第48話 元刑事の推理

 武藤は助手席に座り、顔をしかめ道路の先を見つめている。捜査が難航しているため無理もないことだった。古手川もバックミラーで顔を確認してみたが、武藤といい勝負ができる顔をしている。捜査を続けていたが、学校でも今田美希が通っている塾でも、有益な情報は得られなかった。現在は、今田美希が塾帰りに寄ったと思われるパン屋に向かっていた。だが、正直なところあまり期待していなかった。

 犯人の動機はいったいなんなのだろう? レイプが目的ではないように思う。そもそもレイプなどしていない可能性もあるのだ。股座部分が切断されているためその有無はわからず、裸にしているのも犯行を模倣するためと考えられる。“レイプではなく、殺しが目的かも知れない“。


 古手川は、この考えは合っているかもなと思った。だとすれば、やはりなにかしらの怨みによるなのだろうか。織本莉奈と今田美希の二人に犯行動機があるのか。


「なあ古手川」と武藤は道路の先を見つめながら言った。「顔色悪いし、しかめっ面だぞ。平気か?」

「それはお互いさまですよ、武藤さん」

「……かもな。ずっと睡眠時間も少ないしな。弱音を吐いている場合じゃないが、どうしてもこういう移動時間は気が緩んでしまう」

「へこたれてる場合じゃないですよ」

 武藤はふふっと笑った。「言ってくれんねえ、ルーキー」

 古手川も少し頬を緩めた。赤信号で車を停めると、風が強いらしく窓ガラスが音を立て揺れた。暖房であたたまった体を冷やしてやろうと、意地悪にも車内に侵入しようとしたらしい。寒さに震えたほうが、気が引き締まるかも知れないが。


 武藤のスマートフォンに着信があった。取り出すと、内海からだと武藤は呟いた。

「もしもし、どうしたんだ」電話に出て、二、三言交わしたあと、武藤は驚いたように大きな声を上げた。「なんだって!」

 古手川その大きな声に体を仰け反った。車が少しふらつく。

「ど、どうしたんです?」

 武藤はこちらに顔を向けた。先刻までとは違い、歯を見せ明るい表情をしている。「犯人がわかったらしい!」

「──本当ですか!」今度は古手川が大きな声を上げた。


「ああ、嘘じゃない。スピーカーモードにするよ。──いいか内海?」

 了承をもらい、武藤はスピーカーモードにすると、手で持ちながら膝の上に置いた。

 古手川は緊張して呼吸が荒くなっていた。胸も高鳴っている。寒風に晒されなくてとも、身が引き締まった。まさか本当に犯人を? はやく話を聞きたい。車の運転に集中できそうもなかった。すぐにでも路肩に停めたかった。


「絶対とは言えないかも知れません」と内海は言った。機械的なノイズがあった。「けれどすべての謎がこれで説明できるんです。私は納得できました」

「話してみてくれ」

「わかりました」内海は咳払いをすると言った。「犯人は多田野清武の父、“多田野雅彦”です」

「多田野雅彦!?」武藤は力強い眼差しでスマートフォンを見つめた。

「ええ、そうです」


 武藤は驚いていたが、古手川には誰だかわからなかった。意外な人物だということはわかるが、この驚きよう、なにか因縁のある相手なのだろうか?


「武藤さん、その多田野雅彦って?」

 武藤はこちらに顔を向けた。「ほら、お前が気になっていた半年前の事件あっただろ。内海が最後に関わった事件」

「ああ、あの事件ですか! なるほど、つまり多田野雅彦は、あの事件の犯人の父親なんですね」

「そういうことだ」

 これで武藤が驚いていた理由がわかった。半年前に解決した事件の犯人の家族が、まさか絡んでいるとは思わはないだろう。武藤の中には、衝撃と懐疑的な気持ちが半分ずつ入り交じっていることだろう。


「動機は、清武の被害に合っていた“あおい”です」と内海は言った。「あおいへの怨みです。息子は事件を起こし自殺し、妻もそのあと耐えかねて自殺しています」

「確かにそうだったが、あれは息子が事件を起こしたからだろう」

「彼らの家族愛は深く、最後まで息子が卑劣な行為をしていたと認めていませんでした。あおいが誘惑したんだろうとも言っていました。父親からすれば、あおいのせいで息子は亡くなり、世間の目は厳しくなり、それに耐えかねて妻が自殺してしまったんです。行き場のない怒りと憎しみを、あおいにぶつけたかったんでしょう」

「逆恨みか……」

「はい。なにかで、あおいが希望桜高校に転校したことを知ったんでしょう──」


 そこで武藤は言葉を遮り言った。「そういえば、あおいちゃんのことが週刊誌に書かれていたらしいぞ。転校してすぐの頃、写真も撮られていた。顔にはモザイクがかかっていたみたいだが、制服は写っていた。名前はさすがに書いていなかったらしい」

「なるほど……では、それを見たのかも知れませんね。ネットで探してみても、そんな記事があるかも知れません。けれど、そうなると雅彦はあおいの名前も顔も知りませんよね」

「確かにそうだな」

「どうやってあおい見つけ出そうとしたのか。あおいは半年前まで髪を伸ばしていました、“莉奈や美希と同じく背中まで“。顔にはモザイクがかかっていたみたいですが、髪の毛はそうもいきません。雅彦は、希望桜高校におり髪を背中まで伸ばしている、という二つの情報を手に入れたんです。それがあおいを探す唯一の手がかりだったんです」

「つまり、雅彦は“二人を原田あおいだと思い襲ったのか”?」

「いえ、多分違うと思います。こんな言い方はしたくありませんが、数打ちゃ当たる、というやつでしょう。髪の毛長い希望桜の生徒を、手当たり次第襲ってやろう、と。違っても、その襲った生徒からあおいの情報を聞き出せれば、あおいに行き着くはずだと、これは予想ではありますけどね。ただ、あおいは髪をばっさりと切ってしまったんです。殺人を繰り返しても、あおいに行き着くことはなかった。

 雅彦は心に変調をきたしていたのかも知れません。だからこんな無茶な殺人をしたんです。ニュースで女子高生が股座を切断され殺されたという事件を見て、これを隠れ蓑に遂行しようと考えたのです」


「自暴自棄になっていたと。……まあ、納得はできるが、それだけじゃ父親が犯人だとは言えないぞ」

「美希の首にはカールコードの痕がありましたよね? 多田野雅彦の職業は覚えていますか」

「え、職業……」武藤は腕を組み考えると、ああと声を出した。「確かタクシー運転手だったな。──タクシーだって……」

「そうです、あのカールコードの痕は、タクシーについている“無線機のコード”です」

「ああ!!」

「あれもグルグルと巻いてあるコードでしょ?」


 古手川は声には出さなかったが、口を開けなるほどと驚いていた。確かに無線機にはカールコードがついている。古手川は思わず車についている無線機を見た。黒いコードは、螺旋階段のように渦巻いている。太くしっかりとしているコードだ。絞め殺すには充分だ。今田美希と揉み合いになり、咄嗟に身近にあった無線機のコードで絞め殺したのだろう。そう推察された。


 内海は言った。「それにタクシーの運転手なら、ターゲットに疑わられずに済むと思いませんか。これは想像ではありますけど、雅彦は塾帰りの莉奈と美希に近づき、物騒な事件もあったばかりだし親御さんに頼まれたんだと嘘をつき、乗せたのかも知れません。相手はタクシーの運転手です、制服も着ています。信頼ができます。まさか運転手に襲われるとも思わないでしょう、多少疑問に思っていても急かされると乗らずにはいられなくなる。後部座席に荷物を置いておけば、必然的に隣へ座らせることもできます」

「ふむ、なるほど」武藤は腕を組んだまま、感心したように頷いた。

「別の理由で乗せたのかも知れませんが、筋が通っているとは思いませんか」

「そうだな、どの説明も納得できるよ。有り得るかも知れん。古手川はどう思う」

「ぼくも武藤さんと同意見です。犯人はその多田野雅彦だと思いますね」

「だそうだ、内海。……うん、よしそうだな、多田野雅彦を当たってみるよ」

「ありがとうございます! 信じてもらって。あおいに危険が及ぶと思うと、いても立ってもいられなくて……」

 普段から冷静な装いを見せている内海だが、このときは女性特有のしおらしさがあった。


 内海は何度も礼を言ったあと、通話を切った。礼を言わなければならないのはこちらだというのに。これで犯人が多田野雅彦ならば、これからずっと内海には頭が上がらない。

「一度署に戻ろうか。そのあと多田野雅彦を重要参考人としてご同行してもらおう」と武藤は言った。

「わかりました」


 次の通りを左折し、署に向かって走り出した。

 古手川も武藤も表情が復活していた。だが気持ちは焦っている。一秒でもはやく犯人を捕まえ決着をつけたかった。一生頭が上がらなくてもいい。犯人を逮捕できるのなら。

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