第30話 鉄の罠
七人の武装した男が入り組んだ洞窟を警戒しながら歩いていた。
革鎧を着て、小振りの短刀を腰に吊るしている。
洞窟内の偵察を行い、地形の把握に動いていたはずの先発隊が戻らず、痺れを切らした盗賊団の強襲隊が奥の様子を探ることにしたのだ。他にも頭目を含め、幾つかの集団に別れて洞窟内を探索している。
聞いた話ではこの洞窟、宝石の採掘を行っており、掘り出した宝石を一時的に保管している部屋があるという。その保管庫さえ探し当てれば一獲千金。ここでは高価な貴石も産出すると言うから大儲け間違いなしだった。
「それにしても先発隊の奴ら、どこ行きやがったんだ?」
「なあ、もしかして自分達だけお宝を見つけて、とんずらしちまったんじゃぁないか?」
「裏切ったってのか? そこまで命知らずの馬鹿共じゃないだろ」
「だがよ、一生遊んで暮らせるような量の宝石とかだったら……」
「そん時は裏切った奴ら追いかけてぶっ殺して、俺達のお宝の取り分が増えるだけだ」
「まあそうなるわな。お頭が許すわけねえ」
「大方、地形の把握に手間取って迷っているんだろうよ」
盗賊団の仲間意識は薄い。
彼らの稼業において、利益を独り占めしようとする輩は後を絶たない。
だが、そんなことを許していては盗賊団として成り立たない。それゆえに裏切り者には問答無用の死が与えられる。
この暴力的な掟によって、彼ら盗賊のような無法者の集団にも一種異様な結束が保たれているのだ。
長年に渡り盗賊稼業を続けてきた人間ほど、おいそれと宝を持ち逃げするような考えなしの行動は取らない。先発の連中には何年も盗賊を続けている者も混じっていることから、裏切りの可能性は低かった。
「おおい! ここに扉付きの部屋があるぞ!」
「宝石の保管庫か!?」
男の一人が上げた声に、残りの男達が部屋の前に殺到する。
扉は重々しい鉄製の扉で、内側に向けて押し開くようになっていた。
「よし、開けるぞ」
「おう……」
扉の左右に陣取って、開けると同時に部屋の中へとなだれ込む。
部屋の中には低い天上に届きそうなほど、うずたかく積まれた鉱石の山があった。
「鉱石みてえだな」
「なんでぇ、宝石じゃないのかよ」
「外れか、くそ」
口ぐちに罵声を上げて、唾を吐きながら部屋の出口に戻る。
だが、先ほどまで開いていた扉は固く閉ざされ、ご丁寧に鍵までかけられていた。
「罠だ!」
「ばっかやろう! なんで、全員で中に入ってるんだ! 誰か扉を開けたままにしとけよな!」
「うるせえ、てめえも同じだろうが!」
罠にかかったと気付いた途端、仲間内で責任の擦り付け合いと罵り合いが始まる。
「落ち着け、今、鍵開けるのを試すから……」
殺気立つ仲間を押しとどめ、開錠の得意な盗賊が扉の前へ出る。
だが、その盗賊は扉の前で硬直したまま動かなくなってしまった。
「早くしろよ、まさかお前でも鍵が開けられねえのか?」
「いや……違うんだ。この扉、鍵がついてないんだ……」
呆然と扉の前に立つ開錠の得意な盗賊を押しのけて、別の男が扉の様子を探る。
「なんだあ、これは!? 鍵穴どころか、取っ手の一つも付いてやがらねえぞ!」
重々しい鉄の扉には、取っ掛かりとなるようなものが一切なく、扉自体は外から内へと一方向にしか開かない構造だ。単純だが効果的な、誘い込んで閉じ込める形式の罠だ。
「罠を作った奴も、間違って閉じ込められた時の為に扉を開ける仕掛けくらい用意してあるはずだ、探せ!」
気を取り直した盗賊達は扉を開ける仕掛けがないか探し始めた。
そんな最中に盗賊の一人から悲鳴が上がる。
見れば悲鳴を上げた盗賊の背中に、真っ赤な色をした
そいつはじりじりと盗賊の皮膚を酸で焼き、傷口から血液を吸い出していた。
「――
鉄血粘菌は生き物の血を栄養分にする吸血性の粘菌である。
動物の生き血が手に入らない時は、土壌の鉄分を代用に取り込むこともあり、鉱山に生息していることが多い。普段は洞窟の天井などにへばりついて息を潜め、獲物が通ったところに上から覆い被さるようにして襲い掛かってくる。
天上から雨の様に降ってくる鉄血粘菌に、逃げ場のない盗賊達は大混乱に陥っていた。
「ちくしょうめぇ! 死にさらせっ!」
盗賊達は次々に短刀を抜き放ち、鉄血粘菌に切りかかる。
切り刻まれた鉄血粘菌は、切られた直後こそ動きを止めて悶えているが、しばらくすると寄り集まり完全に元の大きさへと戻ってしまう。
「火だ、火を使え!」
機転を利かせた盗賊の一人が松明の火で鉄血粘菌を炙り、足に絡み付こうとしていたのを退ける。
それを真似て他の盗賊も松明の火で鉄血粘菌を追い払う。
鉄血粘菌は動きが遅く、熱に弱いと言った弱点を持つ。
松明の炎でもあれば素人でも退けることはできるのだ。
「へ、へっ! 驚かしやがって、火には弱いんじゃねえか。おらおら、燃えちまえ」
調子に乗った盗賊は手当たり次第に鉄血粘菌を火で炙る。
松明は鉄血粘菌を確かに退けており、盗賊達は優勢に戦っているように思えた。
しかし、松明の火が弱まってくると、鉄血粘菌は先程よりも積極的に盗賊達へ向かってくるようになる。果ては天井から降ってきた鉄血粘菌が松明の上に覆いかぶさり、火を消してしまう。
「ど、どうすんだよ!? 火でも駄目じゃねえか!」
よほどの火力でなければ殺し切ることはできない。炎で追い散らして逃げる分には十分だろうが、逃げ場のない空間では単なる時間稼ぎにしかならなかったのだ。
「ここから出してくれ!」
「誰か、外にいねえのか!」
鉄の扉の前で口々に助けを呼ぶ盗賊達。
その声は分厚い扉に阻まれて、外には蚊の羽音ほどにしか漏れてはいなかった。
◇◆◇◆◇
重い鉄の扉を開けて、鉄鉱の間へと足を踏み入れる。
背後で静かに扉が閉まり、天井ではたっぷりと血を
粘菌達は新たな獲物の気配に天井から降りようとするが、獲物が微弱に放つ魔導因子の波形を感知すると、再び天井へと戻り静かに身を潜めた。
「食い意地の張ったやつらめ」
俺は一人、鉄鉱の間を見渡して呟いた。
部屋の中には山と積まれた鉄鉱石と、いましがた天井に隠れた粘菌共。
そして、見るも無残に食い散らされた人であった物の残骸。
「骨まで残さずとはいかないか。後の掃除は狼達にも手伝ってもらうとしよう」
鉄の扉の前に立ち、俺は呪詛を解く
『不可逆の扉、摂理を反転、開門せよ』
楔の名を告げると、人力では決して開けようもない鉄の扉が容易く開く。
扉を開いたままにして俺は狼を呼び込むと、部屋に転がる白骨化した屍を持ち去らせた。
後には、粘菌が消化しきれず狼も口にしない、七組の短刀と革鎧だけが残された。
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