第22話 あこぎな商人

 順調に洞窟内の改装を進めていたところへ、玄関口から何者かの声が響いてきた。

「毎度どうも~、黒猫商会でございますー」

 よく通る若い女の声だ。

「ボス~、お客さんだよー」

「今行く」

 俺は掘削作業の指示をノームに与えてから、足早に坑道を歩き、洞窟の入り口まで戻った。



 洞窟の入り口まで来てみれば、黒いスーツを着た一人の女が立っていた。

 ただその容姿は、顔中が細く柔らかそうな黒毛で覆われていた。

 純人すみびととは異なる亜人種、若い雌の猫人ねこびとであった。


「お忙しいなか、時間を取って頂きありがとうございます。黒猫商会の営業部長を務めております、チキータと申します。本日は黒猫商会の送還サービスを契約頂いたクレストフ様に御挨拶へと伺わせて頂きました」

 チキータは大きな緑色の瞳と、黒毛に映える白い髭が特徴的な猫人だった。

 亜人種は純人と獣が混じった合成獣キメラの一種だが、人を基礎にして生命の設計図が描かれているので、総じて通常の獣より知能は高い。それでも、純人に比べるとやや劣るのが一般的なのだが、目の前のチキータは営業部長を名乗るだけあって口舌は達者で、見かけも知的な印象を受ける。


「魔導技術連盟所属の準一級術士、クレストフだ。よろしく」

「よろしくお願い致します。早速ですが、御依頼されました今月の食糧搬入作業が完了しましたので御報告を。いつでも陣の中から召喚を行って頂けるようになっています。こちらが商品の目録になります。お納めください」

「ああ、わかった。一つ、試しに召喚してみよう」


 俺は物力召喚用の魔導回路が刻まれた汎用結晶を取り出すと、意識を集中して魔導因子を流し込んだ。

(――世界座標、『ベルヌウェレ錬金工房』、『黒猫の陣』に指定完了――)

「彼方より此方へ、来たれ、目録番号二九!」

 立方体をした汎用結晶が仄かに白い光を放ち、俺の目前に一抱えほどの木箱が出現する。


 中身をあらためると、そこには目録通りに乾燥牛肉がぎっしりと詰められていた。

「確かに、納品を確認した。代金は来月末、指定口座に振り込まれるだろう。今後ともよろしく頼む」

「毎度、ありがとうございました」

 チキータは口元を笑みの形に変化させ、安堵した表情を浮かべてから一礼した。


「ところで……これまで黒猫商会からの担当者はニキータだったが、あいつはどうしているんだ?」

 ここ最近は黒猫商会を利用していなかったのだが、学士時代から世話になっていた担当者、恰幅の良い猫人の事を俺は思い出していた。

「ニキータ専務でしたら、今は本部で資材調達部や運搬流通部など複数部署の管理をしています」

「へえ、ニキータが専務に? 出世したんだな。……ところで、あんたチキータって言ったか。ニキータと名前が似ているけれど親戚か何かか?」

「はい、ニキータは私の叔父にあたります。叔父のような一人前の商人になれるようにと、名前の一部を頂いたと父母から聞いています」

 チキータは心底、叔父のニキータを尊敬しているようだった。


(……一人前の商人ねぇ。ああいうのは、あこぎな商人って言うんだけどな……)

 過去にはニキータと俺の、押し売り、買い叩きの容赦ないやり取りが行われたものだが、今はそれも懐かしい。

 今回はそんな面倒な交渉は一切なく、必要なものだけ、適正価格での取引となっている。

 チキータには是非ともこのままでいてほしいものである。


「何か御入り用のものがありましたら、追加注文も承っていますので」

「必要なものがあったらな、何かあれば頼むよ」

「それでは――」

 黒い毛並みの尻尾をゆらりと揺らし、チキータが帰ろうと後ろを向いたその時、洞窟から飛び出してきた影が背中を見せたチキータに襲い掛かる。


 ぎゅむ。

「ひにゃあぁぁあ!?」

 飛び出してきた影に、力一杯、尻尾を握りしめられて悲鳴を上げるチキータ。

「うわーい、可愛い猫さん! ボクと遊ばなーい?」

「にゃ、にゃ、にゃにを!? あ! 精霊!? は、放しなさい! 放し……にゃふっ!? しししっ、尻尾、そんなに強く握らにゃいで! 放してにょ~!!」

 影の正体は精霊ジュエルだった。

 チキータは先程までの落ち着いた雰囲気からは想像もできない慌てぶりで、可愛らしい声に珍妙な語尾が付き、俺は束の間ジュエルを叱るのも忘れて目の前の光景を眺めていた。


(……なんだろうか。何かこう、心が癒される気分というか。これが太古の文明に存在したという概念、『獣人萌へ』と称される感情なのだろうか……)


 自身の心に芽生えた新しい感情に俺が浸っている間も、ジュエルはチキータを攻め立てていた。


「ふひひひっ! 猫のお姉ちゃん、柔らかい肉球してるじゃない。毛並みも良くて、もふもふだあ。ボクもう我慢できないよ!」

 下品な笑みを浮かべて、ジュエルはチキータのスーツの胸元に顔を突っ込んでもふもふする。

 少女のような外見のジュエルが、雌豹のようなチキータを蹂躙する光景は幻想的で、同時に酷く背徳的なものでもあった。

「いにゃぁあああっ! 何するのこの変態精霊!」

「はっ!! いかん、ジュエル! こら、やめろ! お前はどうしてそう、もふもふとしたものが好きなんだ!?」

「自分にないものを、他人に求めるのは、至極当然のことだよボス~!!」

「なるほど、そうか」

「納得してないで止めて~!!」


 その後、かなりの長い期間、チキータが洞窟まで挨拶に来ることはなかった。

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