第7話 地の精ノーム

 呪詛を放って子鬼共を撃退したその日、大木に縛り付けられたお気楽精霊をそのままに俺は辺りの探索に出かけていた。

 元々、この山に分け入ったのは鉱山開発が目的だ。


 貴き石の精霊ジュエルスピリッツは純度の高い金属や宝石の結晶に鼻が利く(本当に匂いで感知するのかは不明だが)。

 ジュエルを連れてくれば鉱脈の発見も容易い、と言ったのは何しろ当の精霊自身だ。よほどの自信があるのだろう。


 もっとも、現在は先程の失態の罰として大木に吊るし上げられているが。


(……あまり、あの精霊を過信するのは危険だからな。ここはまず自分で採掘を始める拠点を幾つか選定するべきだ。精霊の助言を当てにするのはその後でもいいだろう……)


 俺とて地質学には少しばかり見識がある。準一級の錬金術士としても、精霊に頼りっぱなしというのでは格好がつかない。


「それにしても……穏やかな山だ」


 昨日も、山の中腹まで登ってきたが凶暴な猛獣などに出会うこともなく、ましてや魔獣などと言った特殊な生き物も見かけなかった。精々が朝に遭遇した子鬼ぐらいのものである。


(魚は少ないようだが川や泉といった水源も幾つかある。獣の生息環境として条件は良さそうだが……)


 これだけ大きな山ならば獣の類も多くいる筈だと思うのだが、意外にも獣の生息密度は薄かった。山林が広大なわりに、食糧になる草や果実をつける木々が少ないのかもしれない。


(地質が原因かな……。地面に斜面、崖も全て硬い岩石が含まれている。これでは、草木も根を張るのが難しいだろう)


 岩石地帯は、生物にとってかなり厳しい環境条件になる。草が生えなければ草食の動物が居つかず、それらを餌とする肉食動物も生きてはいけない。

 ただ、この地質を見るに鉱山としてはかなり有望な予感を得られた。特に、白黒の斑模様をした花崗岩が多く見られるのがいい。花崗岩と一緒に結晶質の鉱物も産出するからだ。



 俺は、山の生態系と地質を並行して調査しながら、山の中をしばらく歩き回っていた。

 すると突然、岩陰から小さな灰色の毛玉が飛び出してきた。

 そいつは俺の足元をすり抜けるようにして、また岩陰へと入り込んでしまう。


「こんな岩場に住んでいる小動物もいるのか……」

 よくよく注意を払えば、岩陰のそこかしこから小さな生き物のひしめき合う気配がした。

 ただ、どこか普通の生き物とは違う感じもした。


 何がどうと問われれば答えようもない、小さな違和感だった。

 なので俺はそれ以上気にすることもなく、彼らの住処を荒らさないよう静かに岩場を後にした。



 早朝から、陽が天頂に昇る昼まで探索を行った俺は、一晩を明かした子鬼の巣穴に戻ってきた。

 辺りを探索した結果、一番最初にジュエルが目をつけた巣穴の周辺が採掘に最適な場所であることもわかった。


 そのジュエルは相変わらず、大木に銀の蔓で縛り付けられたままの状態でいた。

「あ! ボス、ボス! お帰り~」

 ぱたぱたと背中の二枚羽と両腕を一緒に振って俺を迎える。 


「何でお前はそんなに楽しそうなんだ……。少しは反省したのか?」

 こめかみを押さえながら問う俺に、ジュエルは無邪気な笑顔で告げる。

「退屈だったよ~。でも、ボスが戻ってきたから、楽しくなった」

 もう小言を続ける気にもならなかった俺は、ジュエルを縛り付けていた銀の呪縛を解く。


 ジュエルは束縛から逃れると、羽をばたばたと動かしながら俺に向かって滑空してくる。

「ボスー!」

 滑空で速度をつけたまま俺の腹に突撃をかけてくる。どしん、と重く硬い塊がみぞおちにめり込んだ。

「げはっ……!」

 あまりの激痛に俺は白目を剥いてひっくり返った。



「ふ……復讐か? 復讐なんだろ……これは?」

 体を直角に折り曲げて、息絶え絶えに俺は恨み言を口にした。

「ごめんなさい、ボス。嬉しくて抱きついただけなんだけど」

 こちらを気遣うようにして、俺のみぞおちの辺りを撫で回すジュエル。

 本気で心配しているなら触れないで欲しい。思いのほか力の強いジュエルにみぞおちを圧迫されるのは拷問以外のなんでもない。


「そうだ、ボス! ボスにお客さんが来ていたんだった!」

 俺の腹を撫で回すのにも飽きたのか、ジュエルが思い出したかのように脈絡のない話を始める。

「客だって? どこに?」

「巣穴に」

「巣穴?」


 ジュエルは巣穴の中を指差して客がいると言う。

 だが、穴の中には誰もいない。よもや、精霊にしか見えない何かがいるとでも言うのか。


「隅っこの方だよ。ほら」


 指摘されて、巣穴の隅を見ると小さな影が蠢いている。

 それは拳大の大きさをした、茶色で毛むくじゃらの小人だった。

 俺はその小人には見覚えがあった。


「地の精、ノームか」

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