第25話 思わぬ天敵

「ねえ、ボス。ごめんなさい。本当に反省しています。だから下ろして……」

「駄目だ。お前が今後、同じ過ちを繰り返さない保証が得られるまで下ろさない」

「ボスって変態だよね……」

「なあぁっ!? ジュエル! お前、反省するどころか、俺に対して反逆するつもりか!! 契約した精霊に侮辱されるなんて!」

「侮辱じゃないよぉ、改めて認めているんだよ! ボスが変態でも、ボクは構わない……。御主人様が縛り遊びがしたいと言えば従い、鞭打ち遊びがしたいと言えば身を捧げ――」


「もうそれ以上、喋るな」

 なおも俺を変態扱いしようとする言葉を遮って、俺は一つの呪詛をジュエルにかける。


(――つぐいましめ――)


口舌封呪こうぜつふうじゅ!』


「もががっ! もがー!! …………!?」


 銀の蔓がジュエルの口に巻きつき、猿轡さるぐつわを噛ませる形になる。ますますもって変態のそしりを免れない状況だが、勝手に喋らせておくのも限界だった。

 これは単なる猿轡ではない。呪いの力によって、口を開くことを禁じた『噤みの呪詛』である。


 『噤みの呪詛』は声が出なくなるという効果を発揮するのが一般的だが、俺がジュエルにかけた呪詛は同時に摂食行動も阻害する。そのまま放置すれば人間なら二、三日で死ぬだろう。


「………! ……!! …………!?」

 赤い瞳をぐるぐる回しながら、混乱の只中にある様子のジュエル。

「無駄だ。喋ることも、何かを口にすることも叶うまい」

「――――!! ……※∧∨¬! ……∴∞>∃!!」

 何かを叫ぼうとして声にならず、口元に両手を当ててもがくも効果はなく、その反動かジュエルは腹を大きく膨らせていき――。


 くぱあっ、と突然ジュエルの腹が縦に裂け、そこからおぞましい咆哮が上がる。


 ――グボォォォオオオオオアアアア――!!


 ジュエルの腹を縦一文字に裂いて現れた無明の闇。

 その中には無数の牙とも見紛う鋭い結晶の刃がひしめき合い、きゃりきゃりと耳障りな音を立てて互いを削り合っている。


「…………」

「…………」

 俺とジュエルは無言で見つめ合っていた。

 腹に大きな口を開けたジュエル本人も、自分の身に何が起こったのか理解できていない様子で、口に両手を当ててモゴモゴしながら、大きく見開いた紅玉ルビーの瞳で俺を見返してくる。


 俺は黙って、ジュエルに掛けた噤みの呪詛を解呪する。

 すると何事もなかったかのように、腹に開いた第二の口は閉じて、痕跡も残さず綺麗さっぱり消え去った。


 以後、俺はこの手の罰を禁じ手とした。

 目の前にいる無邪気な精霊が、何か別のものに進化しそうで恐ろしかった。





「ああ~ん、ボスー……。もう本当に許してよー……」

「聞く耳持たん。今度ばかりは何が起こっても許さないからな。一晩、じっくりと反省しろ」

 ジュエルは相変わらず銀の呪縛で洞窟の柱に縛り付けられていた。

 『第二の口』は衝撃的な事件だったが、それでジュエルの罰をうやむやにしてしまうほど俺は甘くない。

 しかしながら、ジュエルに対する有効な罰はこれと言って思いつかないままだった。


 俺はジュエルをそのままに、洞窟内の大部屋に張った天幕の中で寝ることにする。

「うあーん。暗いよぉ。寂しいよぉ。お腹へったよぉ……」

 その場に残されたジュエルは、まるで反省した雰囲気が感じられない口調でぼやき続けていた。



 ――その晩、ジュエルの甲高い悲鳴が洞窟内に響き渡った。


 尋常ならざる声に飛び起きた俺は、眠気の抜けない頭を抱えながら悲鳴の出所へと向かった。

(こんな真夜中に騒ぎやがって……嫌がらせのつもりか?)

 睡眠不足の苛立ちも手伝って、今度はどう折檻してやれば静かになるだろうか、と暴力的な思考が脳を支配する。だが、半分眠った頭ではどうやってもジュエルを躾ける良い方法は思い浮かばなかった。


「ジュエル! お前、こんな夜中に騒いで何のつもり……だ?」

「きいぃーいーや~っ!! ひぃいいぃー!!」

 洞窟の柱に縛り付けられた状態で、ジュエルは悲鳴を上げていた。俺がやってきたことにも気が付かないほどに錯乱している。

 見ればジュエルは無数の粘菌スライムに纏わりつかれていた。


「す~ら~い~むぅ~!! い~やぁ~!!」

 顔に、髪に、肩に、胸に、腕に、腹に、股に、足に、黄色い粘菌が余すところなく全身を這いずり回っている。

「あ、あっ! ダメ! わ、割れ目に、岩の割れ目に入ってくるぅ! ボ、ボクの体が侵されていくよう……」

 体を捩り、悶え続けるジュエルを前にして、俺はこの戯れをどう理解すべきか悩んでいた。

「……粘菌相手に何をしている?」

「ああっ! ボ、ボスぅううっ!! た、助けて! 粘々がっ、粘々だけは……ううっ……肌触りが気持ち悪いよぉ……」

 どうやら精霊にしては敏感な触覚が災いして、粘つく感触が我慢できないほどに気持ち悪いらしい。


(……どうして粘菌が集まってきたんだ。ジュエルの身体は栄養が豊富なのか? この状況、もしかして喰われているのか……?)

 考えてはみたものの真相はさっぱりわからない。


「あー、気持ち悪いのはわかった。それで、体に実害はあるのか?」

「うあーん。お肌がベタベタのネチャネチャになっちゃうよー!」

「そうか、実害はないんだな。それは良かった……おやすみジュエル」

「ああぁっ!? この状態でボクを見捨てていくの!?」

「お前は反省の途中だからな」


 体に害はないと知って安心した俺は、ジュエルを放置したまま天幕に戻る。

 しばらくは恨みがましい怨嗟の声が洞窟に響いていたが、徐々に声は小さくなっていき、やがて気にならない程度の声量になる頃、俺は心地よい眠りに落ちていた。



 ――翌朝、粘菌まみれで悶絶し、小刻みに痙攣するジュエルは小さな声で「ごめんなさい……もうしませんから、粘菌……やめて」と繰り返していた。


 思いもよらぬジュエルの弱点を知った俺は、後でこっそりと粘菌を眷属と化すのだった。

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