第30話
「痛っ!」
これで何度目か。二人のステップは、なかなか息が合わない。二人、というより、ローズが一方的に足を引っ張っているように思える。
心臓の鼓動は正常に戻り、このグレアとかいうプレイヤーにも慣れてきた頃だが、音楽に乗せて踊ることには一向になれる気配がない。
「おいローズ。もしかしてお前、運動音痴ってやつか?」
そんなことはない。どのスポーツも頭一つ抜けて上手い訳では無いが、基礎的な動きくらいは見ていればできる。ダンスも例外ではなかった。体育では上手く合わせられたのに。
「そんなことないはずなんだけどな。足何回も捻っちゃって、ちょっとキツイ。きゅーけーにしよ、きゅーけー」
ローズもグレアに対し敬語は無くなっていた。グレアは堅苦しいとは正反対の人間で、ガサツではあるが親しみやすい話し方だ。
もう練習を始めて30分ほど経過した。グレアの方はほとんど問題なく踊れているが、ローズの方は……。
グレアの足によく絡まり、転ぶことが多い。この踊りはこんなにも難しいものなのか?
座り込み、そのまま大の字になる。
天井に広がるのは、一組の男女が手を取り合い踊る周りに、炎と水が美しく散りばめられているステンドグラス。深海でありながら、明るく光が差し込むここは、特殊な空間なのだろう。
と、ここでグレアは声を上げた。
「おい!これ、衣装じゃないか?」
棚を開け、手に持つのは西洋の平民が着ていそうな洋服が二着。派手ではないが、しっかりとした布地が使われている。
元々ワルツは農民の数少ない娯楽であった。それ故の衣装なのだろう。
「これ着て気分あげてこうぜ」
時計は、既にイベント開始から2時間が経過した時間を指している。まだ時間はあるが、このままのペースだと間に合うか不安だ。主に自分が、だが。
「着替えるって言ったって、ここ一部屋しかないのに、私はどこで着替えるの?女の子の着替えをこんな見ず知らずの男の前でしろと?」
「え?」
インベントリを操作し、ボタンを押すグレア。体は一瞬光に包まれ、手に持っていたタキシードに身を纏っていた。
「ここでの着替えって、ボタン一つだぞ?何言ってんだ?」
頬が熱くなるのがわかった。完全に現実とごっちゃになっていた。
「うるさいっ!知ってたし!」
「ほらほら、お嬢さん。お着替えお手伝い致しましょうか?」
「バカにしないで!」
グレアは手に持っていたドレスを大の字に寝転ぶローズへと投げた。
パパッと着替えを済ませ、心機一転。それっぽい格好になった二人は、再び練習を始めた。
だが、ローズが上手くなる気配はない。ここまで上手くいかないのは、人生でもそうそうない経験だった。
「なーんで上手くいかないのかなぁ」
「もう俺は完璧。あとはお前だけだぞ。運動音痴もここまで来るとなかなかだな」
「この……なんだっけ?『炎は水とワルツを踊る』だっけ?このイベント無理そう」
「諦めんなよ!まだ時間はある!気合いだ!炎と水になれ!」
「炎と水になれって、どーやって……」
ふと、炎と水に引っかかった。少し前のことを思い出す。このステージに来る前のこと。確か、自分は昼食を済ませて、直ぐにログインして、それから……。
「あっ!」
「どうした」
占いだ。占い屋で見てもらった。あの水晶の結果だ。たしかあのNPCはこう言っていた。
火と水の仲が悪いように見える、と。
明らかに本来の自分の運動能力より劣っていた。だがその原因は掴めていなかった。ようやくわかった。
この占いのせいだ、と。
何でも2番目の少女がゲームで1番を目指します!! 氷室 @himuro-Y
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