第27話 私有地につき

 準一級術士クレストフが宝石採掘を行う坑道を、薄汚れた身なりをした、大小様々な刃物で武装する男達が我が物顔で歩き回っていた。

 数は二十人近いだろうか。全員が筋肉質の体をしており、所々に傷跡も見受けられる。

 人殺しの経験もある、実戦慣れした山賊の一団だった。


「どうなってんだ、この洞窟よぉ。複雑で道がわかんねえぞ」

「おい、誰か帰る道覚えているんだろうな?」

 先頭を行く男のぼやきに、隣を歩いていた男が後ろを振り返って後続の男達に問いかける。

 後ろに続く、お世辞にも頭が良さそうには見えない粗暴な男達は揃って首を捻っていた。

 もっとも、先頭を行く男二人も頭の良し悪しは同程度の様子だ。


 本来なら、奥深い洞窟に潜る際は目印や地図を作って、帰りの道順をわかるようにしておくのが鉄則なのだが、洞窟探索など初めての男達にはそんな当たり前のことにも頭が回らないようだった。


「役に立たねえな。そんなんじゃ、宝を見つけても分け前はやらねえぞ」

 先頭の男の言葉に後ろで動揺の気配があり、一部が殺気立つ。だが、すぐに辺りを確認し始め、ある者は少し道を戻り分岐点を確認し、あるものは壁に小石で印を刻み込むなど、ようやくそれらしい行動を取り始めた。


「けどよ、狼やら子鬼ばっかりで、本当にここにお宝なんてあるのかよ」

 後ろを歩いていた男の一人が洞窟の壁に子供の落書きのような印を描きながら、前後を適当に警戒しながら進む二人の仲間になんとはなしにぼやいていた。

 入口付近には狼がうろつき、洞窟へ入れば子鬼が何匹か歩いていた。

 最初こそ狼や子鬼は襲いかかってきたが、何匹か返り討ちにしてやると途端に戦意を失ったのか、獣は洞窟の奥へと引っ込み、それ以降は姿も見ていない。


 洞窟は延々と、そして奥へ行くほどに複雑さを増してきている。

 どこまで歩いても岩壁だらけで、金目の物など一個も落ちていない。

「あの小娘、嘘ついてんじゃねえか?」

 先頭を行く男が自分達に情報を流した、エシュリーという駆け出しの女盗賊のことを口にした。

 他の連中も同じような事を考えてはいた。

 そもそも宝石の山が洞窟の奥にあるらしいとか、そんな夢みたいに美味しい話が転がっているものだろうか?


「嘘だったら取っ捕まえて、子鬼の群れの中に放り込んじまうか」

「へへへ、その前に俺達で犯しちまおうぜ。まだ青いが、ありゃそこそこの上玉だった」

 下品に笑いながら洞窟を進む山賊達の前に、不意に大小二つの影が現れる。

 あまりにも自然な登場の仕方で、山賊達は影が近づいてくるのを無警戒にも許してしまった。

 その影は姿を現すなり、無感情に事務的な口調で一方的な通告をしてきた。


「ここは私有地だ。許可無く立ち入ることは禁じられている。直ちに帰れ」

「帰れ、帰れー」

 表れたのは十代後半と見られる少年と、十歳前後の少女だった。少女は大きな羽を背中に付けており、ふわふわと浮いて見えた。亜人種の虫人むしびとだろうか。赤い瞳と銀髪に緑色の肌と、珍しい容姿をしている。


 山賊達は突然目の前に現れた珍妙な二人組にしばらく唖然としていた。

 だが、二人が貧相な体格で恐れる必要もないと感じたことから、途端に薄笑いの表情が山賊達に広まった。

 先頭の男が口の端を歪めたまま、二人に脅しつけるような低い口調で言葉を投げかける。

「おい、餓鬼共。ここはお前らのねぐらか? 大方、近くの村か町の乞食だろうが、縄張り意識で俺達に喧嘩売ろうってんならお門違いだ。なんせここいらの山は俺達、リヒター山賊団の縄張りだからな。むしろ、みかじめ料でも払ってもらわなくちゃならんだろうなぁ……うん?」


 乞食、という単語にぴくり、と片眉を吊り上げた少年だったが、溜め息を一つ漏らすだけで特に言い返してはこなかった。

 隣の緑色をした少女は、何がおかしいのか口元を押さえてクスクスと笑っている。

 泥で汚れた黒い外套を身に纏った少年と、薄衣一枚で身体を隠している亜人らしき少女。どう見ても乞食だ。山賊の服装より粗末である。少しばかり同情の念が湧いた。


「あー、まあ、いいさ。俺達はこの洞窟にお宝があるって聞いて、ちょっくら様子を見に来ただけだ。ここに住んでいるんなら何か知っているんじゃないか? ええ、おい? どうなんだ?」

 山賊の先頭に立つ男は、自分で質問しながら内心では宝の話が嘘だったのだろう、と考えていた。

 

(ちっ……。こんな餓鬼共がうろついているような洞窟に、お宝なんてあるわけないじゃねーか。無駄足かよ)


 とりあえず駄目で元々と聞いてみたのだが、少年は男の質問には答えず、同じ台詞を繰り返した。


「ここは私有地だ。直ちに帰れと警告した。それでも侵入を続け、この土地を荒らすつもりなら実力で排除する。ごく当然の権利だ、異論はないな」


 少年の言葉に、山賊達は爆笑した。特に、「実力で排除」のくだりがツボに入ったらしい。見れば亜人らしき少女も一緒に笑っている。精一杯の格好を付けたのだろうに、身内の少女にまで笑われるとは惨めすぎて泣けてくる。山賊達は涙が出るほど笑っていた。

 笑っていないのは黒い外套を着た少年だけだ。


「宣言は終わりだ。これより一切の情けはないと思え」


 少年の最後通告にも、山賊達は相変わらず下卑た笑みを浮かべているだけだ。

 とりあえず生意気な口調で話す若造を一発ぶん殴ろうと思って、拳をパキポキと鳴らしながら先頭の男が不用意に一歩を踏み出す。


 少年は懐から一握りの大きさをした石、暗赤色をした二十四面体の結晶を取り出した。山賊には石の正体など見当もつかなかったが、それは鉄礬柘榴石アルマンディンという宝石で、内部には準一級術士クレストフの手によって魔導回路が刻み込まれていた。


(――宝石か? 餓鬼の持ち物にしては高級そうだ。もしかして、ここには本当に掘り出し物の宝が――)

 山賊の男が考えられたのはそこまでだった。

 まるで祈るように石を握りしめた少年が、真っ直ぐに山賊達を睨み据え、明確な殺意のこもった呪詛を吐き出したのだ。



 少年がいかなる呪詛を込めたのか、それは一瞬後に襲ってきた衝撃で理解したと共に、その理解は山賊達にとって永遠に無意味なものとなった。



 ◇◆◇◆◇


(――削り取れ――)

二四弾塊にしだんかい!』


 鉄礬柘榴石と同じ二十四面体結晶が、無数に地面から飛び出して山賊共を打ち据える。


 勢いよく飛んだ拳大の結晶は、先頭の男の額にぶち当たり、白い頭蓋を露出させた。続けて二個、三個と結晶が衝突すると、頭蓋は砕かれ、血と脳漿が飛び散る。先頭の男が頭を削られて倒れる頃には、隣にいた男も、後ろにいた男も、山賊全員が地面から噴出した暗赤色の結晶に全身を撃たれ、襤褸屑ぼろくずのようになって転がった。


 後には無言で佇む俺と、爆笑する精霊ジュエルだけがその場に立っていた。


「緊急事態だと聞いてやってきてみれば……。こんな弱小の山賊ぐらい自力で追い払えないでどうする?」

 俺は呆れ顔で、岩陰に潜んでいた小鬼と灰色狼の眷属を見た。

 面目なさげな様子でしょげる二匹の獣。


「そんな御無体ごむたいな! ボス、あっしらには荷が重いですぜ!」

「お前が代弁をするな、ジュエル」

 小鬼と狼の後ろに隠れた精霊のジュエルが、低い声色で獣の声を代弁している。

 勝手に代弁された二匹の獣は迷惑そうな表情をしていた。


「だが、それも事実か……」

 群れを統率する眷族だけは高い知能と強い身体を備えているが、他の個体の強さは野生の獣と大差ない。俺からすれば敵ではないが、彼らにしてみれば武器を持って荒事に慣れた人間達は、下手をすれば群れに多大な被害を出しかねない脅威なのだろう。


「今後はまず森の巨人トロールに助けを頼め。大抵の相手はそれで怖じ気づくから、後は浮き足だった所を数で囲めば何とかなるだろ。そういう時は採掘の仕事も後回しにしていい。戦力を分散させずに、全員でかかれ。敵の数が多ければ洞窟の奥に誘い込んで個別に対応しろ。それでも勝てそうにない相手なら俺に知らせるんだ。被害の拡大は望むことではないからな。いざという時は俺が出る」

 俺の指示に眷属たる小鬼と狼のリーダーは、一声上げて了解の意思を示す。



 元々は使い潰すつもりで眷属とした獣達だった。


(俺が出る、などと……情が移ったかな。彼らが全滅しようとも、まだ地の精ノームがたくさんいる。群れの被害を俺が気にすることもあるまいに……)



 俺は結局その後、彼らが有利に戦いやすいよう洞窟に侵入者用の罠を仕掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る