最終章 半年前のこれから

第54話 不快な怒号

 多田野清武による誘拐から、二日が経っていた。現在、あおいは入院している。軽い脱水症状と栄養失調で、大事を取っていた。

 今日は昼からの勤務をなしにしてもらい、あおいの見舞いに行くことになっていた。内海は、どうしても暗い気持ちになってしまっていた。あおいに“言うか言うまいか”、一晩中悩んでいたのに、まだ決心をつくことができなかった。だがこれは、あおいの重荷を減らすためでもあった。


 受付の前で、多田野清武の両親がいた。母親は泣いており、父親は黙ったままで悔しそうにしている。内海は内心、舌を打った。母親がこちらに気がつくと、よろよろと足早にやってきた。上衣にすがりつき、大粒の涙を落とした。


「け、刑事さん……被害に合った娘さんに合わせてください……」

「どうしてです」

「一言だけでも、謝りたいんですぅ。それに息子の最後がどんなだったか、教えてほじいんです……」

 おそらく後者が目的であろう。ただ今のあおいに会わせるわけにはいかない。いや、どれだけ月日が経とうと会わせることはない。そこまでの義理もなく、あおいが負担をおう必要はないからだ。

 内海は勝手な要望に、むかっ腹が立っていた。


「息子さんを亡くして辛いのはわかりますがね、それはできません」

「ですが……」

「事件が終わり、今は精一杯トラウマを治そうとしているところです。なのに会ってしまえば、辛い記憶が甦ってしまいます。それに会ってどうなさるおつもりですか? どんな顔をして、会うというのです?」

 母親は顔をくしゃくしゃにすると、声を上げ泣き出した。あまりの視線が集まっている。内海はどうしたものかとため息をついた。


「てめえ!」すると、突然父親が怒鳴り出した。つかつかとこちらにやってくると、人差し指を向けた。「ふざけたこと言いやがっててめえ! 会わせろよ!」

「あなたやめて!」と母親は叫んだ。

「いいや、会って一言言ってやなくちゃ気がすまねえ! 息子を自殺させやがってコノヤロー! 許さねえ!」


 その言葉に内海は怒りに震えた。拳を握ったところで、数人の制服警官が現れ、父親を押さえつけた。父親は叫びながら振りほどこうと暴れ、それを見た母親はますます涙を落とし声を上げた。見るに耐えない場面だった。息子が卑劣な行為をしていた少女に会わせろと言い、あまつさえ暴言を吐き暴れ回る。醜悪とさえも思った。

 内海はため息をつき、その場から離れた。父親の怒鳴り声が聞こえていたが、取り押さえられどこかへ連れられていった。


 そのとき、内海の頭に両親の顔が過ぎった。まぶたを閉じた一瞬だった。優しく微笑んでいる。娘が下した決断に、いいよと言ってくれている気がした。

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