第47話 真実の発覚

 それから職員室に戻ったあとも、授業で歴史のことを話しているときも、内海は事件のことを考えていた。両立させていたつもりだが、身が入っていなかったかも知れない。だが生徒も事件のことが頭から離れず、どこか上の空だった。同じ学校の生徒が二人も殺されたのだから、致し方のないことだった。

 家に帰っても、頭を悩ませていた。珍しく酒を飲まなかった。酒が回った頭では、難しいことを考えても目を回すだけだ。


 次の日も昨日と似たようなことを繰り返していた。職員室でも授業中でも悩むが考えつかず、もどかしさに苛立つ。悪循環とは正にこのことだった。

 昼食を終え、喫煙室でタバコ一本吸ったあと、コーヒーを買いに渡り廊下にある自動販売機に向かった。外に出ると、立て続けに強い風がびゅうびゅうと吹いた。どうやら歓迎してくれているらしい。ブラックコーヒーを買い、横へずれ一口飲んでいるとあおいがやってきた。あおいは、あっと口を開いたあと笑みを見せた。


「あおいも飲み物を買いにきたのか」

「うん、そうだよ」

 あおいは財布を取り出すと、硬貨を投入しココアのボタンを押した。ココアを取り出すと、内海の隣へやってきた。蓋に指をかけたところで、くるりと首を捻りあおいは内海の横顔を捉えた。すべてを見透かしているような目をしている。内海は少しドキリとした。


「なに?」

「なにか悩み事でもあるの? 疲れたような顔をしてるよ」

「まあ、ちょっとな」内海はコーヒーを飲み、「事件のことを考えていて」

「そうなんだ……」

「うん。前の同僚のためにも役に立ちたくてね」

「警察は焦ってるの?」

「かなり。犯人を捕まえたと思ったら、模倣犯がいたんだ。無理もないよ。これで解決できなければ、事件史にずっと残り続けることになるだろうし」


 あおいは言い辛そうに口をもごもごと動かしたあと、ココアの蓋を開けた。ごくりと勢い良く飲んだあと、意を決したように、

「この学校の生徒が狙われてるの?」

「……おそらくね。校長も言っていた通りだよ」

 あおいは顔をうつむかせた。「そうなんだね……」

「だが今は部活も休みにし、帰宅するときも一人で帰らせないように徹底している。学校のまわりを警察もパトロールしているし、犯行は難しいだろうな」

「安心してもいいの」

「一人にならず人の多いところを通り、日の落ちる前に帰宅すれば安心だろう。もちろん、ずっと犯人の影に怯えているわけにはいかないけどね。だからはやく犯人を捕まえないといけない」

「でも無理しないでね凛姉ちゃん。体壊したら大変だし」

「ありがとう。けどね、悩んでるほうが体にいいかも知れないぞ。昨日は集中するために酒も飲まなかったしな」

「ならずっと悩んでてもらったほうがいいかもね」あおいはわざとらしく肩をすぼめた。

 内海は頬を緩めた。「酒のためにもはやく解決してもらわないとな」

「ほどほどにね」とあおいは呆れるように言った。「じゃあ、私はそろそろ戻るよ」

「ああ」と内海は言った。


 あおいに感謝しなければならない。悩み躍起になり辛くなっていた心が、少し楽になった。


 あおいは手をひらひらと振ると、くるりと体を回転させ歩き出した。半年前まで長かった髪が、舞うようにひらりと揺れた。太陽の光で煌めいている。

 内海はそのとき、目を見開き体を強ばらせた。電撃が走った思いだった。力が入り、握っている缶がへこんだ。


 犯人が、わかったかも知れないのだ。

 体に熱がこもっていくのがわかる。鼓動がはやくなっているのもわかる。あおいの去り行く背中を見ていると、ふと頭に過ぎった。この推理は正しいかも知れない。いや、車に乗ってしまうわけもカールコードを使用したわけも、希望桜高校の生徒が狙われた理由も、これですべて説明できる。この推理しかない!

 はやく武藤たちに伝えなければならない。推理が正しければ、あおいが危ない。喜んではいられない。内海はスマートフォンを取り出し、急いで武藤に電話かけた。慌てる鼓動を煽るように、また強い風が吹いた。

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