第55話 刑事の推理

 受付であおいの病室を訊ね、向かっていった。病室の前に立つと、深呼吸した。悩んでいなと言えば嘘になるが、ここまできたのだ。逃げ出すことはできない。

 二度ノックし、扉を開け病室へ入っていった。病室は個室で、香織と直哉の姿は見えなかった。窓を開けており、カーテンが風で揺れながら、陽の光をこぼしていた。あおいはベッドの上で座っている。ベッドの上半分を起こし、背もたれを作っていた。白い顔をし、内海に気がつくと薄く笑った。病室にいるからか、大病を患っているように見える。


「凛姉ちゃん、やっと来てくれたんだ」

 内海は椅子に座った。「すまない、少し忙しくてな」

「そうなんだ。」

「香織さんと直哉さんは」

「さっきまでいたんだけど、帰っちゃった」

「そうか」

 むしろ、そちらの方がありがたかった。

「あおい、体調はどう」

「まあまあかな。明日退院できるって」

「そうか……」

 白い顔を浮かべ笑うあおいを見ていると、胸が締め付けられた。内海は思わずうつむいた。うつむけば少しは胸が楽になるかと思ったが、そう都合良くはいかなかった。


「どうしたの、浮かない顔をして……」とあおいは心配した様子で言った。

 内海の中で、色んな感情や考えが渦巻いていた。それは本当に聞かなければならないことなのか? 痛みを増やすだけなんじゃ? だが、あおいを思えばこそ言わなければならないのだ。そう、あおいを想えば──。


 そして、内海は決断した。


「あおい」

「なに」

 内海は吐息をつき、ゆっくりと顔を上げた。「“多田野清武を……、自殺に見せかけ殺しただろ”」

 あおいはなにも言うことなく、表情も崩すことなく内海を見ていた。とても、穏やかな表情だった。

「“本当は、誘拐もなかったはずだ”」


「どういうこと?」

「あおいが脅し、あおいが多田野清武を誘拐したんだ……」と内海は言った。「ミスディレクションというやつだ。教師と、その教師から日常的に性被害を受けていた女子高生が、同時にいなくなった。目撃証言では、教師の車に被害に合っていた女子高生が乗っていたとあった。誰もが、“その教師に連れ去られたと考えるだろう”。誰も疑問になど思わない。例えば、なにかの偶然だとか、心中だとか、駆け落ちだとか、そんなことを考えるやつはいないだろう。事実、女子高生は被害を受けていて、少女を拐うといった事件など山のようにある。教師による性被害もニュースではよく聞く。しかもその教師は、幼い少女のポルノ写真も招集していた。すでに加害者と被害者という図式がある。疑いの余地なんてない。そこを、あおいは突いた。多田野を殺すための、舞台装置にした。

 自殺に見せかけて殺し不審な点があっても、“加害者と被疑者という立場はそう簡単に覆せない”。固定された考えは、崩せない。あおいを疑いはしない。別荘を選んだのは、人もおらず、勝手も知っているからだ。自由に使える。誘拐に見せかけるという手口を使う上でも、最適だ」


 あおいはなにも言うことなく、黙って聞いていた。口を挟むことなく、話を聞いている。内海の胸は、今も痛み続けている。


「あおいのパソコンには、パスワードが書かれた真新しい付箋がついていた。あれはあおいが用意したものだろう。あおいの計画としては、多田野とあおいがいなくなったことが発覚し、騒ぎになり、手がかりを探すためパソコンを見てみると、教師から被害を受けていたことを告白するような文章を発見する。それで、被害に合っていたとみなに示すつもりだった。多田野に拐われたと、思わせるために。だからパスワードを書いた付箋を用意していた。あの文章も、そのために書いた。苦しみや辛さは、本物だったが……。

 香織さんは、最近あおいがよく通販で買い物をしていると言っていた。それは、計画のための道具を揃えていたんだ。包丁や手錠だ。

 あおいは香織さんに委員の仕事があると言い、朝はやく家を出た。多田野のアパートに向かい、包丁で脅す。行先は親が持っている別荘だ。多田野もここで抵抗し騒いでしまえば、あおいにしていることが明るみに出るかも知れないと考えた。あおいも、ただひとけのないところで話をしたいだけだと、安心させたのかも知れない。これを乗り越えれば危険はなくなる、そう多田野は考え応じたのだろう。アパートの鍵かかっておらず同僚の教員が入れたのも、“脅されていたから鍵を閉める余裕がなかったんだ“。

 近所のおばあさんが、歩いている二人を見たと証言していた。あおいが後ろで、多田野は前だったと。だが、これはおかしい。多田野があおいを脅し連れ去らおうとしていたなら、“後ろではなく前を歩かせるはずだ”。逃げ出させないためにも。

 今上げた幾つかの推理で、私はあおいが逆誘拐を仕向けたんじゃないかと思った」

 内海はごくりと唾を飲み、間を開けた。あおいはまだ口を開かなかった。


「別荘に向かうと、多田野にコーラを渡した。疲れたでしょ、なんて気にかけたようなことを言ったのかも知れない。緊張でのども乾いていただろうし、多田野はコーラを疑わず飲んだ。まさか青酸カリが仕込まれているなんて思わない。そして多田野は苦しみ、死んだ。コーラを選んだのは、完璧ではないが青酸カリの味を紛らわせるためだろう。

 毒を手に入れたのは、直哉さんの会社のメッキ工場からだ。メッキ工場に、青酸カリは置かれてある。あおいはたまに、工場で手伝いをしているな。毒といえど、仕事で使うもの。管理も不十分だったかも知れない。それに社長の娘だ、隙を見て盗むことも可能だ。

 多田野を殺したあと、あおいは部屋に向かい、閉じ込められたと装うため、手錠をかける。手錠の鍵は、懐に入っていたかも知れない。危なくなれば取り出さるように。救出されても、あおいが被害者という立場のため身体検査もされない。脱水症状を起こしていたのは疑われないためか、それとも助けが来なくとも、このまま死んでもいいやと思っていたのかも知れない……。自暴自棄。殺人を犯したんだ、罪の意識がないわけではないはずだから……。

 だが、その前に警察が踏み込み、あおいは救い出された」

 内海は目を瞑ると息を吸い込み、吐き出した。目を開けあおいの顔を見るのが、辛かった。

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