってもらおうか」

 単純に殺しはしない。

 非情の責め苦でもって、自らの行いを後悔させてやるのだ。

 無法者には相応しい末路を。


 貴石の貯蔵庫へ近づくにつれ、俺の心の内は怒りで煮え滾り、暗い感情に支配されていった。


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