昭子シンクロニシティ

橙 suzukake

昭子シンクロニシティ

「なんだって、こんな大変な時期に、お前が伊勢参りなんかを」


「だって、貴方、こんな時期だからこそ、貴方に代わってお伊勢様にお参りしたいの。戦後最悪と言われる日本のこの国難に、貴方は政治の世界で尽力しなければならないし、そして、ある程度、自由に動ける私が、この国難を乗り切るために貴方に代わってお伊勢様に玉串を捧げたいのよ。貴方、わかって」


「ん~ わかった、わかったよ。無論、SPを付けるが、お前は誰と伊勢に行くんだ?」


「藤田悠先生主催のバスツアーが、このときにあるんだけど、私は、一人、現地の伊勢神宮で合流するわ」


「藤田って、また、あのスピリチュアルの医者か」


「そうよ。藤田先生の故郷の三重県でのバスツアーなの」


「いいか、昭子。今は、オリンピックの開催を延長するかどうかと、国民に対して自粛要請を出さなくてはならないかもしれない大事な時期なんだ。私に代わってお前が祈祷したい気持ちは大変ありがたいが、くれぐれも、くれぐれも軽率な行動は慎むようにお願いしたい」


「わかっているわ、貴方。今まで通り、気を引き締めて行動するから安心して」


「今まで通り?今までそうじゃなかったから私はそうお願いしているんじゃないか」


「わかった、わかったわ。ちゃんとするから大丈夫。あっ、もう、こんな時間。貴方はもう休んで。明日も予算委員会でしょ」


「ああ、明日は公邸を7時半に出るよ」


「頑張ってね。私は、これから旅の仕度をして、明日は6時に出るわ」



◇◇◇



「昭子?昭子じゃない?」


「あ、もしかして、博美?やっだー!博美じゃないの」


「って、こんなところで会うなんてね。びっくり!もしかして、お忍びでお伊勢参りとか?」


「そう。旦那に代わってね。でも、ほんと久しぶりねえ。結婚退社以来だもの。あ、でもね、でもね、一昨日の夢に、偶然にも博美が出てきたのよ。私が一人でカフェでコーヒーを飲んでいたら、博美がトレイを持って前から歩いてきて、私に気が付いていないあなたが私の座っている席を通り過ぎようとしたときに声を掛けたの。やっだー、夢とは反対にあなたに声を掛けられたわ~」


「ねえ、昭子、もうお参りは終わったの?時間あるようだったらそれこそお茶できるかしら」


「ええ、お参りは終わったし、なんだかお腹も減ってるの。行こ行こ~」




「ねえ、博美、コーヒーのお代わりはいかが?」


「ううん、もう、お腹いっぱいで入らない。昭子はどうぞ召し上がって」


「う~ん、じゃあ、私もいいわ」


「でも、ほんと、大変だね、昭子。週刊誌とかネットとか、あなたの名前を見ない日がないもの」


「まあ、私はあんまり気にしないようにしてるんだけどね」


「そう…あなたは、昔から、そうだわ。天真爛漫なのはいいところだと思うけど、立場が立場なんだから、誰かから見られているって気持ちを忘れないでね。それよりね、昭子。さっきからずっとあなたの顔を見ていると、あなた、近々、大事なことを発見するっていうか、大事なことに気が付くような気がするの」


「でた~!博直ひろちょく!博美の直感!」


「しーっ!声が大きいわよ。そういうところをあなたが気を付けなきゃいけないんでしょ!」


「あ、ごめんなさい。で、どんなことに私が気が付くの?」


「ううん、それは、私にもわからないけど、とっても大事なことだと思うの。もし、万が一、国政なんかに関係することだったら、総理に相談してみて」


「うん。わかった。心得ておくわ。じゃあ、私、アンテナ、ピーンと伸ばしておくわね」



◇◇◇



 ツール・ド・ドイツ2018優勝者のトーマス・ハーン(ドイツ、チームドュッセルドルフ)が先週行ったZwift《ズイフト》(バーチャルサイクリングサービスのアプリ)3日間チャレンジは、ドイツの国民保健サービスの医療関係者を応援する目的で行われた。一日12時間のZwiftライドを3日連続で行って寄付を募るというもので、40万ユーロ(4600万円)以上の募金があった。

 しかし、チャレンジライドの3日後に、不幸にもトーマス・ハーンは心臓まひで倒れて帰らぬ人となった。(3月20日 社時通信)



 トーマス・シュルツ独海軍長官代行が何者かに拳銃で撃たれて死亡した。

 独大型空母「リージッヒ」の艦長を解任されたアルフォンス・ミュラー元艦長の船員向けの演説について「愚か」などと発言した音声が流出していた。アルフォンス・ミュラー氏は空母の艦長を務めていたとき、船内で新型ウイルスの感染拡大について警鐘を鳴らしていた。ミュラー氏は、乗組員の命を救うためには決然たる行動が必要だと海軍上層部に訴える書簡を作成していたが、そのミュラー氏に対してトーマス・シュルツ長官代行は「誠に愚かである」と発言していた(3月21日 ANN)



◇◇◇



「あきこおばちゃーん。みてみて~!トーマスがひっくりかえっっちゃって、うごかなくなったの~」


「ん?どれどれ。ああ、ミニカーにぶつかって脱線しちゃったのね。大丈夫よ。こうやって、スイッチを入れれば… ああ、だめね」


「えええ?あきこおばちゃん、トーマスしんじゃったの?」


「ううん、死んでないけど、電池が切れちゃったのかな。今、取り換えてあげ…」


(トーマス?  トーマス…  脱線…  死んじゃった‥)



◇◇◇



「なんだよ、昭子、こんな時間に。私は、これから経済財政諮問会議に出席しなければならないから後にしてくれないか!」


「だめ!今じゃなきゃだめなの!ね、貴方、ドイツのシュヴァルツ会長に電話して!」


「ん?シュヴァルツ会長なら、さっき、電話会談が終わったところだが」


「ね、もう一度!もう一度電話して!」


「シュヴァルツ会長に何の用なんだ?」


「シュヴァルツ会長が危ないのよ!」


「ええっ?会長が危ない?」


「そうなの!シュヴァルツ会長の命に危険があるの!」


「なんだって?」


「いいから、電話して!ドイツ国内で極力、移動しないでって!アウトバーンや鉄道は特に駄目なの!言い忘れたことがあったとか、なんとか適当なことを言って、その後に、そういえば、スピリチュアルなうちの家内が、アウトバーンや鉄道を使わないで、って言ってたって、そう言ってくれればいいの」


「ああ、わかった、わかった。諮問会議が終ったら電話しておくよ」


「駄目!今じゃなきゃ駄目!間に合わなくなっちゃう!」



◇◇◇



 日本時間3月23日午前4時頃、ドイツの高速道路アウトバーンで自動車260台が絡む衝突事故が発生した。

 この事故で13人が死亡。66人が負傷し、このうち32人が重体となった。ドイツ警察は、ブランシュバイク近くの高速道路で突然の豪雨が襲い事故が発生したと伝えた。ドイツのメディアは「史上最悪の交通事故」として事故現場の様子を伝えている。

 また、同日午前6時30分頃、ミュンヘン発ハンブルク行きの特急列車ICE-SP号が200km/hで走行中にリューネブルク駅の手前550mで脱線し、道路橋の橋脚に激突して101人の死者、105名の負傷者を出した。

 大事故が二つ重なったドイツ国内では大きな悲しみに包まれている。(社時通信)



◇◇◇



「昭子、電話だ」


「誰から?」


「トーマス・シュヴァルツIOC会長からだ」


「え?」


「お前に礼を言いたいそうだ。そして、今度のオリンピックの延期について、お前の意見を聞きたいそうだ」





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