第10話 鉱夫達の拠点

 太陽が傾き、夕焼けの光が山を赤く染め始めた頃、俺は洞穴の崩落で生き埋めになったジュエルをノーム達と協力して引っ張り出していた。


「行くぞ……一斉に、引け!」

 ノーム達と息を合わせて、ジュエルの両足を一気に引っ張る。

 あらかじめ土砂をある程度は取り除いていたおかげで、思ったより容易にジュエルの体は引っ張り出せた。


 ただ、ジュエルの体は土まみれで、纏っている羽衣や背中に生えた二枚羽もしわが入ってよれよれになっていた。

「うう……よごれちゃった……」

「落盤に巻き込まれておいて、それで済めば幸運だろ」

「うう、でも……うわ~ん!」

 惨めな自分に嫌気が差したのか、ジュエルは大声で泣き出した。ぼろん、ぼろん、と水晶玉の涙が零れ落ちる。拾って調べてみるとかなり高純度な水晶だったので、俺は泣き続けるジュエルをそのままに水晶玉を拾い集めた。


 水晶玉の涙を必死に拾い集める俺の姿に気が付いたのか、ジュエルは罵倒の声を混ぜていっそう泣き喚いた。

「ボスの馬鹿ー! 物欲の権化ごんげー! 人でなしー! 変態ー! うあーん!」

「おー、泣け泣け。気の済むまでなー」


 結局、ジュエルが泣き止む頃には抱えきれないほどの数の水晶玉が手に入った。

 先程の失態も帳消しの収穫に、俺は気分をよくしていた。

 一方のジュエルは慰めの声もかけてもらえなかったことで、完全にふてくされている。


「……ボスはさーあ、精霊の気持ちを何だと思っているのかな~。ボクらが人間じゃないからって、感情とかないと思っているんじゃないかな~? 泣いている精霊を相手に、慰めの言葉もかけないなんてさー……」

「そう言うな。精霊の涙、なんて貴重なものを落とされたら、大抵の人間は飛びつくもんだ」


 さすがに気の毒になった俺は、遅まきながら労わりの言葉をかけてやる。


「今回のことでお前が色々と使える精霊だってことはよくわかった。掘削も落盤に気をつけて掘り進めれば、お前一人でノーム数十匹の働きぶりは確実だ。自信を持て、俺はとても評価しているぞ」

「ふーんだ。どうせボクはちっちゃなノーム数十匹程度の役にしか立ちませんよーだ!」


 俺が正当な評価をしてやってもジュエルは相変わらず不機嫌なままだった。

 口先だけで褒めても無駄と悟った俺は、とりあえずジュエルの頭を軽く撫で、銀糸の髪に付着した土や砂を払ってやった。

 すると、何かを期待するような素振りで二枚の羽がはたはたと動く。


(……わかりやすい奴だ……)


 羽と背中にこびりついた土を丁寧に取り除いてやると、ジュエルは気持ち良さそうに体を伸ばした。

「むふふ~……」


 俺がジュエルの体を綺麗にしてやっていると、一匹のノームが足元までやってきた。

 もささっ、と体を震わせて一回飛び上がる。

 思わずノームを目で追った俺は視界に入った洞穴の様子を見て、ノームが何を言いたいのか瞬時に理解した。


「おお。片付け終わったみたいだな! 見ろ、ジュエル」

「わあ、広い、広い!」


 ジュエルが掘削してノーム達が土砂を片付けた洞穴は、ちょっとした小屋ぐらいなら中に建てられそうな空間になっていた。

 調子に乗ってジュエルが洞穴の中を飛び回る。


「こらこら、また落盤したら今度は助けないぞ! 少し補強を行うから一旦外に出ていろ」

「ほきょぉー?」

 わかっていながらふざけているのか、俺の背後に回りこんで背中から負ぶさってくるジュエル。

 非常に重い。が、無視して作業を続けることにする。

 もう陽は沈み、空も暗くなり始めている。あまり時間をかけてはいられないのだ。


 俺は右手の中指に嵌めた紅玉ルビーの指輪に魔導因子を流し込み、意識を集中する。

(――結び直せ――)

 壁に手を付き、術式発動の一声を発する。

粒界再結晶りゅうかいさいけっしょう!』


 紅玉の指輪を中心に、赤い波紋が壁を伝わり天井を走る。

 波紋が通り過ぎた後の岩壁からは細かい罅割れが消失して、滑らかな表面へと変化した。

 波紋が幾度か走り抜けると大きな裂け目も埋まり、まるで初めから一枚岩であったかのように頑強な壁面となった。


「わああー!! ボス、やるー!」

「くはっ……はー……。こ、これで、よほどのことがなければ落盤は起こらないだろう」

 しかし、術式を施した範囲が広いのでそれなりに脳への負担は大きかった。

 もう少し、効率の良い方法を考えないとこれから先、広い洞窟を補強していくのは難しいかもしれない。



 周囲が夜のとばりに包まれ、洞穴は闇に落ちる。


(――照らし出せ――)

きらめ陽光ようこう!』


 淡い褐色に煌く日長石ヘリオライトを壁に埋め込み、洞穴の中に明かりを灯す。


「よし、今日はここまでだ。後は、天幕テントを張って休むとしよう」

 今後は、洞穴の玄関口エントランスとなるこの大きな空洞を拠点にして、本格的に坑道を掘り進めて行く予定だ。

 ノーム達は夜中でも動けるそうだったが、今日はもう俺の方が気力、体力共に限界を迎えていたので作業の指示を出すのも明日からとした。


 日長石の明かりの中で、俺は手早く野営の為の天幕を張った。

 骨組みと薄い布地で作られた天幕を物珍しそうに眺めているジュエルを置いて、俺は一足先に中へと潜り込む。

 今日は疲れた。横になればすぐにでも眠れそうだった。


「ねえねえ、ボス~?」

「何だ?」

「見て見てー、影!」

 天幕の外からジュエルの間延びした声が聞こえてくる。

 日長石の明かりを受けて、精霊ジュエルの影がテントの布に投影される。


 横になった俺はあくびをしながら、ジュエルの声に適当に応える。

「もう寝るぞ。俺は疲れた」

「無視しないでよー」

「…………」

「とうっ」


 変な掛け声と共に、布地に投影されたジュエルの影が小さくなる。

 そして、俺の目の前に天幕の布と骨組みが迫り、目の前が真っ暗になる。


「ぐああああっ!?」

 ぐしゃっ、と。天幕が倒壊し、その上から重い物体がのしかかってくるのを感じた。


「あはは! 生き埋めー」


 重みの所為か、それとも布地が顔に巻きついた為か、呼吸がままならない。

 あのクズ石精霊が何を思ってこのような行動に出たのか俺には理解できなかったが、教育的指導として今度こそ容赦ない折檻せっかんが必要だと、薄れゆく意識の中で確信していた。

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