第23話 求める物
洞窟を掘っては壁を補強し、また掘り進めては補強して、俺達は飽きもせずに毎日毎日、鉱山の開発に勤しんでいた。
(いや、さすがに飽きてはきたな……)
俺は単純作業の繰り返しと言うものが酷く嫌いなのだ。
準一級術士としての誇りもある。
誰にでもできるような仕事なら、誰か他の奴にやらせればいい。
(俺のような人間はもっと価値ある仕事を優先してやるべきだ、うん……)
などと気取ってみても、鉱山開発の現場において正しく監督指揮が行える者は俺以外にはいない。
一度、精霊のジュエルに任せた時には無計画な坑道の拡張が行われてしまった。それからというもの坑道の本数を増やす時や、大部屋を作るときは必ず俺の意見を仰いでからにするよう言い含めたものだ。
「せめて貴石の一つでも採掘されればやる気も起きるんだが……」
「ふんふ~ん、きっともうすぐだよボス。岩盤は花崗岩とか多くなっているし、この辺りの地層なら宝石の原石も見つかるかもしれないねー」
何がそんなに楽しいのか、ジュエルはしごく上機嫌に鋼鉄の錐を高速回転させて岩盤を削っている。
(楽観的な奴め。だが、そろそろ目に見えた成果が欲しいのは正直なところだ……)
洞窟を掘り進め、ようやくそれなりの成果として、売却できそうな鉱石が採掘され始めた。
しかしそれらは、鉄鉱石や銅鉱石といった薄利多売で大量採掘する必要のある鉱石だ。今の所、価値が低く採算の取りにくい鉱石類に労力を割くことはできない。
少量でも金になる宝石類こそ、自分たちが求めているものなのだ。もっと掘り進めて貴石と言わず、せめて半貴石ぐらいは採掘したいと俺は考えていた。
「ふふふ~ん……ふ? んん! か、固い! ああっ! 固いよぉ! 急に固くなった! うう、ま、負けないぞー」
固い岩盤にでも当たったのか、ジュエルがやや力のこもった声を上げ、鋼鉄の錐を目の前の岩壁に突き刺す。錐は岩壁と激しく擦れ、一際明るい火花を散らしながら岩壁を崩し、採掘を近くで監督していた俺の足元まで砕けた岩の破片が転がってきた。その破片に、微かな煌めきを見出して俺は思わず身を乗り出した。
「お……? これは――」
転がってきた拳大の花崗岩を拾い上げてみると、岩の窪みに小粒の半貴石、
岩を自分の頭上高く掲げ、勢いをつけて地面に叩き付けた。岩は真っ二つに割れて、その中にあった狭い空洞をさらけ出す。岩の内部には、内側にびっしりと無数の小さな結晶の粒が並んでおり、半透明の赤、白、茶色の層を成している。平たく滑らかに研磨を施してやれば、美しい縞模様を見せてくれることだろう。
「どんどん掘るよぉー!!」
俺が瑪瑙の結晶に気を取られている間にも、ジュエルは掘削の手を緩めない。
耳が痛くなるほどの騒音を発しながら、岩壁が砕かれ、幾つもの結晶の煌めきが零れ落ちる。
「お、お? おお! 水晶に、こっちは蛍石か!
少量ではあるが、砕かれた花崗岩の中に半貴石が散見されるようになってくる。
「いえ~い! ラッシュ、ラッシュ、ラーッシュ!! フィーバーだよぉ、ボスッ!!」
興奮したジュエルは訳の分からない言葉を叫びながら、鋼鉄の錐を荒々しく回転させて岩を突き崩していく。紅い目が爛々と輝き、銀糸の髪が針鼠のように逆立って、狂ったように目の前の岩壁を粉砕し始めた。悦に入った小悪魔的な少女の表情で、嗜虐的な笑みを浮かべている。
「こらこらこら! 調子に乗り過ぎだ! 少し落ち着けジュエル!」
次々と転がり出てくる半貴石。崩した岩の破片に埋もれてしまわないよう、俺は慌てて手の空いたノーム達に半貴石を回収させる。
ノーム達も場の雰囲気が変わったことに気が付いたのか、崩れ落ちる破砕片の雨の中、半ば狂乱のように飛び込んでいき半貴石を必死に回収してくる。
目の前に積み上がっていく、輝き透き通る半貴石の山。
「はははっ……。やった。半貴石とは言え、質は悪くない。宝飾品に加工するのも可能な水準だ。この質と密度で鉱床の規模が十分なら、まず採算は取れるに違いない!」
ジュエルに落ち着けと言った俺自身、目の前の光景に興奮を抑えられない。
目当ての物は貴石の類だが、半貴石でも質が高く、まとまった量が手に入るなら十分に商品価値がある。
半貴石の山に両手を突っ込み、意味もなく空中に散らしてみる。一度、宝石に埋もれながらやってみたかったのだ。貴石でないのは少々残念だが、少なくとも宝石と呼べる代物が採掘できたのは大きな成果だ。
「早速、送還の陣を作って、半貴石を工房の貯蔵庫に移すとしよう」
自然と緩んでしまう頬を引き締めながら、俺は半貴石を工房へと送還する準備にかかる。
「ええ~!! せっかく掘り出したのに、工房に送っちゃうの!?」
何故か不満そうな声を上げるジュエル。
指を咥えて、物欲しそうな表情で半貴石の山をじっとりと眺めている。俺が送還の陣を構築している横で、落ち着きなく視線を辺りに巡らせ、そ~っと半貴石の小山に近づいて手を伸ばした。
「ジュエル、そいつをつまみ食いしたら、また縛り上げて吊るすからな」
俺の恫喝にジュエルはぴたりと動きを止め、慌てて手を引っ込める。
それから、上目遣いで天使の微笑みを浮かべ、こちらの様子を窺ってくる。
「ね、ねえボス? これだけあるんだし、一つくらい……」
「つまみ食いしたら我慢できずに食が止まらなくなる性格だろ、お前。駄目だ」
「そんなことないよ! ほら、宝石の質を確かめる為に必要不可欠な味見だよ。石質を確認して、より高品質な鉱脈を探るのにも必要なことなんだよ~!」
「……じゃあ、一つだけだぞ」
珍しくまともな理屈を付けてきたので、一つくらいならいいか、とジュエルの甘言に乗せられてやる。
決して愛らしい表情に騙されたわけではない、断じて違う。
「うわーい! ボス大好きー!!」
「やっぱりただ食べたいだけだろ、お前!」
ジュエルは許可が出るや、半貴石の山の中から一番質が高く大粒の水晶を迷いなく抜き取り、口に放り込んだ。
(……しまった。何て目利きの良さ……)
ジュエルは満面の笑顔で「んん~!」と幸福感一杯の声を上げながら、口の中で水晶を転がしている。
やがて、口の中で転がすだけでは満足できなくなったのか、ばりばりと咀嚼しながら水晶を飲み下す。
(こいつの歯は金剛石か? 水晶を噛み砕くとか、顎の力も異常だ。……それともこれは、精霊特有の魔導の力……?)
異様な行動に俺が一歩退いて眺めている内に、ジュエルは口一杯にあった水晶を全て飲み干してしまう。
しばらく、恍惚とした表情で呆けていたジュエルであったが、おもむろに手を半貴石の山へと伸ばす。
「もう一個だけ……」
俺は無言でジュエルの口に花崗岩の塊を突っ込んだ。
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