君とキスがしたいです

河野章

君とキスがしたいです

 付き合い始めたのは二ヶ月前。

 高校二年の夏休み前だった。

 お互いに気になり始めたのはもっと何ヶ月も前だったが、木崎が一大決心をして昼食に誘ったのが馴れ初めだ。

 華奢で小動物のような柴田もその見かけに添ったシャイな性格で、屋上で二人並んでただ黙々と昼食を食べる日が数ヶ月続いた。

「……柴田の弁当、美味しそうだな」

「木崎君はいつも購買のパンだよね。弁当、食べる?」

「ん、その卵焼き貰っていいか」

「うちの母親の卵焼き美味しいよ」

 弁当箱と箸を差し出して笑む柴田が可愛い。

 黒目がちな丸い瞳と、小さな顔。少し尖った鼻先に小さな赤みの強い唇。微笑むとその大きな瞳がくしゃりと崩れる姿が好きだった。

 抱きしめると壊れそうな細い身体。自分と身長は二十センチはちがうだろうか。

「……ありがとうな」

 木崎は思った言葉を口にするのがやや苦手なタイプだ。

 なぜ柴田に付き合ってくれなどと言えたのかも自分でも不思議だった。

 可愛い。抱きしめたい。側にいたい。誰にも渡したくない。触れてみたい。

 ──キス、したい。

 今の木崎にはとても口には出来ない願望だった。

 まだ手を繋いだことさえない。

 一緒に昼食を食べ、時折休みの日に遊びに出かける。お互いの部屋に入っても、健全にゲームをしたりおしゃべりをしたり、端から見たら普通の友人と変わらない付き合いを続けている。

 けれど、心にはいつも柴田を求める気持ちがあった。

(どう……伝えたら良いだろう)

 ただ口にすれば良いのは分かっている。

 けれど雰囲気とか、シチュエーションとか。考え出すと手も口も動かない。

「木崎くん、どうかしたの?」

 パンを頬張る手が止まっているのを、柴田が心配げに見上げてくる。

 いつもなら木崎のほうが先に食べ終わるというのに、今日は柴田のほうが先に食べ終わり弁当箱を包み直していた。そのちまちまとした動きがまた可愛い。

 などと考えて、ゆるく木崎は頭を振った。

「いや、何でも……」

 付き合いだして二ヶ月だ。ほんの少しで良いから触れてみたい。

 気持ちが勝った。

「あのな、柴田」

「なに、木崎くん」

「あの……」

 木崎は食べかけていたパンを置いて、そっと隣の柴田へと手を伸ばした。

 手の甲へ指で僅かに触れて、それから細い指へ自信の指を絡めてみる。

 恥ずかしくて、顔は見れなかった。

「……あ」

 繋がれた手に柴田が小さく声を洩らして、頬を真っ赤に染めながら顔を俯かせる。

 さらさらと柔らかそうな茶色い髪が昼間の太陽に照らされて揺れる。その横顔が見たいのに少し長めの前髪のせいで、半分隠れてしまっていた。

「嫌なら……手を離していい……」

「全然嫌じゃない」

「……ありがとう」

 囁くような会話には長い沈黙が挟まれていた。

 絡み合わされた指先がジンジンと熱く火照る。

 ずっと剣道を続けている木崎に対して、柴田の手は驚くほどに小さくて柔らかかった。本を読むのが好きで、木崎の部活が終わるのを図書室でずっと待っている。

 剣道場から急いで図書室に向かうと、柴田は本からスッと顔を上げて小さく手を振る。

「いつも、俺の部活まで待たせてすまない」

「……ん。大丈夫。図書室好きだから」

 二人の会話はいつもどこかぎこちなかった。

 お互いの好きだという気持ちが強いのと、初めての恋がそうさせるのだろう。

 絡ませた指先が僅かに震えて熱をこもらせる。木崎は少しだけキュッと強く指先を握ってみる。恥ずかしさに唇を噛み締めながら。

「……木崎くん……」

 囁く声で名前を呼ばれると、より熱が上がり、胸の鼓動が激しくなる。

 そして、柴田もまた木崎の指先を強く握り返した。

 夏休み前の屋上は、建物の影と言えど風が吹かなければそれなりに暑い。

 今はその暑さも気にならなかった。

 自身の胸のドキドキが相手に、柴田に聞こえやしないかと木崎は心配になる。

「柴田、あのな……」

 繋いだ手をそのままに、木崎は身体を少し柴田へと傾けた。指先だけでなく、手繰り寄せて手のひらまでもしっかりと合わせて握り込む。

「……うん……」

 ビクッと震えた柴田が僅かに顔を上げた。真っ赤になった頬と、小さな唇が見える。

 それだけでもう木崎の心臓は破裂してしまいそうだ。

 今は、大きなその目は伏せられていて、震えるまつげだけが見えた。

「な……に……?」

 小さな手のひらは握り合わせても逃げなかった。ただ、呆然としているのか、握り返しては来ない。

「あのな……」

 木崎はもう一度繰り返した。それ以上言葉が出なかった。

(キスして良いか……?)

 たったその一言が出てこない。

 言えば嫌がられるだろうか。恥ずかしがって逃げられるだろうか。それとも……。

 嫌な予感と期待が入り交じる。

 ぐっと身体を傾けて、木崎はゆっくりと顔を柴田に近づけた。

「柴田、くん……」

 名前を呼ばれるのに目を伏せる。身を小さくして逃げない柴田に、そのまま唇を重ねようとして──。

「きーざき!」

 不意に、大声で前を呼ばれた。

 バッと目を開けて振り返ると、開け放していたままだった屋上の扉から部活の同級生が顔を出したところだった。  

「放課後、部活ミーティングあるから早めに……って、どうした、お前ら。暑いのか?」

 同級生は真っ赤になって固まっている二人に首を傾げる。

 二人は慌てて繋いでいた手を離し、愛想笑いを浮かべた。もちろん男同士の同級生が付き合っていることなど誰も知らない。

「了解。いつもより十五分程早めに行けばいいか?」

「それぐらいでいいんじゃね。つか、お前ら最近めっちゃ仲良いよな。前からそうだっけ」

 ストレートな質問に木崎は思わず言葉を失ってしまった。

 人にバレるのは怖くない。むしろ柴田を自分だけのものだと大声で叫んでしまいたいぐらいだ。だが、柴田がそれを望むとは思えない。

「家がわりと近くて放課後に一緒に帰ることが増えて」

 まるで木崎をフォローするように柴田が笑みながら言葉を繋ぐ。

「そういや隣の駅だっけ。ま、そういうことで部室に早めの集合よろしくー」

 何も気にしないかのように同級生が屋上から去り、その背中を見送った後、どちらともなく安堵の吐息をお互いに洩らした。そのタイミングがほぼ同時でそして顔を見合わせながら少し笑う。

「さっき、何を言いかけたの」

「……あ、うん……」

 改めて問われるともう言葉の続きが出てこなかった。浅ましい自分の欲望を柴田に気付かれるのが怖い。

「そろそろお昼が終わるね」

「……だな」

「少し、寂しいな」

 空になった弁当箱を膝の上に置いたまま、グッと背伸びをするように腕を高く上げて柴田が残念そうな声を洩らす。

「俺も、寂しい」

 言うつもりでなかった声が自然と木崎の唇からこぼれ落ちた。

 それはもちろん本音だ。だが、柴田の前では強い男でいたかった。女々しいと思われたくない。

「──あと、五分だけここに一緒にいたい」

 木崎はそう呟くと、再び柴田の手を握りしめた。

 柴田は零れ落ちそうなほどに目を大きく見開いた。漸く落ち着いた頬にカカッと朱が上る。

「木崎くんが……そういうこと言ってくれるの……珍しいよね」

 嬉しい、と下を向きつつも柴田は手を握り返してくれる。ハプニングのおかげか、先程より柔らかい雰囲気が二人の間にあった。

 ふふっと柴田が不意に笑った。

 隣から見上げてくる。

「こうやって……手を繋いでみたかったんだ」

 木崎ははっと胸をつかれた思いだった。自分だけじゃない、柴田も自分にそういった思いを持ってくれているなんて考えもしなかった。

 可愛いだけじゃない。きちんと自我を持った、一人の男だ。

「さっき……言いたかったこと」

 木崎は柴田を見下ろした。ん? と柴田は恥ずかしそうにしながらも目を合わせてくれる。

「さっきの……キス、して良いかって聞きたかったんだ」

 目をしっかりと見て、木崎は言い切った。

「え……」

 思いもよらなかったのか、柴田は一瞬固まった。そして、その一瞬後には見たこともないほどに、首筋まで真っ赤になった。

「……本、当に……?」

 唇は震えている。それを可愛いと思う。けれど目線を外さないのが、実は芯の強い柴田らしくて、可愛く頼もしいなと思った。

「本当だ。──キスして良いか?」

 こくんと、柴田が頷く。

「良……いよ」

 柴田は必死に木崎を見上げて来る。

 そして軽く首を振ると、目をぎゅっと閉じ下を向いてから再度木崎を見上げた。

「ううん……良いよっていうんじゃなくて……僕も、木崎くんとキスしたい」

「柴田……」

 繋いだ手が汗ばんでいた。それを握り直すことも出来ずに、木崎は空いた方の手で、そっと柴田の頬に手を添えた。

 柴田は木崎の手に合わせて顔を上向かせて、目を閉じた。

 首を傾げて、木崎は自身の唇と柴田の唇を重ね合わせる。

「……ん」

 加減が分からなかったので、ほんのちょっと触れてから押し付ける。

 心臓はドキドキと高鳴り、ほんのりと甘くも感じられる柴田の唇に木崎は夢中になった。

 柔らかく甘い唇。掌で包んだ小さな顔。風で揺れる前髪が木崎の肌を擽った。

「……っあ」

 むしゃぶるような口づけが止められなかった。手を柴田の腰に廻してその細い身体を抱きしめる。優しい香りに胸がときめき、欲情をより煽る。

「……五分じゃ……足りない」

 木崎は唇を離さないままに絞り出すように告げる。

「僕も……かも」

「昼休みが終わらなければいいのに」

「……終わらせたくない……」

 ──もうお互いに止められなかった。

 柴田もまた木崎の首に腕を廻して唇を貪る。ためらいがちながらもそっと舌を差し出し、お互いのそれを絡み合わせる。

 暑い日差しの中でお互いの汗が肌に浮かぶのが分かった。その体温や香りが混じり合う。

「ん……柴田……可愛い……」

「……可愛くないんて、ない……」

「そんな顔の柴田を見るの、初めてだから」

 濃い睫毛で伏せられた柴田の頬がより一層赤らみ、木崎の言葉に反抗するように首筋に軽く爪を立てる。痛くもないそんな行為さえ愛おしい。

「……なあ、午後の授業、サボろうか」

 キスの仕方も本能に任せる稚拙なものだったが、思わずそんな言葉が洩れてしまう。五分どころじゃない、もうこのまま離れたくない。

「……部活は……?」

「……今日はいい……」

 唇をやっと離して木崎が呟く。

 胸元に柴田を抱き、その柔らかな髪に鼻先を埋めてその香りに瞼を伏せる。心地よく、幸せでたまらなくなる。

 ──もっと、もっと、柴田のことが欲しくなる。

「……うちの親、共働きで今日は夜遅くまで帰ってこねぇ……」

 そこまで告げるだけでやっとだった。


 二人は荷物をまとめて、木崎の家へと急いだ。

 だが、家への帰り道も手を繋ぐどころではない。目も合わせられなかった。

 先程までのキスの余韻で、自分たちがとてもいけないことをしている気分だった。他人の目線が気になる。バレるはずはないのに。

「俺の家、ここの五階」

 五階建てのマンションの前で、木崎は立ち止まった。

 後ろで柴田がうん、と頷くのが分かる。

 お互いの気配や動きに酷く敏感になっていた。産毛に触れる空気の感じが先程までとは全然違う。 

「こっち」

 木崎は軽く手招いて、柴田をエレベーターホールへと導いた。五階のボタンを押して待つ間にも、黙っていてもお互いが考えていることが手に取るように分かる。

 ──早く二人きりになりたい。

 隣の下を向いている柴田の首筋がやや上気している。それが色っぽくて、木崎は見ているだけでクラクラする。気づけば身体を傾けて、そこへ唇をつけていた。

「ひゃっ……!」

 柴田が小さく悲鳴ともつかぬ声を上げた。すぐに顔を赤らめて、木崎を睨み返してくる。珍しく強気だった。

「ごめん」

 その表情が可愛くて、木崎は小さく笑って謝ってしまう。

 エレベーターが到着した。木崎は柴田の腕を引いて、エレベーターの中へと引き込んだ。

 ゆっくりと扉が閉まるのを待てずに、木崎は柴田の腰を抱き寄せた。

「木崎くん!」

 柴田が抗議の声を上げるのを耳に、片手を封じてそっと閉じられた瞼の上にキスをする。柴田が嫌がることはしたくない。けれどもっと触れていたい。

 もどかしい気持ちがどこにキスをすれば良いのか分からなくさせる。

「柴田……良い?」

 密室の中に自分の荒い呼吸が響いて恥ずかしかった。もっと格好良くしたいのに、出来ない。

「良い……よ?」

 柴田が俯いて目線を逸らしていたのを、ちらりと上げてくる。ゆっくりと背伸びをすると、唇を薄く開いて木崎の下唇へちゅっと音を立てて吸い付いてきた。

 まさか柴田からキスをされるとは思わず、エレベーターの中で木崎が身を硬直させた。しかしその腕が自然にその背へと廻された。

 ──五階までたったの数分。それなのにお互いに待てない。

「柴田……エロい……」

「木崎が僕をこうしたんだろ……」

 唇を重ねながら、チンという音と共にエレベーターが五階に届く響きがすると、木崎は柴田の手首を取って自宅へと早足で駆け出す。もう一瞬も離れたくなかった。

 焦る手でドアを開き、男子高校生らしいざっくばらんな自室へと柴田を招き入れた。

 こんなことならもっと整頓をしておくべきだった、洒落た内装にしておくべきだったと思っても感情のほうが先立った。

「……な、なんもないけど……」

 高い身長に合わせた広いベッドの他にはテーブルとクローゼットしか無いシンプルな部屋。人を招くこともないせいかクッションもなかった。

「ベッドに座ったらいいかな」

「……ん」

 自分の部屋に、自分の恋人が居ることがなぜか不思議だった。

 ほんの数分前まで唇を重ねていたというのに、恥ずかしさが込み上げる。

「何か飲むか……?」

「木崎がいればそれでいい」

「……今日は強引に誘ってごめん」

 木崎の言葉に柴田がふわりと微笑んだ。

「嫌なら来ない」

 それにつられるように木崎も笑みを口元に浮かべる。見た目は自分よりも弱々しく小さいけれど、内面の男気は自分よりも勝っているのだと。

「でも……頼みがあるんだけど」

 ベッドに浅く腰掛けた柴田が小さく呟く。

「なに?」

「名前」

「名前?」

「柴田じゃなく、圭人って呼んで欲しい。それで僕も木崎のことを誠って呼びたい」

 浅ましい考えしかなかったことを木崎は後悔した。自分よりももっと柴田は誠実にお互いのことを考えてくれていた。

「ああ」

 木崎は頷いた。

 名前で呼ぶなんて自分は考えもしなかった。

「勿論だ……圭人」

 名で呼ぶと、胸の内から何とも言えない気恥ずかしさと、柴田に対する誇らしさとが湧いて出てきた。

「うん──……ねえ、誠」

 自分で言い出したのにやはり照れたのか、頬を少し赤くして柴田が自分の横のベッドの上をポンポンと叩く。

「一緒に座って話さない……?」

 小首を傾げて誘われては否応もない。少し迷った末に、木崎はほんの少しの幅を空けて柴田の横に座る。今距離を詰めてしまえば話どころではなくなってしまうと思ったからだ。

「それにしても……今日のしば……圭人は、格好良いな」

 首を僅かに柴田の方へと向けると、きょとんとした顔で柴田が木崎を見返してくる。

 その表情に思わず木崎が少し笑うと、『そうかな』と柴田は考え込む。

 いつもの柴田のようで少し違う。

 可愛いだけじゃなく、しっかりとした彼らしさが出ているような気がした。

 木崎は少し下を向いた。

「俺は駄目だ。──圭人の前だと、緊張して上手く話せない」

「僕だって……そうだよ……?」

 ちらりと柴田がこちらを見てくる気配がした。木崎はそんな柴田が可愛くて仕方がない。

 可愛い可愛いとずっと思っていた。けれど、可愛いだけならこんなに好きにはなっていないかもしれなかった。

「今日の僕が……もし格好良いなら……」

 柴田が動く気配がした。

 拳一つ分の空き幅。それを詰めて、柴田が座り直した。腕と腕をピッタリとくっつけるような座り方で、柴田は目線だけをっそっぽを向かせる。

 衣服越しにお互いの体温がじわりと伝わってきて、木崎の体温も上がっていく。

「……誠が、キス……してくれたからだよ」

「え……?」

 思いがけない言葉に木崎は柴田を見下ろす。

 俯く柴田の目の縁は恥ずかしさからか、少し赤く染まっていた。

 それが妙に色っぽく見えて、木崎は息を呑んだ。

「僕だって……ずっと……キス、したかったんだ」

「俺のほうが圭人と……それ以上のことも……」

「僕のほうがエッチかもしれないって言ったら?」

 触れ合う肩が布越しにでも熱くなる。盗み見た柴田の横顔が色気を帯びていた。

「……僕も普通の男だし……エッチなこと考えてるって言ったらおかしい?」

 当たり前の言葉だったが、その華奢な容姿から、どこか幼さを感じていたのは事実だった。それでも言動や考え方、潔さはむしろ木崎を上回るかもしれない。

 そっと掌を伸ばして柴田の手を握る。昼間の屋上よりも熱い。

 指を絡めて繋ぎ合わせる。指先を撫でてその細い爪を弄る。

「……そんなことされたら、感じる。誠、無理……」

 少し高めの甘い口調で小さく囁かれる言葉に、木崎の目元も赤らむ。でも、握った手が離せない。離したくない。

「感じていいから……」

「……帰れなくなる……」

「泊まっていけばいいじゃん……」

 思わず口にした言葉だったが、そうなればいいと感じたのも事実だった。二人でベッドで眠り、朝を迎えられたらどれだけ幸せだろうと。

「……もう一度、キスして、いいか?」

「断る理由なんてない……」

 その言葉が終わる前に、木崎は柴田の身体を抱きしめて再び唇を重ね合わせた。

 遠慮も羞恥もなくお互いの身体を抱き、深く唇を重ねる。薄い柴田の唇は熱をこもらせ、木崎の舌を受け入れるように開かれていた。

 唾液が絡み合い、静かな部屋にその濡れた音が響く。

「……ま、誠……」

 泣き出しそうな声。ベッドが軋む音すら欲望を煽る。

 それでも止められない。止めることが出来ない。

 このまま柔らかなベッドに押し倒して、想像してきたいままでのことを柴田にしてしまいと思う。初めて今日キスをしたばかりなのに。

 貪るように、お互いを求めるように口づけを何度も繰り返す。

「……圭人……本当に、好きなんだけど、どうしたらいいか分からない」

 間近な距離で唇を僅かに離してそう囁くと、柴田が瞳を瞬かせてゆっくりと微笑んだ。

「──誠の好きにしていいから」

 長い睫毛が伏せられてそっと囁く声が、いままでに見たこともないほどに艶を増した色気を見せていた。

 背中に回されている柴田の手がそろりと木崎の肩や背中を撫でる。

 それだけでぞくぞくとした心地よさが木崎の背中を駆け上がってきた。

「……圭人……」

 至近距離で頬を撫でて首筋を手のひらで擦る。腰をぐっと押し付けても柴田は逃げなかった。後頭部に手を当てて、深く唇を合わせた。

「ん……」

 可愛い声が脳にまで届くような気がする。

 舌でお互いの口内をかき混ぜて、息が上手く継げなくてふっと離す。それを繰り返して熱はどんどん上がっていく。

「キス、したいって……本当に思ってた?」

 木崎が舌先で柴田の唇を舐める。

「……ん……ここまでって……思ってなかった」

 小さく柴田が笑いながら、木崎の唇の合わせを舐め返してくる。

 ぎゅっと柴田がしがみついてくるのを、木崎は受け止めた。

「けど……想像の何倍も──気持ち良いよ」

 耳元で囁かれて、木崎まで首筋が赤くなる。やはり柴田のほうが男前じゃないかとそう思う。

 華奢な背中を抱き返して、腕の中の小さな身体が壊れてしまわないかを確かめる。柴田の身体は想像とは違って壊れたりなどせずに、現実に腕の中にあった。

「もっと……想像以上のことも、して良いか……?」

 小さな耳朶に噛み付くように囁く。

 びくんと震えた身体が腕の中で体温を上げていく。

「良い……よ」

 答えははっきりと耳に届いた。木崎は一度腕を解き、柴田を前に目を見つめた。

 勢いじゃない。二人ともずっと願ってたことだと確認したかった。

「僕も……誠がしたがってること、したい」

「うん」

 ぐっと肩を押して、ベッドへと柴田を押し倒した。

 柴田は木崎の首筋へと腕を回してくる。

「大好きだ、圭人」

「僕も」

 二人はベッドの上でキスを交わした。

 ──衣擦れの音がする。お互いのもっと熱い体温が重なるまで、あと数秒。



【end】  

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君とキスがしたいです 河野章 @konoakira

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