第14話 借金取りは貴族令嬢
豪奢な絨毯と革張りのソファ、優雅に腰かけるのは長く艶やかな金髪を肩に流した貴族の少女。
「ねえクレストフ? もう宝石の一つでも見つけたのかしら? 最初に見つけた宝石は、もちろん私に贈ってくださるのでしょう?」
樫の木で作られた大きなテーブルを挟んで、俺はその少女と向かい合って座っていた。
「もちろん、御要望ならお送りしますよ、格安で」
「もう! お金を取るの? 違うでしょう、贈り物よ。心のこもった、お・く・り・も・の」
ぱっちりと片目を瞑っておねだりをしてくる。だが、金欠の俺にそんなふざけた要求は通じない。そもそも、この貴族の女は勘違いをしているのだ。
全くと言っていいほど他人に助けを求めることのない俺が、珍しく借金など申し込んできた事実に、この女は盛大な勘違いをして金の貸し借り以上の何かを期待しているのだ。
(――くそ、やはり他人に金なんて借りるべきではなかった!)
鉱山開発がようやく軌道に乗り始めた所で、開発資金を融資してくれた知人である伯爵令嬢から声がかかった。
開発の進捗具合を直接聞きたいと言ってきたのだ。
正直、そんなことの為にわざわざ山を下りるのは時間の無駄だとわかっていた。さりとて、無視できないのは単に金を借りている立場だからというわけでもない。そもそも俺が買った鉱山は元々、この伯爵家の領地にあるのだ。
鉱山を買ったと言っても、実は土地ごと買い取ったわけではない。鉱山開発の権利を買ったのだ。その分、俺が支払った(正確には借金した)金額は割安になっている。
故に、土地そのものは伯爵領に変わりなく、俺は山一つの鉱物資源を買い取ったと言い換えることもできる。採算が取れるかわからない鉱山ということで、破格の安値ではあった。
鉱山開発の利益の一部は伯爵家に税として徴収される契約になっている。基本的に、領地を簡単には切り売りできないので、こういった土地の貸付けに近い契約となっているのだ。
そんな経緯もあり、鉱山開発の進捗を報告させるという理由付けで伯爵令嬢は俺を度々呼び寄せるのだった。
「そういえばクレストフは最近、妖精さんを雇ったと聞いたわ! ねえ、どこにいるの? 呼び出せるのでしょう?」
「妖精ではなく精霊ですがね。それも雇ったのではなく、契約を交わしたのです」
「どっちでも大差ないじゃない。細かいのねぇ」
「大違いです」
憮然とした表情で受け答えする俺に対して、伯爵令嬢はいたく上機嫌に笑っている。
普段の俺の不遜な態度を知っているが故に、こちらがあからさまな不快感を示したところで気にも留めないのだ。
「それでその精霊さんはどこに?」
「今頃は鉱山で穴を掘っていますよ」
「まあ……。契約を笠に着た強制労働? ちょっと感心致しませんわ」
「御冗談を。既に十分過ぎる対価を支払っているのです。働いてもらわなければ」
「あらそうでしたの。でも、一目見たかったわ。次の機会には連れてきてくださいね」
「機会があれば……」
(――冗談じゃない。暇ではないのに、そう何度も来られるものか)
俺は心の中で唾を吐いていた。そもそも、あの精霊がこんな面倒な領地の鉱山に白羽の矢を立てたりしなければ、この伯爵令嬢とも深く関わらなくて済んだはずだ。
俺個人としては別の手頃な鉱山で資金稼ぎを考えていたのに、鉱山選びだけは譲れないとジュエルが主張したせいである。
宝石に対する嗅覚は鋭いようなので信用してやったが、これでもし貴石の一つも採掘されなければ、俺はあの精霊を本気でどうにかしてしまいそうだった。
「ところで、鉱山ではどういった生活をなさっているの? 不便も多いのではなくて?」
伯爵令嬢は鉱山開発の進捗報告を聞くというよりも、興味本位の質問が多かった。まあ、予想してしかるべきではあった。何かと理由をつけて人を呼びつけるのも、俺と話をすること自体が退屈な貴族の生活では刺激になるからだろう。
「実に不便ですよ。必要なものは全て工房の陣から召喚して取り寄せていますが、生ものは陣の中で腐ってしまいます。冷凍貯蔵庫に陣を敷ければ良いのですが、そこまでの設備はありませんからね」
特定の座標範囲を決定して被召喚物を置いたものを『陣』という。そして『
便利なようだが、物力召喚は直接に座標指定された物か、あるいは座標範囲を指定された陣の中に物がないと、当然ながら不発に終わる。何でも好きなだけ取り寄せることができるわけではない。準備が必要なのだ。
「それは大変ね。まともな食事もできなかったのでしょう? ああ、そうよ! 今日は夕食をこちらで食べて行くといいですわ!」
是非とも願い下げしたい誘いだ。俺はすぐにでもここを発って、仕事の続きをしたいのだ。
一日の遅れが、利子となって借金を増やす。時間的猶予など俺にはない。
「せっかくですが……」
「お仕事の話もありますの。付き合っていただけますわよね?」
断ろうとした矢先、仕事の話を持ち出されてしまう。そう言えば俺が断らないと彼女は知っているからだ。
(まったく、強引な女だ……)
俺は渋々ながらも、伯爵令嬢の誘いに乗ることになってしまった。
「仕事の話のついでなんですがね」
皿の上で香ばしい匂いを放つ
「ついでと言わず、聞かせて。仕事以外の話も歓迎よ」
前菜から始まったフルコースの料理は、予め出される間隔が決められているかのように遅々として次の皿が出てこない。自然、会話が増えてしまうのは、目の前の伯爵令嬢の罠であろうか。
「いや、まあ……厳密には仕事に関係する話なのですが。土地の管理に関して少し」
「土地の管理?」
伯爵令嬢は途端に笑みを消し、退屈そうな表情を表に出す。
「鉱山開発を行っている間は危険もあるので、近隣の住民が山に立ち入らないように注意を促してもらいたい。新しい管理者の俺ではなく、昔からの領主による通達の方が理解されやすいでしょう?」
鉱山は元から私有地のはずだが、近隣の住民が山菜や薬草を摘んだり猟師が狩りをするのはある程度なら黙認されてきた。しかし、管理が俺に一任されて鉱山開発も始まった今、勝手に山へ入ってのたれ死んたり、採掘の邪魔をされでもしたら面倒だ。
俺が土地の管理を任された以上、許可なく山へ入って来た者は侵入者とみなす。私有地に勝手に入って荒らす者は力づくで排除する、と近く宣言するつもりでいた。
「ああ、そういうことですの。わかりましたわ、後で通達を出しておきましょう」
伯爵令嬢は興味もなさそうに適当な相槌を打っていた。
(……いいのか? 山林の恵みで生計を立てている者もいるだろうし、少なからず反発があると思うのだが……)
俺としては面倒な地域住民の説得の手間が省けて大助かりだ。
面倒な苦情の処理を押し付けられたにも拘らず、大したことではないといったこの態度。伯爵令嬢殿は通達だけして、地域住民の苦情などそもそも聞く気はないのかもしれない。
「細かい土地の管理はお任せしますわ。貴方の裁量に任せます」
「好きなようにして良いのですか?」
「ええ、元々は遊ばせていた土地ですから、どのように開発しても問題ないわ。極端な話、山林を丸坊主にして穴凹だらけにしても結構です。その分の利益さえ、きちんと出してくだされば……」
これまで立ち入りを禁じなかったのは、土地を活用する予定がなかったから。
そんな土地の為に侵入者を取り締まることもなかったのだろう。
だが、土地開発の必要性が出てくれば話は別だ。通達を無視して侵入した者は新たな管理者の権限によって裁かれることになる。山の中で事故に遭っても責任は勝手に入った方にある。
(これで許可は得た。後は、好きにさせてもらうとしよう)
俺は用件の一つが片付いたことに胸を撫で下ろしていた。我慢して伯爵令嬢の夕食に付き合った甲斐もあったというものだ。
「ところで、今日はもう遅いから泊まっていくと良くてよ」
気が緩んだ俺に伯爵令嬢が不意打ちを仕掛けてくる。突然の提案に俺が二の句を告げずにいると彼女は勝手に話を進めてしまう。
「今から鉱山に戻ることもないでしょう? かと言って、貴方の工房まで戻るには時間もかかるわ。近くで宿を取るくらいなら、ここに泊まっていく方が効率的で経済的だとは思わない?」
「なるほど、それは確かに……」
(いやいやいや! だからと言って、まずいだろう。このままではなし崩しに既成事実を積み上げられてしまう……)
効率的とか経済的とか、とにかく俺は合理的な理屈には弱い。だが、伯爵令嬢の思惑はそんな単純なものではなく、俺を完全に自分のモノとして取り込んでしまう狙いがあるはずだ。
宿泊などしたら、今晩どれだけの罠が待ち構えていることか。逃げ出す機会を失えばそのままずるずると滞在を勧められて、束縛されてしまうかもしれない。
「しかし、申し訳ない。実は明日早くから仕事が控えていましてね。夜の内に移動しなければならないので、今日は失礼します」
「あら、そんなに朝早くからお仕事がありますの? いったい何の御用件?」
「魔導技術連盟の本部に用事があるのです。ここ最近は鉱山に篭ってばかりでしたからね」
用事があるのは本当の話だ。もっとも、予定を変えようと思えばいくらでも融通は利くのだが、そこまで伯爵令嬢の我が侭に付き合う義理はない。
「そう……、残念ですわ。今夜はたっぷりと寝物語を聞かせて頂けると思っていましたのに」
年若い少女とは思えない妖艶さを見せつけてくる伯爵令嬢。
「……御冗談を」
最後に本性を現した伯爵令嬢へ、俺は引き攣った笑顔で一言返すのが精一杯だった。
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