第21話 大繁殖

 ついでの用事ではあったが今回の大改装に伴い、洞窟に入り込んだ野生動物達の生態系も同時に調査していた。


「自分と同族のやつらの点呼を取れ。数が分かり次第俺に連絡するんだ」

 子鬼、灰色狼、森の巨人と、従わせた眷属に同じ種族の仲間が何匹いるか、数えるように指示を飛ばす。

 その間に、彼ら以外の動物が入り込んでいないか調査を行った。


 洞窟を見回っていた俺は、坑道の迷路となっている箇所で天井や壁にへばりつく半透明の黄色い物体に気が付いた。

「いつの間にこんなに繁殖していたんだ……?」

 どろりとした固体と液体の中間のようなゲル状物体、野生の粘菌スライムがそこかしこで繁殖していた。

「元々、地中で眠っていたのか……それとも外から胞子が飛んできたか。いずれにしろこの坑道内は粘菌の生息環境として適しているのかもしれんな」

 黄色い粘菌はあまり活発に動く種類ではないのか、非常にゆっくりと床や壁、天井を這い回っている。

 この黄色の粘菌は特に有害な存在ではなく、基本的には土壌の栄養成分を吸収して繁殖する種類だ。むしろ洞窟内に落ちた動物の排泄物などを分解してくれるので、粘菌が棲みついてくれたのは願ったりかなったりだ。

 静かに繁殖する粘菌を観察していると、眷属達から点呼の結果が伝えられてきた。


「森の巨人が三匹……ふむ、子供ができたのか。そして灰色狼が二十五匹、子鬼が……六十匹!?」

 それほどとは思っていなかっただけに子鬼の数には驚かされた。広い洞窟内に散っていたり、山林で狩りに出かけていたりと、総合すると六十匹にまでなるようだ。繁殖するにもほどがある。


(とは言え、洞窟はこれからもますます拡大していく。今でも掘削の労働力が不足気味に感じられるし、まだ殖やせるだけ殖やしても構うまい)


 俺が鉱山開発に必要な労働力と子鬼の数を天秤にかけて思案していると、足元に茶色と灰色のノームが何匹か集まってきた。

 ノーム達はそれぞれ、茶色い土玉と灰色の石ころを並べて見せる。

「ひょっとしてお前らも点呼した数を教えてくれるのか?」

 ノームは肯定の意思を表すように飛び跳ねると、次々に土玉と石ころを並べていった。

 その数――。

「茶色のノームが三七五匹、灰色のノームが一二四匹……おおよそ五百匹。ん~、労働力として助かるのは間違いないんだが、お前らは一体どこまで増えるつもりなんだ?」

 ノームには俺の微妙な不安が伝わらなかったのか、その場で小さく飛び跳ねると元の掘削作業に戻って行った。



「ボス、ボスっ!」

 点呼を終えた俺の下へ、慌てた様子でジュエルが駆けてきた。

 腕に白い物体を抱えているのが見えた。

「ジュエル、その腕に抱えているのは?」

「見て見てっ! 白いもふもふの毛玉!」

 よく見るとその白い毛玉には長い耳と一本の小さな角が生えていた。

 頭部の両側にはジュエルの紅玉の瞳にも似た真っ赤な目が付いている。

「洞窟兎じゃないか」


 洞窟兎はこの鉱山周辺の岩石地帯、『朝露の砂漠リフタスフェルト』に広く生息する兎である。

 額に生えた固い角で地面や岩を掘り、巣穴を作って群れで棲む習性がある。

 洞窟での生息に適応しており、洞窟の壁に発生した苔や茸を主食とするほか、粘菌類も積極的に捕食する特殊な食性を持っている。


「可愛いでしょー。思わず連れてきちゃった。坑道の幾つかに巣を作っているみたいなんだ。他にもたくさんいたよ!」 

「ジュエル……そんなことしているとまた、群れに囲まれて痛い目見るぞ」

 灰色狼の幼獣を捕まえて、怒った成獣に集団で襲い掛かられたのはいつのことだったか。残念ながらジュエルには学習能力というものがないらしい。

「しかし、そうか。洞窟兎が坑道で数を増やしてくれるなら、それはそれで役に立つな」

「? どんな役に立つの?」

「子鬼や狼どもの餌として」

「ボスの鬼畜ー――!!」

 ジュエルは兎を抱えたまま逃げ出した。


 初めは子鬼と灰色狼、森の巨人とそれだけの種類であったが、いつの間にか野生の粘菌スライムや洞窟兎など、様々な生き物が棲みつくようになっていた。

 とりあえず今の所はどうこうするつもりもなく、採掘の邪魔にもなっていないので放置することにしていた。なんとなく、ノームの言っていた均衡と循環とは、こういう自然生態系の在りようを示しているのではないかと俺は思ったのだ。


(今は特別な弊害もないことだし、もっと大型の猛獣が入り込んで来た場合に限って、対処すればいいか……)

 その時はその時、また眷属が増えるだけのことだ。

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