第50話 不在

 古手川と武藤は、多田野雅彦が経営しているタクシー会社の前に来ていた。白い四角の建物で、年季が入り薄汚れていた。駐車場には一台だけタクシーが停り、他の数台は街に繰り出しているのだろう。

 チャイムを押すと、すぐに事務員らしき五十代の女性が出てきた。


「いかがなさいました?」と事務員は営業スマイルで言った。

「警察の者ですが、社長の多田野雅彦さんはいらっしゃいますか?」と武藤は言った。

 事務員の営業スマイルはなくなり、不安そうな顔を見せた。「警察の方ですか? 実は社長、ここ数日休んでらっしゃるんです」

「休んでる?」

「ええ、そうなんです。理由も告げず電話がかかってきて、しばらく休むと元気のない声で。私たちも心配していたんです……」

「いつ連絡がありました?」

「ええっと確か、二日前でしたでしょうか。社長はその日休みでして、夕方くらいに電話がありました」

 二日前の夕方。ちょうど双葉梢のニュースが流れた頃だ。危険を察知し、多田野雅彦は逃げたのだろうか。


「それ以降、連絡はありませんでした?」

「ありませんでした。あの、社長になにかあったんでしょうか? まさか事件に巻き込まれたとか……」

 武藤は首を振り、笑顔を作って誤魔化しの言葉を並べた。


 巻き込まれわけではなく、巻き起こしかも知れないがと古手川は思った。

 タクシー会社をあとにし、多田野雅彦の自宅に向かってみたが、人の気配はなかった。ポストには新聞が詰まり、植木鉢に植えられている花はぐったりとしている。隣の家の者が通りかかり訊ねてみると、最近は帰ってきていないみたいだと言った。

 やはり危機を察して逃げ出したのだろうか? ということはつまり、内海の推理は当たっており、多田野雅彦が犯人だということだ。


 内海のおかげで犯人は特定することができたが、本人は行方をくらましている。

 なぜか両腕が粟立ち、ぞくりと悪寒がした。嫌な心地がする。どうしてかはわからないが、胸がざわついていた。

 多田野雅彦は今どこへ──?

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