不時着

七夕ねむり

第1話

「さあ」


差しのべられた手を振り払うのは容易いことだった。


何を根拠にそう言っているのとか、あなたは見た目よりも子供じみてるとか言いたいことは山程あった。実際言ってしまおうと思った。しかしそれは手のひらに乗っかったあたたかさや寂しさに気付かなければの話だ。彼は私の答えがわかっているかのように背を向けた。とても無防備な背中だった。


「馬っ鹿じゃないの」


目一杯そっけなく付け加えた言葉と共に重ねた指先に微かな鼓動が流れてゆく。その瞬間に自ら傷付いてしまったことに気付いた。

一番の大馬鹿はこの私だ。

「馬鹿じゃない」

「何を、」

「馬鹿じゃないさ。君も、勿論この僕も」

振り返った彼はゆるりと笑みを乗せた唇で紡いだ。戸惑ってしまうような柔らかな笑みだった。悪意も狡さも全部削ぎ落としてしまうような、そんな。


「僕はね、ただ正直なだけなんだ」


嘘つき。自分にだけ聞こえる声で呟いた。嘘つきで子供っぽくてとんでもなく狡い。正直なだけならば、この乾いた手のひらに乗っているものは何なの。そんなもの捨ててしまえばいいとただの正直者なら思うでしょうに。

この人はただ、ただ。

「そうね。わかった」

「何が?」

見下ろす瞳は私の言葉を待っていた。私はさっきのお返しのつもりで余裕たっぷりに笑みを浮かべて言いきった。

「つまるところ、大馬鹿なんだわ。私も、あなたも」

私は重ねた手をこれ以上力の入れようがないほどにぎゅうぎゅうと握りしめた。異論は、なかった。


「そいつはいいね」


愉快そうな声が耳にさらさらと着地する。

ぴたりと合わさった手のひらは少しだけ心強く思えた。

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不時着 七夕ねむり @yuki_kotatu1

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