第24話 半貴石の行方

 半貴石が発見されてしばらく後、並行して掘り進めていた他の坑道でも大量の半貴石が発見され、安定して採掘できるようになってきた。


 それ自体は喜ばしいことなのだが、おかげで俺の仕事も極端に増えて忙しくなった。


「子鬼共は穴掘りに専念しろ! 岩石と宝石の区別はノーム達に任せる!」

 岩石と半ば融合したような半貴石もあることから、それが価値ある石かどうか子鬼には細かい判断が付かない。その点ノーム達は、岩石と半貴石を宝石としての質で区別して選り分けてくれる。


「花崗岩は後で坑道の補強に使うから、専用の保管庫まで運んでおけ! 土砂は洞窟の外へ捨てに行くんだ。効率を考えてソリを使え!」

 土砂を積んだソリを、灰色狼達が引っ張って洞窟の外まで運んでいく。

 犬ゾリの扱いは新たに直属の眷属とした子鬼達が、それぞれ手綱を握って操っている。


 『服従の呪詛』は通常、単純に相手を従わせるだけの呪詛だが、俺の組み上げた『眷顧隷属』の術式は術者との意思疎通を強めることで、本来ならできなかった複雑な行動も細かく指示することができる。指示した行動はやがて眷属の体に覚え込まされ、最終的には俺の指示がなくても行動できるようになる。犬ゾリを操る技術もそうやって、子鬼に覚え込ませたものだった。

 灰色狼の方も犬ゾリの集団ごとに、眷属を先導者リーダーとして据えてあった。


 既に灰色狼は五十匹、子鬼は百匹以上の大所帯だ。

 今までは彼らの一部を洞窟の外に広がる山林へ狩りや採集に出向かせていたが、それだけでは食糧が足りなくなってきていた。

 しかし、幸にも不足分は洞窟の拡張に伴って勝手に殖えた洞窟兎を食糧にすることで補うことができた。洞窟内には餌となる粘菌スライムが大量に生息しているので、すっかり環境に適応してしまったらしい。子鬼よりも繁殖力の強い洞窟兎は、むしろ積極的に食肉にしなければ増えすぎてしまうくらいである。


 ただ、子鬼に食される兎を見て、ジュエルは滂沱として涙を流していたが……。



 ちなみに、洞窟が大きくなるにつれ、ノーム達の数も謎の増加を続けていた。

 その数が千を超えた時から、俺は彼らの数を数えるのをやめた。





「……工房の宝石貯蔵庫が、三等級で大部屋四つ、二等級で中部屋一つ半、一等級で小部屋の半分埋まっていると……う~ん、質の悪い三等級に貯蔵庫をこれだけ割いてしまうのは勿体ないな。これからもっと増えるだろうし、少し売却も考えてみるか……」


 順調に半貴石の採掘が進む中、俺は宝石貯蔵庫の容量に頭を悩ませていた。

 質の悪い三等級の結晶ほど、岩石など余分なものを多く含んでいて、体積当たりの価値も低い。

 そのような石に貯蔵庫を占有されてしまっては、今後、貴石などが採掘された時に保管場所がなくなってしまい困る。


「やはり三等級は少しずつ売りに出すことにしよう。幸いにもノームが水晶や蛍石など種類別にも分けてくれているのだし、売却は容易だろう……後は一山幾らで売れるか……」

 最近は癖になってしまった独り言を呟きながら、俺は洞窟内で送還待ちになっている半貴石の数量も確認する為、坑道に横穴を設けて作った一時保管庫を覗く。

 こちらもすぐに部屋が足りなくなるだろう。せめて工房にある三等級の半貴石は早々に売り払ってしまうべきだ。


「ここは水晶の部屋だったな……三等級はさっさと送還しないと満杯に――」

 一時保管庫を覗いて俺は愕然とした。

 先ほどまで部屋を埋め尽くすほどの水晶があったはずなのに、今は綺麗さっぱり無くなっていた。

 工房への送還はまだ済ませていないはずである。


(まさかとは思うが……)

 嫌な予感のした俺は、すぐ隣にある二等級の半貴石を保管する部屋へと駆けつける。

 そこには半貴石の小山を前に、背を丸めて座りこむ精霊ジュエルの姿があった。

「はむ! はもはも! むぐもぐ、ごくっ」

「ジュエル……俺の言いつけを破ったな」

「――っふぐむぅ!? ボスっ!?」

 俺に隠れて、一心不乱に半貴石を貪り食っていた現場を捕まえる。


 俺は怒りに震えながら魔導因子を絞り出し、胸元に引っかけてある鬼蔦おにづたの葉を模した銀の首飾りに手をかける。

(――縛り上げろ――)

『銀の呪縛!』

 銀の蔓は地面から伸びだして、ジュエルを絡め取ると一時保管庫から引きずり出し、適当な洞窟の柱に括り付ける。

「ひいぃやぁ~!! お慈悲を~!」

 緊張感のない声で慈悲を乞うジュエルに、怒りの感情はますます逆なでされる。


「三等級の保管庫を一つ空にした上で、二等級の品にまで手を付けるとはな! どうしたら、あれだけの量の石を腹の中に収められるんだ!」

 明らかにジュエルの体格の数十倍は量があったはずだ。

「ボク、育ち盛りなんだよー!」

「嘘つけ! 精霊に成長期とか聞いたこともないわ! そもそもお前は二〇〇〇歳以上の古株だろうが!!」

 どちらにせよ消えた半貴石がどこへ行ってしまったのかは全くの謎である。

 おそらく返ってはこないだろう。以前に呑み込まれた俺の全財産だった宝石と同様に。


(――組み成せ、あざなえる縄の如く――)

銀鎖ぎんさの鞭!』


 銀の蔓を一本操って、細かく編み込まれた長い鞭へと形状を変化させる。

「お前には罰を与える! 反省しろ!」

 腕と手首の捻りを加えて鞭を振るう。蛇の頭のように太く丸まった鞭の先端が大きくしなり、破裂音を発してジュエルの身体を打ち据えた。

「きゃあぁあ! やめてー! いじめないでー!!」

 少女のように甲高い悲鳴が洞窟内に反響する。哀れを誘う声に俺は一瞬怯みかけたが、すぐに心を鬼にして鞭打ちを再開する。


「どうだっ! これで、少しは、反省したか!?」

「きゃー! きゃー!」

「ふうっ、はあっ! ……くっ、本当に効いているのか!?」

 二発、三発と連続で鞭打ちを繰り返すがジュエルの体は硬く、鞭打ちしても傷ついた様子はない。むしろ鞭の方が摩耗して、ジュエルの翡翠色をした肌に銀色の痕を残している始末だ。


 派手に喚いていたジュエルだったが、一向に堪えた様子がなく、鞭打たれるのも楽しんでいるのではないかと疑ってしまう。

 それでもジュエルの身体を控えめに覆っていた羽衣は襤褸ぼろになり、体中に銀色の鞭打ち痕を描かれて、柱に括り付けられたジュエルはぐったりとしていた。


「さすがにこれだけやれば……反省しただろう? そら、何か反省の言葉でも言ってみろ」

 銀色の痕が付く艶めかしい少女の様な肢体をさらしながら、ジュエルは潤んだ瞳で一言呟いた。


「ボスの変態……」


 熱を帯びたジュエルの言葉に、俺は鞭をその場に取り落とし、地面に伏して頭を抱えた。


(……俺は変態なんかじゃない、変態なわけない、変態であるわけが……)


 全裸に近い少女が柱に括り付けられて泣いている姿。

 身体には生々しい無数の条痕じょうこん


 それが人外の精霊であって、本物の少女でないとしても、果たしてこの光景を見た者の何人が俺を擁護できるだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る