第29話 愚か者の金
今回で何度目になるのだろうか。
最近になって急に、不法侵入者が頻繁にやってくるようになった。
「俺達はここいらじゃ少しは名の知れた『夜鷹の盗賊団』だぜ? そこいらのごろつきや山賊と一緒にしないでもらいてえな」
お決まりの台詞を口にする盗賊の男に、俺はもはや返事をする気分にもなれず、ただ心底面倒くさくなって大きく溜め息を吐いていた。
『夜鷹』とか自称と思われる名前を自分で名乗っているのも恥ずかしい限りだ。
山賊と一緒にするなと言うが、卑賤の身にも矜恃があるのだろうか。
……どうせ大したことのない理由に違いない。山賊がただ粗暴に振る舞うのに対して、自分達は盗むことに特化しているなどの自負でもあるのだろう。
どちらにせよ自慢気に犯罪者を名乗っている時点で、人として最底辺の生き方だ。
「既にこの洞窟の中には俺達の仲間が多数入り込んでいる。お前さん、ここの管理人か何かのようだが、命が惜しけりゃ黙って見てな。そうすりゃあ、俺達も頂く物だけ頂いて大人しく帰るからよ」
こいつらの他に何人も入り込んでいるのだとしたら、それは確かに面倒な事だ。
主に、後始末が。
一場所に集まってくれていれば処分も楽なのに。
ひとしきり言うだけ言って満足したのか、盗賊の頭目と思われる男は呆れてものが言えないでいる俺を見て、愉悦に満ちた笑みを浮かべている。
うまく相手を脅しつけることができて満足、といった表情だ。
とりあえず無言で無視して去るのもどうかと思い、俺は何か言ってやれることはないかと後ろ頭を掻きながら考えた。だが、これと言って気の利いた台詞は思い浮かばなかった。
「あー……、愚かしくて何か言う気にもならんのだが、せめて言われた言葉をそのまま返すとしよう。『命が惜しければ、今すぐに大人しく帰れ』。言うべき言葉はそれだけだ」
投げやりに言って、俺は精霊ジュエルと共に洞窟の奥へと引き返した。
ジュエルが盗賊と俺を交互に見やって、少しつまらなそうに頬を膨らませている。血みどろの展開でも期待していたのだろう。まったく趣味の悪い精霊である。
「何だあ、ありゃあ?」
「言うだけ言って逃げ出しやがった! 大口の割にとんだ腰抜けだぜ」
やや遠くの方で盗賊達の侮蔑を含んだ笑い声が聞こえた。
好き勝手なことを言っている。
侵入者ありと知らせを受けて、宝石採掘の作業途中でわざわざ抜け出してきたのだ。親切に一言、警告をしに来てやったことは盗賊共にも感謝してほしい。
「ボスー、あの人達は放っておいていいの?」
「何もする必要はない。既に罠は張り巡らせてある。あの程度の小物は、自然に淘汰される」
少し歩いたらもう盗賊の頭目の顔も忘れてしまった。
正直、どうでもいい些事だ。
それよりも今は、新たに発見された鉱脈の扱いをどうするか、そちらの方が重要だった。
深く、長く掘り進めた一本の坑道奥に、黄金色に輝く六面体の金属塊が無数に転がっていた。
それらの中には綺麗な結晶体へと成長しきれず、粒状の集合塊となったものも散見される。
「ここが、例の鉱脈か?」
「うん、ここがねー、事件現場だよボス」
黄金色の結晶が散らばる坑道に、一匹の子鬼が横たわっていた。
四肢はだらしなく地面に伸び、完全に息絶えている様子だった。
死骸の脇には一本のツルハシが落ちている。黄金色の金属塊が生えた岩壁には亀裂が入っており、そこから空気の漏れる小さな音が聞こえていた。
俺はしばらく、遠巻きに坑道の様子を眺めていた。
転がっている黄金色の塊を一欠け、ジュエルに拾って来させると、間近でその結晶を観察してみる。
(間違いないな、この結晶の色形。それに、あの亀裂から聞こえる音……)
俺が考え込んでいる間にジュエルが金属塊を幾つか摘み食いしていたが、今回に限って俺は何も言わなかった。
観察の結果が俺の予想と一致したことから、この坑道に長居は無用と判断する。
すぐに坑道を引き返すと、俺はジュエルに掘削の指示を与えた。
「ジュエル、この坑道の途中に横道を一本掘ってくれ。他の坑道に繋げないように、外まで貫通させるんだ。やれるか?」
「んん~、ボスが方向を指示してくれるならできるよ? ほら、あの透け透けの術で!」
「『天の慧眼』のことか? 妙な名称で呼ぶな。……他の坑道と交差しないよう俺が見てやればいいんだな?」
「うん! 大体の方向でいいよー。他の坑道が近ければボクもある程度は掘削音の反響で感知できるから」
「よし、方向は指示しよう。掘削は任せる」
単純に一本道を掘り進める作業は、一刻とかからずに終わった。
岩壁を貫通し外へ出ると、そこは断崖絶壁になっていた。
「きいぃやあぁぁぁ……!」
穴を開けた勢いでジュエルが崖下に転がり落ちてしまう。
空と地平線が見える穴からは、淀んだ洞窟の空気を浄化する清々しい空気が入り込んできた。
「いい風だ……」
「……和んでないで早く引き上げてよー!! ボスの馬鹿ー!」
崖下の地面にめり込んだジュエルが喚いていたが、俺は気にせずしばし憩いの時間を満喫した。
◇◆◇◆◇
「ちっ……聞かされていた以上に複雑だな、この洞窟は」
「エシュリーの奴、やっぱり使えねえ。ろくに調査もしないで、俺達を呼び込んだのか?」
「仕方ねえよ、あいつは駆け出しだ。この程度の仕事が精一杯なんだろ」
「もうちっと大人の色気があれば、夜の仕事で目ぇかけてやってもいいんだけどな。ははっ!」
「あの小娘、俺らが色香に騙されて動いていると思ってやがるからな。後で、自分の立場ってもんをわからせてやる」
夜鷹の盗賊団、先発五名は軽口を叩きあいながら地形の把握に努めていた。
「ん? こっちの道も情報にないな」
「なんだあ、また見逃していた道があるのか?」
「仕方ねえ、仕方ねえ。調べようぜ」
「おい、なんか臭えぞ。誰か屁、こきやがったな」
「言い出しっぺが一番臭いって言うぜ、お前だろ?」
男達は狭い道を縦一列になって進み、突き当りのちょっとした空洞で足を止めた。
そこには、目を見張るような黄金色の輝きが、岩壁に幾つも貼り付いていた。
「おい! 見ろ! 金だ!」
「うおお、すげえ! こんなに大きい金塊、初めて見たぜ!」
「馬鹿言え、お前はそもそも本物の金だって見たことねえだろう。……実は俺もだ!」
「ひゃぁっはぁ! この金は早い者勝ちだ!」
「あっ、汚え! どけ、俺のもんだ!」
盗賊の男達は競って黄金の金属塊を壁から引き剥がし、拾い集めた。
黄金色の金属塊を集め始めて、どれくらいの時間が経ったか。
手元の袋にずっしりと集まった金属塊を、ほくほく顔で眺めていた一人がふと後ろを振り返ると、あれほど金に熱狂していた仲間達が静かに項垂れていた。
そればかりか、次々に膝を地面に落とし倒れ伏していく。
異常に気が付いた男も、屈めていた腰を上げようとしてふらつく。
(――呼吸がうまくできねえ!? く、苦しい……)
自分達が何か致命的な状況に陥っていることがわかった男は、倒れてからピクリとも動かない仲間達の様子を見て、次にようやく岩壁の亀裂から空気の漏れる音と
最初は誰かの屁の臭いだと思った。
その内に鼻が馬鹿になって臭いに鈍感になっていたのだ。
男は仲間達を捨て置き、混乱のままに洞窟内を走り出した。
「は、はひっ! はひっ!」
毒ガスだ。あれは毒ガスに間違いない。
この洞窟のどこまで行き渡っているのか知れない。
とにかく新鮮な空気を肺一杯に取り込んで、この腐った空気を交換しなければいけなかった。
死の間際に研ぎ澄まされた感覚は、男に新鮮な空気の在り処を知らせる。
横道の向こうから風が吹いてくるのだ。
外へ繋がる道なのかもしれない。
男はがむしゃらにその狭い道を進んだ。
死の間際でも、黄金の金属塊が入った袋は手放せない。
例え走るのに邪魔でも、男の欲望は本能さえ上回って、その袋を放さなかった。
明りが見えた。
太陽の光だ。
男は全速力で外へと飛び出し、肺一杯に新鮮な空気を取り込んだ。
はあぁっ、と息を吸い込んだのも束の間、背筋を凍らせるような浮遊感に襲われ、男は自分の足元を見た。
地面がない。いや、地面はある。
ものすごい勢いで男の足元に近づいてくる。
土砂の崩れるような音と同時に衝撃が男を襲った。
新鮮な空気を肺一杯に取り込んだ男は、望み通り腐った空気を肺から全て絞り出し、再び新鮮な空気と交換して、息絶えた。
辺りには、黄金に輝く石が散乱していた。
◇◆◇◆◇
採掘の際に転がり出てきた黄金色の石を、俺は一瞥すると足で蹴り転がし、道の脇にどけた。
「ねえ、ボス―。この鉱石は食べちゃってもいいの?」
「うん? ああ、黄鉄鉱か。貴石が採掘できるようになった今、そんな屑石に興味はない。好きなだけ食え」
「やたーっ! 黄鉄鉱はねぇ、この臭みと苦みが癖になるんだよ~」
言いながらジュエルは六面体の金属結晶を口に目一杯放り込み、頬を角形に膨らませながらバリボリと咀嚼する。
「むああ、ほれとぉ。ふぁっきのガスが噴きらしてた亀裂、塞がらくてよはったのぉ?」
「口に物を入れたまま喋るな。……だが言わんとしていることはわかった。あの亀裂は塞がなくていい」
「ふ~ん?」
火山性ガスの噴出口。
子鬼の一匹が坑道を掘り進める内に偶然掘り当ててしまったのだ。
そのままでは洞窟内に毒ガスが充満してしまうので、俺はジュエルにガスの逃げ道を新たに作らせた。
下手に塞いでも別の場所から噴き出すことがある。ならば、害の及ばない方向へとガスを逃がしてやればよいのだ。
「さて、そういえば……盗賊共は俺の作った罠にはかかったかな? それとも森の巨人の餌食になったか」
後でこっそり盗賊の様子を見に行ったら、俺の作った罠とは関係ない場所で盗賊が何人か死んでいた。
不思議には思ったが、間抜けな盗賊にはありがちなことかもしれないと、俺はそれ以上深く考えなかった。
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