第3話 意地汚い精霊
術式をうまく使って眠れる精霊を工房まで運び込んだ俺は、早速、書庫から石の精霊に関する文献を探し出してきていた。
(……文献からすると、こいつはおそらく『
貴き石の精霊は非常に珍しい精霊で、世界の果てにあると言われる秘境『
(……思わぬ拾い物だった。うまく情報を引き出せれば、宝石の丘を探し出すことさえできるかもしれない……)
まだ見ぬ秘境に夢を馳せながら、俺は上機嫌で精霊を運び込んだ一室に戻る。
そこには、先程まで寝ていたはずの精霊はいなかった。
「しまった! もう回復したのか? くそ、逃げられないように結界を張っておけば――」
いや、結界は張ってある、工房全体を広く包み込むように。普段は意識していなかったが、入り口の扉以外からは外からの侵入も中からの逃亡も不可能。例え、幻想種であってもだ。
平静を取り戻した俺は、天の慧眼で工房内を探査する。
精霊はすぐに見つかった。妙なことに工房の一番最下層まで入り込んでいた。
どうやって入り込んだのだろうか。
最下層へは二重三重の防壁が張ってある。それをこの短時間で突破してしまうとは、やはりよほど高位の精霊なのか。
俺は急いで精霊がいる最下層へと走った。
俺が最下層に到達して扉をあけた時、精霊の前には大きな鋼鉄製の金庫が引っ張り出されていた。普段は壁の裏に隠してあるはずのものだ。
「何をしているんだ……?」
少女の姿をしたその精霊は口いっぱいに何かを頬張っていた。
それが、目の前にある開いた隠し金庫の中身だと気づいたとき、もう一度同じ問いかけをしていた。
「何をしているんだ!」
精霊は驚いた様子で口の中のものを飲み下し、飲み――下し、た?
その瞬間、俺の脳裏を走馬灯のように、過去の苦しかった努力の日々が流れ去っていった。
――子供時代、欲しい物も我慢して、遊ぶ時間も削って、全て自分を磨く為の投資にあててきた。貯蓄も、より設備の整った工房を造る為に日々の贅沢を我慢して、こつこつと貯めてきたのだ。それを、それを――。
この精霊は一飲みにしてしまった。
「ごめんなさい。ボク、とってもお腹空いていて、我慢できなかったの」
そんなふざけた理由で。
懐から、手の平に包める程度の大きさをした
(――
意識を集中すると、脳髄が搾り取られるかのような感覚と共に神経系を伝わって指先へ、魔力の呼び水たる魔導因子が、緑藍晶石に刻み込まれた回路へと流し込まれる。
俺は震える声で、しかし明確に怨嗟にも似た呪詛を吐く。
『……
呪詛は睨みつけた精霊へと向かい、その小さな身体を足の先から包み込むように、氷のように透き通った結晶が成長して閉じ込めていく。
精霊が悲鳴を上げた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! お腹が空いていて! とても高純度な魔力の香りがしたから! あ、宝石、美味しかったです。ごちそうさま~。……お、怒らないでー!!」
半身を、魔力を遮断する水晶で包まれながら、許しを請う精霊。
「許しを請うなら、腹の物を吐き出せ」
「ごめんなさい。無理」
半身を覆っていた水晶が再び成長を始め、精霊の胸元まで迫る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 本当に無理なの! 食べた宝石はボクの身体と一体化していて、ボクの意思でも同化した宝石は吐き出せないし、ボクが消滅すると宝石も砕け散ってなくなっちゃうの!」
「何だと!?」
俺の口から自分でも聞いたことがない、絶望の入り混じった声が飛び出す。
もう色々と我慢の限界だった。今すぐにでもこの精霊を完全封印するしかない。それから急いで、宝石をそのままに精霊だけを分解する方法を模索しなくてはならない。
「食べた宝石の分はボク働くから! お願い、これ以上いじめないで! 封印はやだよ! 魂の監獄に入れられるのも嫌だよぉ! 契約でも何でもするから、許して!」
「契約だと! 今更、お前が俺と契約して何をもたらすというんだ!? お前が喰らった宝石にどれだけの価値があったと思う! 極上に純度の高い魔導因子を、濃密に含んだ天然の貴石だったんだ! 二度と同じ物は手に入らない、作れない。俺の全財産と言っても過言ではなかったんだ!」
「ボクの故郷、宝石の丘にならあるよ! そこまで案内するから! だから……!」
「宝石の丘に? 本当か、どこにあるのか知っているんだな?」
「うん、場所は知っているから」
「どれくらいかかる?」
「歩いて……三十年くらい?」
「もういい、永久に眠れ」
「わー! 待ってよ、冷静になってよ! 歩くより早い移動手段だってあるでしょ! それに、本来なら何百年かけても普通の人間には決して到達できない秘境だよ! ボクが食べた宝石なんて比較にならない量の金銀宝石がそこにはあるから!」
結果として、俺はこの意地汚い精霊の交渉に応じることになった。応じざるを得なかったのだ、経済的な理由で。
貴き石の精霊は俺に、宝石の丘へ導き莫大な富を与えるという契約を交わした。
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