犬の置物

紫 李鳥

犬の置物

 


 散歩コースは大体決まっていた。玄関先や小さな庭に季節の草花がある、近所の路地裏が好きだった。


 プランターや鉢には、色とりどりの季節の草花が植えてある。


 それらを愛でながら、人気ひとけのない路地裏を歩くのが好きだ。



 ただ一つだけ、いつもハッとすることがある。


 それは、奥まった場所にある玄関前の柴犬の置物だ。置物だと分かっていても、目にした瞬間はやはりハッとする。まるで番犬の役目を果たすかのように、凛々りりしいその目は私を見ていた。


 それでも、犬好きな私は毎日のように、目が合った柴犬に微笑みかける。




 そんなある日、首から血を流して男が死んでいたという、主婦たちの立ち話をいつもの散歩コースで耳にした。発見されたのは昨日の夜遅く。男は空き巣の常習犯だったらしい。


 

 帰り際、いつものように、柴犬の置物と目が合った。


「あっ……」






 私はハンカチを出すと、トマトケチャップのようなものをつけた柴犬の口元を、そっと拭いてあげた。――

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犬の置物 紫 李鳥 @shiritori

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