五章 発覚

第46話 カールコード

 駐車場に車を停め、内海は白い息を吐きながら校舎に入っていった。まだ生徒は来ておらず、教師しかいないため校内はとても静かだった。この静けさは毎日のことだが、事件のせいで暗い雰囲気を感じてしまう。


 昨日の放課後、ニュースでは犯人が捕まったと報道されていたが、そのあとすぐに警察から電話がかかってきて、今田(いまだ)美希が殺されたと知らされた。今田美樹は一年生で、塾の帰りに行方がわからなくなったと心配していた、あの生徒の言う通りのことが起こった。

 双葉梢逮捕の報道があった数時間後には、二人目の被害者である織本莉奈の犯行には関わっていないと、被疑者が否定しているニュースが流れた。それを信じるのならば、別のものによる犯行だというわけだ。

 織本莉奈と今田美希の殺害だけは別件。なら、なぜ二人が狙われてたのだろう。理由はあるのだろうか? 希望桜高校の生徒だからか。それとも二人に怨みがあり、双葉梢の犯行を隠れ蓑に殺害に及んだ? ニュースで詳しく犯行手口も報じていた。真似ることは容易だ。報道し過ぎるというのも考えものだった。


 ただの模倣犯とも考え辛いし、やはりなにか理由がありそうだ。

 扉を開け職員室に入り、机に荷物を置いた。まわりにいる教師連中はひそひそと事件のことを話していた。大半は殺された生徒を想い悲しげな表情を浮かべていたが、野次馬的な好奇心を持っているものもいた。あまり美希と接したことがないためだろう。内海は、何度も授業で美希のクラスに訪れていた。美希はつややかな髪を背中まで伸ばし、身長も高くスレンダーで他の生徒より大人な印象だった。手を挙げよく発言もし、教師からの評価も高かった。そんな子がどうして殺されなければならないのだろう、ただただ疑問だった。


 校長の後藤がやってきて、「一限目は予定を変更し集会を行います。担任の先生はクラスに行き、体育館に集まるように指示を出してください」とみなに言った。


 集会では、美希のことを後藤が説明し、しばらくは部活も休止にすると言った。親に迎えに来てもらえるものはお願いし、どうしても一人で帰らなければならなくなったら、教師に相談するように告げた。

 この学校から二人も犠牲が出て、不安げな顔で生徒たちもお互いを見合わせていた。次は私なのではないという明確な恐怖心が、彼女たちを蝕んでいた。その恐怖心は間違いではなかった。希望桜の生徒を狙っている可能性があるからだ。

 最後に黙祷を捧げ、集会は終わった。


 二限目から授業は再開され、少しして警察がやってきた。武藤と古手川だ。覇気のない暗い表情を浮かべている。職員室を横切っていく二人に非難の目が向けられていた。武藤と目が合うと、申し訳なさそうに逸らした。


「前と同じように、聞き込みってやつですよね」と隣に座っている同僚が内海に言った。

「ええ、おそらく」

「なにを聞くんだろ」

「さあ」と内海は気のないように返事した。この者の目は野次馬のそれだった。

 三限目が始まる頃、聞き込みが終わったらしく二人は出てきた。難しい顔を浮かべている。犯人に繋がるものは得られなかったのだろう。職員室を出ていき、少しして内海はあとを追った。事件の説明を聞きたかった。些細な力かも知れないが役に立ちたかった。

 階段を下り玄関の方へ向かった。武藤と古手川は玄関を出たすぐそばにいた。


「武藤さん」と内海は玄関を出ると声をかけた。

「ん? ああ……」

 武藤はこちらに振り返ると、翳りのある顔を見せた。古手川は振り返る前から苦渋に満ちた表情を浮かべていた。吐き出す白い息が、より鬱積した雰囲気を演出していた。

「内海か……、すまないな、またお前のところの生徒が犠牲になってしまった……」

 内海は表情を変えることもなく何も言わなかった。

「模倣犯がいやがった。まったく思いもしなかったよ」

 古手川も続いて言った。「これで事件は終わったと思ったんですが……」

「別のものによる犯行だと毛ほども思わなかったということは、犯行手口も遺体の状態にも違いはなかったんですね」と内海は訊いた。

「そうだな。少しの差異はあったが、気が付かなかった」

「よければ、私に事件のことを話していただけませんか? なにか力になれないかと思いまして」

「そうだなぁ」武藤は腕を組み考えた。「……よし、わかった、話そう。今は色んな意見が欲しいところだ。それにお前になら話してもいいだろう」


「ありがとうございます」と内海は言った。「莉奈が殺されたのは、別のものによる犯行なのは確実なんですよね?」

「双葉梢の証言を信じるならそうだ。いや、ここにきてそんな嘘はつかないと思う。もちろん、双葉梢の自宅から出た、被害者の体の一部のDNAを調べているがな」

「少しの差異はあるとおっしゃいましたが、どういったところに違いがあるんです」

「暴行のあとだな。織本莉奈と今田美希のほうが、暴力が酷く顔に集中している」

「憎しみから?」

「かも知れん」

「美希の遺体におかしな点はありましたか?」

「暴行のあとがあり、股座部分が切断されているのは同じだが、首に“カールコード”で締められた跡があった」

「カールコード?」

「ほら、受話器についているようなバネ状のコードだよ。あれで絞め殺されていた。今まではそんなものは使っていなかったんだ」

「カールコードか……」


 なぜ殺害方法を変えたのだろうか。なにかやむを得ない理由があったのか? このカールコードというのは、犯人特定の材料になりそうである。

 内海の頭の中でなにかが過ぎった。犯人の影を見た気がするのだが、捉えることはできなかった。歯痒い思いだ。


「犯人は車に被害者を乗せ襲い、遺体も車で運んだと見られている」と武藤は言った。

「力づくで連れ去ったんですか」

「それが違うんだ。強制的にではなく、本人の意思で乗ったみたいだ。犯人の車に乗っているときに、織本莉奈の母親が電話をかけたんだが、普段通りの様子で出た。強制ではなかった。そのあと犯人に電話を消されたみたいだがな」

「美希の場合も襲ったわけではないんですか?」

「その可能性もあるが、わからんな。だが織本莉奈が車に乗ったということは、信用に足る人物だったってことだろう」

「そうですか……」


 疑いもせず車に乗れた理由があるのだ。しかし、どんな人物なら安心して車に乗り込めるだろう? 考えてみたが、すぐには思いつかなかった。簡単に思いつけば武藤たちも苦労はしていない。


「おそらく莉奈と美希は、学年も部活も違ったため交流はなかったと思います」と内海は言った。「二人に共通点はありましたか?」

 武藤は首を振った。「今のところまだない。共通の知人がいるかとも思ったが、見当たらなかった。なぜ二人が狙われたのか」

「確か二人とも塾帰りでしたよね」

「ああ、塾帰りに狙われた。そういえば二人とも制服を着用していたな」

 古手川は言った。「希望桜の生徒だから狙われたのかも知れませんね」

「それは大いに考えられるな」と武藤は頷いた。「やはり怨みか」

 内海は腕を組み頭を巡らせながら、莉奈と美希の姿を思い浮かべていた。授業を受けている姿、廊下を歩いている姿。長い黒髪が優しくなびいている。どの想像も、事件のことなど知らないように二人は笑っていた。

 そこで、一つ気がついたことがあった。


「二人は黒い髪を、背中まで伸ばしていました」と内海は呟くように言った。「もしかすれば、そのことも犯人が狙った理由かも。ロングの黒髪に、なにか関連する動機があるのかも知れません」

「二人の髪形はそういえば同じか。希望桜高校の長い黒髪の生徒を狙っているか……ううん……」武藤は唸り声を上げた。「だがないとは言い切れないな。いや、この状況だからこそ、そういった観点から捜査していかなければならないんだろう」

「ええ」

「問題は、なぜその条件の生徒を狙うかだな。どんな動機があるのか。これが解ければ、犯人にぐんと近づくだろうが」


 古手川も難しい顔をして目を瞑り考え込んでいたが、思い浮かぶ理由はなかったらしい。より顔を険しくさせた。

 内海はまたしても、頭の中でなにかが過ぎっていた。頭の片隅でなにかが動いているのを感じる。意識を集中させても探し当てることはできなかった。これは奥底に落ちた記憶だろうか? もうすぐで思い出せそうな気がする。これさえわかれば、犯人を特定できそうだった。


 武藤は言った。「内海、そろそろいいか?」

「あ、はい。ありがとうございました」

「また新しい情報が入ったら教えるよ」

「はい」


 武藤は手を挙げ、古手川はぺこりと頭を下げると歩き出した。

 次の捜査で犯人に迫られるといいが、情報の少なさや流れを見ても、そうもいかなさそうだった。歯痒い捜査が続くことだろう。

 内海は校舎に入り、職員室へ戻っていった。今得た情報をもとに、頭を捻らそう。莉奈や美希のため、次の被害者を出さないためにも、犯人を野放しにはできない。必ず捕まえなければならない。

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