第6話 精霊の行動原理

「ごめんなさい。気づきませんでしたー」


 所々が黒く煤けた精霊ジュエルは、どこで覚えたのか地べたに正座して両手を投げ出し頭を下げるという最大級の謝罪の姿勢で、俺の足元に這いつくばっていた。


 そのくせ、反省している様子が見えないのは俺の気のせいだろうか?


「本当に気が付かなかったのか? 意図的に無視していたんじゃないだろうな?」

 意図的に無視していたのなら契約の条件をもっと厳しいものにする必要がある。逆に、本当に気が付かなかっただけなら、それはそれで無能に過ぎる。


「ボク、そんなことしないよー。契約でもボスが危険になったら守ることになってるもの」

「じゃあ何だ、さっきは寝こけていて本当に気が付かなかったのか?」

「ううう、ごめんなさい。ボスが本当に危険な状態なら、すぐに気が付いたと思うんだけど……」

「……本当に、危険な状態か……」


 ジュエルの言い分を聞いて、何となくだが原因がわかった気がする。

 

 精霊は言葉を交わさずとも、契約者と意思の疎通ができると聞く。先程の俺は、自分一人でも十分に対処できる事態だと自覚していた。この時点では、本当の危機的状況が訪れているとは言えないのだろう。

 これはジュエルの過失ではない。こいつは気が付いていたのだ。あの程度の状況では俺が危機に陥っていないことに。


「わかった。短気をおこして悪かったな、お前は悪くない」

 煉獄蛍であちこち煤けたジュエルを、マントの端で丁寧に拭いてやる。焦げて見えたのは表面の汚れだけで、ジュエルの翡翠の肌には火傷の一つもありはしなかった。


 ジュエルはくすぐったそうに笑うと、突然、俺の体に飛びついてきた。

「えへへ、ボス~」

「げぇっ! お前、重い……」

 漬物石が腹の上にのしかかってきたような衝撃に一瞬息が詰まる。だが、精霊にこうして好かれるというのも悪くはない。しばらくは自分の一番身近にいることになるのだから、良好な関係が築けるに越したことはない。


「しかしだな、子鬼が俺を縛り上げている段階で危険を察知してはくれなかったのか? まあ、自動発動する防衛術式もあるから、寝首をかかれることはなかったろうが……」

「え? だって、あれボスの趣味でしょ」

「趣味?」


 話が噛みあわない。一体、こいつは何を言っているのか。


「子鬼に縛り上げられて気持ち良さそうだったから、邪魔したら駄目かなーと思って」

「見て見ぬ振りしたと?」

「わ、やだなボス~。ボク、そんな覗き見なんて趣味じゃないし。……縛り遊びも否定はしないよ?」


 照れ隠しをするように両手で顔を覆うジュエル。

 俺は溜め息を一つ吐いて、ジュエルを押しのけながら立ち上がる。


(――縛り上げろ――)

『銀の呪縛!』

「きゃわー!」

 突如として地面から生えた銀の蔓にジュエルは絡め取られ、手近にあった大木に巻きつけられる。


 見た目は少女のジュエルが、羽衣一枚で蔓に絡め取られている姿は背徳的な感じもしたが、そんなことで罪悪感を感じるほど俺の怒りは弱くなかった。


「しばらくそこで反省していろ」

「わーん、ボスなんで~! ボク、否定はしないけど、そんな趣味ないのに~」

「俺も縛られて遊ぶ趣味はない!」


 やはり、精霊を理解するのは一朝一夕では難しいようだった。

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