第28話 術士の格
盗賊エシュリーは洞窟の岩陰にその小さな身体を押し込め、息を殺して黒い外套を纏った少年が去るのを待っていた。
足音が完全に消えてから、窒息しそうなほどに潜めていた呼吸を再開する。
(……あ、ありえない、なんだよあの強さ!? 若年の術士一人と侮ったら、確実に返り討ちだ。いいや……そもそもまともに相手しようなんて考えるべきじゃない)
どう見ても十代後半の少年。
中肉中背であるようだが、外套の上からではいまいち肉付きの具合がよくわからない。
だが、日にあたる機会が少ないのか少年は生白い顔をしていて、エシュリーの目には非力に見えた。
術士らしいことは、この洞窟の管理者であることから予測できたことだが、その秘めた実力は予想以上だった。
山賊達が一瞬で弾き散らされる光景を目にして、エシュリーは洞窟の岩陰で一人、身を震わせていた。
――術士には、実力を客観的に評価する『等級』がある。
一般人でも魔導技術連盟への登録だけで認められる十級術士から、一般人に魔導の基礎知識が備わった程度の九級術士、実際に一つでも魔導を使える八級術士と、等級が上がるにつれ魔導の扱いに長けていく。
社会的に役立つ水準の術士は、出来合いの魔導回路を使って幾種類かの魔導を扱う七級術士、またこれより上位等級の術士である。
六級術士ならば基本的な魔導回路を作成できる実力を持ち、五級術士ともなれば独自の応用を利かせた魔導回路を作成した上、より実践的な魔導の使用方法を理解している。
人並みの努力さえすれば五級術士には誰でもなれると言われている。
個人の資質によっては、それが一年で到達可能な秀才もいれば、十年かけて到達する晩成型の人間もいる。よほどのことがなければ一生かけて五級に到達できないということはないだろう。
四級以上の等級になると連盟の選考基準も複雑になり、一般には連盟への貢献度や社会的に成果を示すことで等級が上がると見られている。
――だが、これらは一般的な術士に対する認識に他ならない。
それ以上に等級が示す術士の実力について、盗賊エシュリーは非合法な情報屋から聞き及んでいた。
『術士の等級がわかっているなら、そいつに手を出して無事でいられるかどうか、目安が付く。六級以下の術士なら一般人と大差ない。危険なのは五級以上だ。魔導の基本を収め、応用も利くようになると、大抵の術士は独自の術式を編み出すようになる。この域に達した術士は、魔導の本質を理解していない奴には対処不可能な悪意ある術式、すなわち『呪詛』を使うようになる。こうなると同等以上の等級の術士か騎士でもない限り、ただ腕っ節だけで真っ向から挑んだらまず勝ち目はない』
魔導を如何に戦闘技術として扱えるかという技量。
戦闘のみに特化した武闘派の術士は少なからず存在するが、彼らとて魔導の基礎を踏んだ上で独自の呪詛を編み出している。故に、武闘派と呼ばれる術士のほとんどは五級以上の術士だ。
研究肌の術士でさえ、自身の研究、資産や地位、権力を守る手段として、自衛の術式を身に付けているのが普通である。結果として、等級の高い術士ほど魔導の扱いに長けて、戦闘面での応用も巧いのが常となる。
(……五級術士の一般平均年齢は三十代半ば、って言われているから、仮に術士だとしても六級以下だと思っていたのに……)
一瞬で二十人近い山賊を殲滅する術式。
それを僅かの動作で、眉一つ動かさずやってのける。
エシュリーが戦慄したのは術式の威力だけではない。
無法者が相手とは言え、表情一つ崩さず命を奪う冷徹さ。
油断なく躊躇いなく、敵と認識したものを即座に排除する。その判断の早さは、あの少年術士が実戦経験の豊富な武闘派であると証明していた。
(あの年齢で、一体あいつは何等級の術士なんだろ? ……ひょっとして、見た目を若作りしているとか?)
肉体の年齢を若く保つ秘術というのもあると聞く。
そうでもなければ彼は何者だというのか。
それこそ子供の時から術士としての鍛錬をしていなくては、あの若さでこれだけの力は身に付くまい。
人生のほぼ全てを鍛錬に費やし、遊びのない生活を送ってこなければありえない実力だ。
(どうやって出し抜こう……。山賊程度じゃ、何人送り込んでも駄目だ)
時間稼ぎにもならないだろう。それでもし、宝石を漁っている途中で捕まりでもしたら、確実に山賊の仲間として殺される。
せめて洞窟内でちょっとした混乱が起きるくらいでないと、陽動としても役に立たない。
(仕方ない。ここは同業者に声をかけてみるか。混乱が生じたら、その隙に奥へ潜り込んでお宝をいただく算段で……)
エシュリーはこそこそと隠れながら移動し、洞窟の外へと出た。
再び、無法者の侵入者を洞窟へと呼び寄せる為に――。
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