第45話 二人?

 昼前に双葉を捕え、それから数時間が経った。双葉は犯行を認め取り調べを受けていた。薄暗い取り調べ室で、悪びれる様子もなく双葉梢(こずえ)は座っている。質問にはちゃんと答えていたが、不貞腐れているように返事に気がない。

 その態度に怒りがあったが、古手川は表には出さぬよう努めていた。武藤は椅子に座り双葉と対面し、古手川は近くに立ち彼女を見下ろしていた。武藤も怖い顔を作り、プレッシャーを与えていたが、双葉はどこ吹く風だ。


「店で知り合い、彼女たちを狙ったんだな」と武藤は言った。

「そう。可愛いなと思ったから標的にした」と双葉は質問に答えた。「積極的に話しかけて仲良くなり、SNSも教えてもらったんだ。そこから情報を得て、襲う場所や日時を決めようと思った。買い物に行くとか、学校の用事で遅くなるとか、あの子たちは呟くのが好きでねえ、色々なことが知れたよ、ふふ。私のことは信用してくれているから、なんの疑いもなしに車に乗ってくれたよ」

「車内で犯行に及んだのか」と武藤は言った。

「そう。殺したあと自宅に持っていき、切断した。犯行動機はそこに立ってる刑事さんの言う通り」

 武藤は書類に目を落とした。「両親はおらず、祖父母に育てられたが昨年亡くなり、残してくれた家で一人暮らし」

「そう。だから人の目もない」


「家宅捜査の結果、切断された被害者の身体の一部が見つかった。ご丁寧に保存してな」武藤は双葉を睨みつけ、語気を強めた。「だがなぜ“二つ”しかないんだ! もう一人はどうした!」


 古手川は苦い顔を浮かべた。武藤の言う通り、二人の体の一部しか見つからなかった。もう一人が、どうしても見つからない。嫌な予感がしてならなかった。


「だから言ってるでしょ。私は“二人しか殺してない”。ルージュに客として来ていた、田宮舞花と原西雪。この二人しか殺してない。織本莉奈? 誰それ、見たこともないけど」

「嘘をつくな!」

「ここにきて嘘なんてつかないわよ」双葉はやれやれとため息をついた。「私もニュースを見てびっくりしたんだよ。“同じ手口で、私以外にもやってるやつがいるって”。ほら、所謂、模倣犯ってやつじゃないの」

「模倣犯……」

「はあ、どうして私が、警察にアドバイスして上げなくちゃならないのかしら……」


 迂闊に信じていいものなのだろうか。確かに織本莉奈がルージュに通っていたという証拠はない。双葉の言うことを信じるのなら、もう一人犯人がいることになる。わざわざ手口を真似る、模倣犯が。

 こうは考えられないだろうか。例えば、なにか双葉には織本莉奈と知られたくない関係があり、それを隠すため故意に織本莉奈の切断部分だけ別に処理した。どんな関係かはわからないし、他に目的があるのかも知れないが、そういった可能性もあるだろう。

 もし模倣犯がいるのならば、大変厄介だ。模倣犯という考えはなかった。情報もない。また被害者を待たなければならない状況に陥ってしまう。


 そのとき、扉をノックして一人の刑事が入ってきた。古手川は呼ばれ、刑事にこう耳打ちされた。


「遺体がまた出た。四人目の被害者だ」


 古手川は目を瞑り、舌を一つ打った。嫌な予感は当たった。刑事は扉を閉め、取り調べ室を出ていった。

 もう一人の犯人──。双葉のここ数日のアリバイはあった。友達が遊びに来ていたのだ。最悪の展開だった。傲りも達成感もなかったが、これで事件は解決したと思っていた。ここにきて新しい事実を発見するとは思いもしなかった。一から捜査のやり直し。屈辱であり苦痛だった。今すぐにでも叫び声を上げたかった。


 武藤は古手川の表情を見て、怪訝そうに顔をしかめた。「どうした」

「また被害者が出ました」

「なに!」

 双葉はにたりと笑った。「私はやってない。ねえ、言った通りでしょ?」

 古手川と武藤は顔を見合わせた。双葉は腹を抱え、愉快そうに声を上げ笑った。薄暗い取り調べ室に、甲高い幸せそうな笑い声が響いていた。

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