第13話 住み心地の問題

 子鬼とノームの働きによって、洞穴の坑道はより深さを増していた。

 予備として三本目の坑道もジュエルに掘らせ始めている。


 先日、灰色狼に噛み千切られたジュエルの羽衣は、一晩を置いたら元通りになっていた。


(どんな物質で構成されているんだ? それとも、あれも精霊の身体の一部なのか? ……機会があったら調べてみるか、引っ剥がして)


 邪な感情を抱きながら羽衣を纏った精霊の後ろ姿を眺めていると、ジュエルは悪寒でも感じたのか、ぶるるっ、と震えて辺りを見回している。

 しばらくして、何事もないことに安堵したジュエルは、再び洞穴の掘削作業に専念し始めた。


「ご~りごりぃ~。ぐーりぐりー。うりゅうりゅ、ここがいいのか~? へっへっへっ、誰にも汚された事のない綺麗な岩肌してるじゃね~かー。その亀裂にボクの自慢のモノをねじ込んで、割り開いてやるぅ~!」

 ひどく下品な言い回しに聞こえる独り言を吐きながら、ジュエルは目の前の岩壁を突き崩しながら、奥へ奥へと堀り進んでいく。


 固い岩盤を相手にするにはジュエルの鋼鉄の錐やノームの石に干渉する能力が役立つが、子鬼達も掘削道具のツルハシを持たせることで負けず劣らずの働きを見せている。ツルハシの素材に俺が錬金した超硬合金を使っているのだ。重量もそこそこあり、ノームには扱えないが子鬼が扱えば一振りで岩盤に穴を穿つ。


 砕けて足元に転がってきた灰色の石を、俺は拾い上げてじっくりと観察してみる。

 のっぺりとした質感を見せる何の面白味もない石基せっきの塊。大きな結晶になりそこなった、細かい石粒の集合体だ。

 この辺りの地層は、地下の溶岩が急速に冷えて固まった岩石と土が、半々に混ざり合った地質をしている。


「とてもじゃないが、結晶質の石が産出するような地質じゃないな。少し、地下へ向けて掘り進めてみるか……」

 坑道を掘り進めるノーム達に指示を出そうと腰を上げた時、洞穴の入口で門番代わりにしていた狼達が騒いでいるのに気が付いた。


「おーい、何だ。そんなに騒いで……ぅげっ!」

 大したことではなかろうと思い、何の警戒もなしに入口付近まで来て、俺は言葉を詰まらせた。


 洞穴の外から差し込む日の光を遮るようにして、巨大な人型の影が玄関口エントランスに立ち塞がっていた。

 人型であって、人の影ではない。

 天上に頭が届きそうなほどの体高と、ぶっとい手足に胴回り。よくよくみれば全身を真っ黒な剛毛が覆いつくしている。


(こいつは――森の巨人トロール!)


 狼達が取り囲み懸命に吠え立てて威嚇しているが、巨人はさして気にした様子もなく洞穴の内部をぼんやりと見回している。

 迷い込んできたのだろうか。しかし、それならばそれで早いところ退散してほしいものである。

 はっきり言って掘削工事の邪魔だ。掘った土砂や岩石を外に運び出すのに、途中でこんな巨大な生き物が居座っていたら作業ができない。


(子鬼や狼達では歯が立たないだろうな……俺がやるしかない)


 幸にも、巨人はまだ俺の存在に気が付いていない。

 洞穴内で暴れられては堪らないので、一発で片づける必要がある。


(――それとも動きを封じてから、眷属として支配するか――)

 欲が出て行動が遅れた一瞬、巨人が不意にこちらへと視線を向けた。

『ホォ……』

 巨人の口から、声が漏れる。


『ホォオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!』

 見た目からは想像もつかない甲高い声。だが、声量だけは身の丈に合って馬鹿みたいに大きい。

 巨人は空気を裂く雄叫おたけびと共に、俺へと目がけて真っ直ぐ突っ込んでくる。


「くそがっ! 大人しくしていればいいものを!」

 悪態を吐きながら巨人の突進をかわす。巨人はそのまま坑道の一本に突っ込んで行く。

「ボス~? 一体全体、何の騒ぎ……ぃぃいいい!?」

 運悪く坑道から顔を出したジュエルは巨人の突進をまともに受け、再び坑道の奥へと追いやられた。

 洞穴を震わせるほどの衝撃でもって、巨人は狭い入口を崩しながら坑道へと上半身を突っ込んでいる。

 巨人が激突した轟音にもう二つの坑道からは、子鬼とノームがあわをくって飛び出してきた。


「ひきゃー!! ばけもの~! 食べられるー!! こっち来ないで~!」

 巨人は坑道の入口で体を挟んでしまったのか、そのまま前にも後ろにも動けずにもがいていた。

 一人、坑道の奥で追い詰められたジュエルの悲壮な叫びが聞こえてくる。


「あー……まあ、こういう状況なら殺すこともないか……」

 これだけの巨体だ。殺してしまえば死体の後始末が大変である。

 俺は警戒しながら、巨人の背へと近づいていく。荒ぶる獣さえ服従させる呪詛を込めた水晶を二つ、両手に握って意識を集中する。


(――我が呪詛を受け入れ、服従し、命に従え――汝が身の力全てを絞り――)

眷顧隷属けんこれいぞく!』


 巨人の背骨に沿った位置へ、二つの水晶を埋め込んで服従の呪詛を吐く。

 水晶に刻まれた魔導回路が白く輝き、樹枝のように回路を伸ばすと、背骨の神経を侵して脳神経へと支配の手を広げる。


『ホオォッ!? ホオォー!! ホッ! ホッ、ホ……』

 幾らかの抵抗を見せた後、唐突に雄叫びが途切れる。

 巨人はゆっくりと坑道から体を引き抜くと、俺の前で静かに腰を下ろした。

 支配下に、落ちたのだ。


 体が大きく、自我も強い森の巨人トロールを支配するには、水晶二つでも足りないのではと不安に思ったが、予想よりも容易たやすく術に掛かった。

「やれやれだな……。こいつはまあ、掘り出した土砂の運搬にでも働いてもらうか」

 巨人の襲来には肝を冷やしたが、終わってみれば坑道の一本を少し崩されただけだ。被害の軽さに胸を撫で下ろした。



 森の巨人トロールを支配下に置いた後、洞穴の中で俺は腑に落ちない事実に首を傾げていた。


(どうしてこの洞穴には、こうも多くの獣が集まってくるんだ?)


 立地条件がよい場所なのだろうか。隠れ住むのに適した洞穴があれば、こぞって良い縄張りを得ようとするのは自然なことだ。

 しかし、そんな縄張り争いに一々構っていたら、鉱山開発が進まない。


「よし。洞穴の出入り口に幻惑の呪詛をかけて、獣が入り込まないようにしよう」

 名案だ。なぜもっと早くこの手を使わなかったのか自分でも不思議なくらいである。

 狼に門番させるより、この方が確実ではないか。


 早速、幻惑の呪詛を洞穴の入口にかけようと魔導回路を刻んだ結晶で陣を構築し始めたら、設置した結晶を地面からぴょこんと生えだしたノームが持ち上げて陣を崩してしまう。


「こらこら、悪戯をするんじゃない。これは大事な術式なんだから……」

「ボス。入口に呪詛をかけるのはやめて、って言っているみたいだよ」

 俺とノームのやり取りを見ていたジュエルがノームの意思を代弁する。


「……何故だ?」

「それだと、循環が損なわれるんだって。均衡が崩れる、って言ってるよ」

「循環と均衡……またその話か」

 俺にはよくわからない話だったが、ノームにとってはそれこそが穴を掘る理由であり、俺に協力してくれているのもそれが前提条件にあるからだ。

 無理に呪詛をかけてノームの反感を買うのは良い判断ではないだろう。


「しかしそうするとだな、今後も獣が迷い込んでくるかもしれないだろう? そもそも、最初だって子鬼に巣穴として占拠されていたじゃないか。また同じような事になったらどうするんだ?」

「それは心配ない、って」 

「何を根拠に?」

「用心棒」

 ジュエルが俺を指差す。俺は失笑して周囲を見回したが、いつの間にか俺の周りに集まっていたノーム達も短い腕を精一杯伸ばして俺を指差していた。

 その光景を見て俺は軽い頭痛に襲われた。


「ほら、前に言っていたじゃない」

「……何をだ?」

 何を言いたいのかは既にわかっていた。けれども、改めてそれを頭で理解し直すのは嫌だった。


利益供与ギブ・アンド・テイクだって」

 ノーム達はただ善意で俺のことを手伝ってくれていたわけじゃない。

 彼らには彼らなりの、打算があったのだ。


 ――利益供与ギブ・アンド・テイク


 彼らがその言葉の意味を理解して言っているのだとしたら……差し詰め俺はやくざ者ということか。

 子鬼より、話が通じるだけ都合は良かったのかもしれない。


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