第39話 写真

 原西雪の両親は、定職にもつかずぷらぷらしていると言っていた。家にいるだろうか? それともどこか出かけているのか。帰宅が遅くなるようだと、捜査が遅れてしまう。現在は良い流れで捜査できている。

 木村良平の家につき、チャイムを押した。すると木村良平の母親らしき女性が扉を開け出てきた。


「どちらさまで?」

 武藤はふところから警察手帳を取り出した。「警察です。息子の良平くんはいますか」

「えっ、いえ、今出かけてますが……良平がなにかやったんでしょうか?」

「そういうわけではないんです。事件のことで聞きたいことがありまして」

 母親は首を傾げた。「事件?」

「良平くんがお付き合いしていた、原西雪さんが殺されたんです」

「ゆ、雪ちゃんが! そ、そんな……」母親は口に手を当て、青い顔をした。「もしかして、最近女子校生が殺されてる事件と、関係あるんですか?」

「彼女が三人目の被害者になってしまったんです」

「なんてことなの……雪ちゃんが……。わかりました、家にお上がり下さい。良平もコンビニに行ってるだけなので、すぐに帰ってくると思いますから」

「ありがとうございます」

 古手川と武藤は家に上がらせてもらうことになった。リビングに入り、ソファーに座った。母親はキッチンに入り、お茶を入れた。


 お茶を受け取ると、

「シルバーのフィットに乗ってる人物に心当たりはありませんか」と古手川は訊ねた。

「フィットですか? ……いや、ないですねぇ」

「そうですか。失礼ですが、息子さんは働いてらっしゃいますか?」

「知り合いがしている居酒屋で、バイトしています」

「車の免許は持ってないんですね」

「はい」

「そうですか。ありがとうございます」

 母親は丁寧に頭を下げ、キッチンのほうへ向かった。


 それから数分が経ち、お茶が半分に減った頃、玄関の扉が開く音が聞こえた。足音が近づいてき、木村良平がリビングに入ってきた。ソファーに座っている見知らぬ男二人に戸惑っている。こんにちはと挨拶したあと、ちらりと母親のほうを見た。


「警察のかたよ」と母親は言った。

「警察? なんでまた……」と良平はこちらを見た。

「良平、慌てず落ち着いて刑事さんの言うことを聞きなさい。わかったね」

「え、うん……」

「じゃあ、座ってもらえますか」と武藤は言った。

 良平はコンビニの袋を母親に預けると、ソファーに座った。刑事二人を前にして、少し緊張しているようだった。

「良平くん、辛いとは思うけど驚かないで聞いてほしい」

「は、はあ」

「原西雪さんが殺されたんだ」と武藤は言った。

 木村良平はぽかんと口を開け、目をキョロキョロとさ迷わせた。意味がわかっていないようだった。

「……ほ、本当なん、ですか」


 武藤はゆっくりと頷いた。

 すると良平の顔色は悪くなり、覇気がなくっていった。体をぐったりさせ、左手で頭を抱えた。だがちゃんと飲み込めてはいないようだった。少し時間が経ちすべてを理解したとき、深い哀しみが襲ってくる。今は心がびっくりしているのだ。

「だから雪さんのことで聞きたいことがあるんだ。いいかな?」

 良平は落ちてきた一滴の涙を拭うと、こくりと頷いた。「俺に協力できることがあれば、なんでも……」

「ありがとう」


 武藤は事件のあった日のことなどを説明すると、質問に入った。

「犯人が乗っていたとも思われる、シルバーのフィットに心当たりはないかな。彼女と出かけてるときに見かけたとか」

 良平は首を振った。「心当たりありません」

「じゃあ、最近雪さんと親しくなったような人はいない?」

「親しくなった人ですか、そうですね……」良平は顎に手を当て考えたが、「わかりません。怪しい人はいないように思います。雪自身の様子も、おかしくありませんでしたし……」

「ふうん、そうか。君と彼女との関係は良かった」

「まあまあだとは思いますけど」

「彼女の両親とは?」

「正直のところあまりです……良く思っていなかったようですから」良平ははっと顔を上げ、武藤を見た。「──もしかして俺を疑ってるんですか?」

「違う違う、そうじゃないんだ。形式みたいなものなんだ、訊かないわけにはいかなくてね」

「そうですか……」良平は釈然としない様子だった。

「彼女の様子に変わりはないと言ってたけど、最近連絡を取ったのはいつ」

「事件があった日にラインしてました……。イベントの会議が終わったとかで、学校から帰るとこだって。家に帰ったら電話するっていってたんですけど、まさかこんなことになるなんて……。電話するの忘れているだけだって思ったのに……」

「そのやり取りを見せてもらってもいいかな」

「はい、いいですよ」


 良平はスマートフォンを取り出し操作すると、画面をこちらに向けた。古手川と武藤は前のめりになり画面に顔を近づけた。


「見えますか?」

「ああ、見えるよ」と武藤は答えた。

 確かに良平が言った内容のやり取りをしていた。『家についたら電話するよ。うるさいから、両親にバレないようにして笑』『そうして笑 電話待ってるから』そこでやり取りは終わっていた。あとは良平が、どうしたの? と心配するラインを何通か送っていた。


「ん……?」と古手川は声をもらした。

 違和感に気づいた。原西雪のラインのアイコンは、木村良平と一緒に撮っている写真だった。原西雪の髪型は、緩いパーマのかかったボブカットだったはずだ。写真に映る彼女は、ストレートの髪を長く伸ばしていた。

 髪型を変えたのだ。単純なことだ、それはわかる。古い写真ではないし、最近のものだ。髪型を変えたのもつい最近だということがわかる。確か一人目の被害者、田宮舞花もつい最近髪を切ったらしい。古手川はごくりと唾を飲んだ。考えていることが正しければ、犯人に大きく近づくかも知れない。


「良平くん」と古手川は言った。

「はい?」

「雪さんは最近髪型を変えたよね」

「そうですよ、よくわかりましたね。いい美容室を見つけたとか言ってましたから」

「なんて美容室かわかる」

「はい」と良平は言った。「ルージュっていう美容室だったと思います。雑誌とかにも、よく取り上げられているらしいです」

 古手川は頷いた。

 田宮舞花と同じ美容室だ。ルージュは若者を中心に人気を集めている。女子高生が通っていてもおかしくない。やっと共通点を見つけた。田宮舞花と原西雪は、同じ美容室に通っている。二人目の被害者である織本莉奈も、ルージュで髪を切っていたかはまだわからないが、可能性は非常に高いだろう。織本莉奈もファッションには気を使っていた。

 担当している美容師なら親交もある。警戒されないのではないだろうか。偶然を装い帰宅しようとしている被害者に近づき、物騒だし近くまで送るよと笑顔を見せ言う。被害者も遠慮しつつも押しに負け、見知った人だからと危険とも思わず車に乗り込む。

 そんな図が容易に想像できた。

 今まで立ててきたどの仮説よりも、蓋然性がある。これだと思えた。胸が高鳴っている。


「どうしたんだ?」と武藤が言った。

 古手川は顔を近づけこのことを武藤に耳打ちした。武藤は腕を組み、納得している素振りを見せた。

「なるほど……有り得るかもな」

「さっそく行ってみますか」

「そうだな」

 木村良平は疑問符を浮かべ、二人の刑事の顔を交互に見た。「どうしました」

「いや、ルージュに行こうという話をしていてね。君のおかげだよ」と古手川は言った。

「お役に立てたのなら」良平は悲しげな笑みを見せた。

「ありがとう。我々はさっそく行ってみるよ」


 あらためて礼を言い、家を出た。自然と足速になっていた。

 車に乗り込むとスマートフォンでルージュの場所を確認し、アクセルを踏んだ。

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