第12話 雨の日の来客


「坑道を掘り始めたことで、ようやく採掘現場らしくなってきたな」

 洞穴の玄関口で、奥へ奥へと細い穴を掘り続けるノームと子鬼を眺めながら、俺は感慨に耽っていた。


 鉱山開発など、人を雇えない資金事情の中でどうなることかと思っていたが、こうして労働力を確保することに成功した。

 後は貴き石の精霊ジュエルスピリッツであるジュエルの能力で宝石を探し当てれば、損失の補填と宝石の丘ジュエルズヒルズに向かう為の資金も短期間で稼ぎ出せるはずだ。


「あははー、待て待てー!」

 作業中の子鬼を追いかけ回して遊んでいるジュエルを見て、ふとした不安が過ぎる。


(……本当にこいつを信用しても大丈夫なんだろうな……?)

 俺の隠し財産である宝石類を僅かの時間で探り当てたジュエルだ。

 鉱山開発でもその能力は期待できる。期待できるのだが……。


 追いかけ回した子鬼に、逆に複数で飛びかかられて逃げ出すジュエル。

「きゃー! ごめんなさい、許してー!」

「やる気あんのか、お前らー!!」

 俺の一喝が、さして深くもない洞穴内で虚しく反響した。



 昼になり、子鬼やノームを監督しながら坑道の掘削を指示していると、急に洞穴内の気温が下がったように感じて辺りを見回す。

「冷気が入り込んできたようだが、何だ?」

 洞穴の入り口を見れば先程まで明々あかあかと差し込んでいた光が、薄暗く弱々しいものになっていた。

 入り口まで出てみると、外の様子が一変していた。

 空一面に暗雲が広がり、ばちばちと地面を叩く水の音がする。


「雨か……風も強い。雲も真っ黒だ、こいつは嵐になるかもしれん」

「嵐? わーい、うきうきするねぇ!」

「お前は何が起こっても常に楽しいのか?」

 入り口に土嚢を積んだ方が良いだろうかと心配になったが、幸にも洞穴の玄関口は外よりも僅かに高い位置にあり、緩やかな斜面となって内部への水の侵入を阻んでいた。


(……杞憂か。これならば作業を続行して構うまい……)

 作業の続行を判断して、俺は洞穴の奥へと戻る。

 その一歩を踏み出した時、玄関口でばたばたと複数の足音が響いた。


 振り返ればそこには、灰色の毛並みを持った四足獣の姿。三角形に尖った耳と、大きく裂けた口に鋭い牙、濡れそぼった尻尾が左右に振られて水滴があたりに飛び散っている。

 それが、数にして十五匹ほど。その内の半分はまだ小さな幼獣だった。


 灰色狼の群れだ。大陸中どこの森でも見かけられる種類の獣で、一匹ずつでは大した脅威でもないが、かなりの数で群れをなし連携して獲物を追い詰める狩猟方法は、狙われた獲物にとって逃げ切るのは非常に困難となる。


「おいおい……よりにもよって、ここに入り込んでくるのか? 邪魔だ邪魔だ! 作業の邪魔だ! ここはお前達の縄張りでもないぞ、先客ありだ。雨宿りなら別の場所へ行け!」

 声を張り上げ、腕を振るって狼の群れを追い払おうとするが、彼らは入り口付近で、じっと俺の姿を観察しているだけで動こうとしない。

 逃げていくでもなければ、襲い掛かってくるでもない。


(……互いに不干渉で、雨がやむまで見逃せってことか?)

 狼達も子供を連れた状態で、他の動物と騒ぎを起こしたくはないのだろう。かと言って、今から外へ出ていくのも子供の体力を考えれば厳しい。


(まあ、害がなければ構うことはないか……。こんな狭い洞穴で争いを起こされるのは俺も御免だ)

 とりあえず狼が洞穴の奥までは侵入してこないことを確認した俺は踵を返し、再び洞穴へと足を戻す。


「わわ……よーしよしよし……。えへへ、可愛いな。ころころ、してるー」

 互いに不干渉を貫く、そう俺が思いを決めた矢先に、狼の幼獣にちょっかいを出している馬鹿がいた。

 いつの間にか群れから離れた幼獣を抱え上げ、ジュエルが硬い石の顔面を擦りつけている。

 狼の幼獣はその頬擦りが痛かったのか、「きゃうきゃう」と悲しげな鳴き声を発する。

 その様子に気が付いた狼の成獣が、唸り声を上げてジュエルを威嚇し始めた。


「ジュエル! その幼獣を離せ!」

「え~、やだよー。そんなこと言ってボスが独り占めするんでしょ。こんなに可愛いんだものー」

「この馬鹿……あ!」


 ジュエルから幼獣を解放するより早く、成獣の狼達が一斉に飛びかかってジュエルから子供を奪い返す。

「きゃー! ひゃあ、ひゃ! や、やめてー!」

 そのままジュエルは狼達に取り囲まれた。

 二枚の羽根にかじり付かれ、身に着けていた羽衣は噛み千切られて素っ裸に剥かれてしまう。


「ひぃーやぁー! 見てないで助けてよボスー! わーん、服を脱がさないで、破かないでー! 変態、変態ー! 狼もボスも変態だよー! 犯されるー! むしろ目で犯されたー!」

 ……まあ、もともと裸に近いような恰好なので、羽衣が無くなっても大差はないのだが。ジュエルにとっては意外にも羽衣の重要性は高かったらしい。この精霊にも人並みの恥じらいがあるとは知らなかった。


 数の暴力に蹂躙されるジュエルをよそに、俺は冷静に状況を判断していた。

 子鬼共をけしかけて追い払う方法もあるが、貴重な労働力を失ってしまう恐れもある。

 俺が狼を殲滅してしまえば事は容易に済むのだが、そこはやはり子鬼という前例があるから上手く利用できないかと考えてしまう。


(――入り口付近で様子を窺っている、体が一際大きい奴。あいつがリーダーだな――)


 群れを統率するリーダーと思しき狼を見定めると、俺は雨音に足音を忍ばせて駆け出し、あっという間に狼のリーダーとの距離を詰める。

 やや暗がりのある洞穴で、黒い外套を羽織った俺の姿は狼の目には捉えにくかったはずだ。俺の接近に気が付いて、慌てて牙を剥いた頃には時既に遅し。


眷顧隷属けんこれいぞく!』

 小さな額に魔導回路の刻まれた水晶を埋め込まれ、悲痛な鳴き声を上げる狼。

「俺の命に従え。群れの仲間を鎮めるんだ」

 額の水晶が輝き、狼のリーダーは洞穴内に反響する声量で高らかに吼えた。


 リーダーの一吼えに、ジュエルに殺到していた狼達がぴたりと動きを止めて、一匹、また一匹とその場から離れていく。

 後には、狼の唾液まみれになった素っ裸のジュエルが、虚ろな瞳をして横たわっていた。


 そんなジュエルを尻目に、俺はとりあえず狼のリーダーに次の命令を与える。

「眷族になった以上は働いてもらうぞ。洞穴に他の動物が勝手に入り込まないように守るんだ。その代わり、洞穴の玄関口は寝床として使って構わない」

 狼のリーダーが了解した様子で小さく吠える。



 狼の群れは入り口付近で一塊になって、振り続ける雨を恨めしそうに眺めていた。

「ボ~ス~……」

 そして、狼達とは別方向から恨みのこもった低い声が聞こえてくる。


「……酷い姿だな。しかも、ちょっと臭うぞ」

 体中をネトネトとした唾液に濡らし、一掴みの布切れと化した羽衣で申し訳程度に胸と股の辺りを隠している。

(隠すようなものも付いてないだろうに)

 乱暴に犯された少女の姿でも真似て、哀れを誘っているつもりなのだろうか。精霊のこうした戯れは相変わらず俺には理解できない。


「見苦しいから少し外の雨にでも打たれて来い。そうすりゃ、体も綺麗になるだろ」

 ジュエルから一歩距離を取り、顎をしゃくって外での行水ぎょうずいを促す。

 だが、ジュエルは入り口付近の狼が気になるのか、外へ向かおうとはしない。

「なんだ、狼が怖いのか? もう、服従の呪詛をリーダーにかけてあるから平気だぞ」

 それでもジュエルは動かない。


 ただ、ねっとりとした雫を垂らしながら、焦点の定まらない紅い瞳で俺を見返してくる。

 ――ひしっ、と。いや、べたっと俺の体に抱きついてくるジュエル。

 反射的にジュエルの顔を掴んで押し戻したが、俺とジュエルを結び付けるかのように、手の平からは透明な糸が伸びていた。


「うっ、げえぇえー―っ!! きったねー―!!」

 雨音を一瞬かき消し、本気で嫌悪のこもった声が洞穴奥まで響き渡った。 


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