【ダンジョンレベル 4 : 欲深き坑道】

第26話 貴石を求めて

 一等級の半貴石保管庫で、俺は高品位の水晶を品定めしていた。

「水晶だけでも種類が豊富だな。色違いで一揃いにした方が見栄えも良いし、高く売れるかもしれん」

 これまでに産出した水晶の種類は実に多種多様であった。


 黄水晶シトリン紫水晶アメシスト紅水晶ローズクォーツ煙水晶スモーキークォーツ黒水晶モリオン……。


 絶妙な分量の僅かな不純物によって生み出される色合いの差異。

 これらは全て同じ水晶だが、混じり物の具合によっては純粋な水晶などよりも高値が付くことも珍しくなかった。


「ううう……美味しそうだなぁー……」

「わかっていると思うが、ジュエル。つまみ食いしたら粘菌攻めだからな」

「うぐぐぅ~……ボスの変態……」

「変態で結構。俺はやると言ったら、本当にやるからな」


 手癖の悪い精霊ジュエルも、弱点の粘菌をけしかけると脅せば途端に大人しくなる。

 ようやく俺の『しつけ』が意味を成したことには感慨深いものがある。ジュエルに対して罰を与える方法に苦心していたのが嘘のようだ。おかげで鉱山開発も問題なく進んでいた。


「あ!」

「ん? 何かあったか?」

 水晶の山の一角を指して、驚いたようにジュエルが大きな声を上げる。

 指の先には複雑怪奇な模様の入った水晶があった。

「これは……?」


 透き通った無色透明な水晶の中に、深緑色をした緑泥石クロライトが入り混じり、自然と美しい湖畔の風景を描き出している。まるで、一つの世界を内包しているかのように神秘的な模様だ。

庭園水晶ガーデンクォーツか、これは珍しい……」

 このように希少な宝石を基盤とした魔導回路は、思いもよらぬ効果を発揮することがある。観賞用としても良いが、研究用としても使い道のある貴重な石だ。

「あ、あ~あ……」

 俺が庭園水晶を懐へ大事にしまい込むとジュエルが残念そうな声を出す。

「お前、またつまみ食いを考えていたんじゃ――」

「な、ないない! 考えてないよぉ! ただ、美味しそうだなぁ……って思っただけで」


 油断も隙もない。

 これからも希少な宝石は早々に手元へ確保した方が良さそうだった。




 鉱床を見つけて集中的に採掘するようになってから、坑道は今までの細く長い形状から、広くすり鉢状に掘ることが多くなってきていた。

「この辺りもそろそろ掘りつくしたかな……」

 階段状に掘られた円形の空間で、俺は段差の一つに腰掛けながら採掘風景を眺めていた。


 鉱床の切れ目を見て取り始めた俺は、掘削をしているノームや子鬼達の一部に新たな坑道を掘り進める指示を出す。そうしてまた、大きな鉱床に行き当たるまで深く長く掘り進めていくのだ。




 鉱床をすり鉢状に掘り尽くしては、新たな鉱床を目指して細い坑道を伸ばし、また鉱床を見つけてはすり鉢状に掘り……時には天井方向へ鉱床が存在し、急階段を作りながら掘り進める。


 幾度も繰り返される穴掘りの工程、毎日のように口にする兎の肉。

 昼夜の間隔も曖昧になり、掘り終えた空洞の部屋で適当に休息を取るようになって、日時の経過もはっきりしなくなった頃、俺達は巨大な花崗岩の壁に行き当たった。


「ひゃあぁあ! おっきいねぇ、ボス!?」

「全くだな。周囲を掘り起こしてみようかと思えば、全容が確認できないほど大きい塊ときた。結晶の質も高いし……ひょっとするとこれは、巨晶花崗岩を探し当てたのかもしれない」


 ――巨晶花崗岩――。

 巨大な結晶を内包する花崗岩を示す。

 巨晶花崗岩の中には、鉱山開発を始めてからずっと求めてやまなかった宝石質の貴石が含まれている可能性が高い。


「貴石が出てくるかもしれないな」

「貴石!」

「お前にはやらんぞ」

「ぶぅ~ケチ~」

 貴石が採掘されるようになれば、得られる利益はこれまでの比ではない。


「ん~……確かにねぇ、ボスの言う通り貴石の匂いがするかな……。かなり疎らだけど」

 探るようにジュエルが鼻をひくつかせる。貴き石の精霊ジュエルスピリッツだけあって貴石の存在には敏感なのだろう。

「よし、それじゃあ本腰を入れて貴石採掘にかかるとするか」

 俺は、坑道内の労働力を一箇所に招集した。岩石採掘の得意なノーム、超硬合金製のツルハシを持った子鬼、ソリを引く灰色狼、大質量の鉄槌を抱えた森の巨人。

「よし、かかれ! 貴石は目の前だ!」



 号令と共に一斉に動き出す鉱夫達。

 花崗岩を抉り、穿ち、砕き、選別して運ぶ。


 採掘が始まってしばらく、一匹のノームが俺の元へ一欠けの結晶を持ってくる。

 黄褐色の透き通った結晶で、注意深く観察すると水晶よりも屈折率が若干高く見えた。

 徐に取り出した水晶の破片に、この黄褐色の結晶を擦り合せると、鉄より硬い水晶に傷が付く。


「ジュエル、これをどう見る?」

「ええ? ボス、わかっていてボクに聞いているの? 意地悪だなあ、黄玉トパーズに決まっているじゃない! はあぁ、美味しそうだなぁー」

 指を咥えて黄褐色の結晶を凝視しているジュエル。こいつが言うのならもう間違いはないだろう。


「貴石だ!! 貴石が見つかったぞ!」


 興奮した俺の声に呼応して、洞窟内に歓声が沸き上がる。

 子鬼がツルハシを打ち鳴らし、狼が遠吠えを上げ、森の巨人が咆哮する。

 周囲ではノーム達が跳ね回り、俺が掲げる貴石を崇めるかのように踊り狂っている。

 彼らに貴石の価値がわかるかは別にして、探し求める物が見つかった事実は理解しているようだ。


「さあ、もっとだ! もっとあるはずだ! 貴石を探せ!」

 眷属を通じて、俺の興奮が伝わったのだろう。一斉に鬨の声が上がって、洞窟内に再び採掘の音が響き始める。


 そこからはもう勢いに任せた採掘だった。

 貴石の存在量は母岩である花崗岩に比べて、極めて少ない。貴石を見つけ出すには大量の岩を崩さなければならなかった。

 ジュエルに貴石の有無を感知させて、あたりをつけた場所を徹底的に掘り返し、岩を砕き、破片の中から小さな貴石を探り出す。


 大量採掘とはいかなかったが、貴石は散発的に発見された。

 その種類も様々である。


 多種多様な色彩の入り混じる電気石トルマリン、赤く熟れた果実のような柘榴石ガーネット、そしてついに四大宝石の一つに数えられる貴石、六角柱の結晶を成した緑柱石エメラルドが採掘される。


 緑柱石の採掘に続いて、同系統の柱石ベリルである淡青色の水柱石アクアマリン、淡黄色の陽柱石ヘリオドールも産出した。


「ふ、ははははは! やった! とうとう貴石の含む鉱床を見つけた! 鉱山開発は成功したんだ。笑いが止まらない!!」


 洞窟内にいつ途切れるとも知れない哄笑が、高らかに響き渡っていた。



 ◇◆◇◆◇



 洞窟の片隅に、小柄な人影が一つ潜んでいた。


 髪をまとめる土色のバンダナと、露出の多い革製の服を身に着けた少女だった。

 腰には短剣を一本吊るしている。


 洞窟内を闊歩する子鬼や狼から巧みに逃れ、単身、獣の巣窟に忍び込んだ少女は、洞窟の奥から聞こえてくる笑い声に耳を傾けていた。


「……やった! ……貴石の……鉱床を見つけたんだ! …………笑いが止まらない!!」


 少女は聞こえてきた内容に驚き、密かに心を躍らせた。

(……貴石だって? それが本当なら、ここは単なる獣の巣窟じゃないってことか……)


 等間隔に設置された照明や、整地された地面と補強された壁、どう見ても人の手が入った洞窟の様子に違和感を覚えて探ってみれば、奇怪な事に道具を持った獣達が洞窟を掘っていた。


 そして、奥から聞こえてきた何者かの声。

 これで確信した。


(……ここでは宝石を採掘していたのか。ってことは、採掘したばかりの宝石が山のように転がっているに違いない!)


 思わず早足で飛び出しそうになるが、少女はぴたりと動きを止めて、素早く岩陰に身を隠す。

 坑道の奥から、ソリで岩を運ぶ狼の群れがやってきたのだ。器用な事に、ソリに乗った子鬼が狼に手綱を付けて操っていた。


 岩陰でやり過ごしてから、少女はほっと一息吐く。


(危ない、危ない。奥へ行くには狼や子鬼をどうにかしないと無理みたいだ)


 坑道の闇に身を潜めながら、彼女は思案した。

 奥には何があるかわからない。このまま一人で進むのは危険過ぎる。


(んー。同業者と協力しても良いけど、分け前で争うのは嫌だしなぁ……。そもそも危険があった時、本当に協力してくれるかも怪しいし……。となれば――)


 少女は一人、闇の中でほくそ笑んだ。


(まずは様子見に、馬鹿な山賊連中を煽ってみるか。どさくさに紛れてお宝を盗み出してもいいし……)


 考えがまとまると、少女は狼達が再び行き過ぎるのを待ってから、素早く洞窟の外へと飛び出した。

 入口を見張っていた狼には麻酔団子を食わせてやったので、洞窟を出た瞬間に噛みつかれることもない。


(宝石はこの大盗賊、エシュリー様がいただきだ……!)


 盗賊エシュリーは痕跡を残すことなく洞窟を後にした。

 

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