第38話 何度目かの謝罪

「警察のかたですね……どうぞお入りください、鍵は開いています」


 チャイムを押すと、スピーカーから原西雪の父親の声が聞こえてきた。元気のない、小さな声だった。武藤はカメラを見据え、失礼しますと言った。

 門を開け、玄関扉を開け中に入る。廊下には父親が立っていた。病人のような白い顔をして、体は力なく丸まっていた。

 案内されリビングに入る。ソファーに座っていた母親は頭を上げると、獣が威嚇するような顔をして古手川らを睨みつけた。怒りと憎悪が剥き出しだった。殺されかけねない勢いだ。古手川は思わず目を逸らした。


「どうぞ、ソファーに」と父親は言った。

 失礼しますと言い、古手川らはソファーに座った。父親もソファーに吸い込まれるように座った。

「警察はいったいなにをしてるんですか!」と母親は怒鳴った。「すでに二人目も死んでいて、何日も経ってるのに! なぜ捕まえないんですか!」

 父親はなにも言うことなく、ただただこちらを見ていた。怒りをあらわにする、気力もないのかも知れない。

 武藤は頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。冷静な言い方だったが、悔やみと懺悔の気持ちがひしひしと感じた。古手川も頭を下げ、誠意を込め謝罪した。悔しかった。頭を下げたことではない。娘が殺され悲しみ、怒りをあらわにさせてしまったことに、悔しさを感じていた。これを警察は塞がなければならないのに。


 武藤はもう一度頭を下げた。「申し訳ありません。おっしゃる通りです」

 警察が非を認め、素直に謝るはずないと思っていたのだろう。母親は虚をつかれ、少し戸惑っていた。

「謝っても、娘はかえってこないんですよ……」と母親は呟くように言った。「絶対に。絶対に犯人を捕まえてください……!」

 武藤は頭を上げた。「お約束します。迷宮入りになんてさせません」

 母親が口を開きなにか言おうとしていたが、今まで黙っていた父親が手で制し、

「警察のかたに怒っても仕方ないだろう」と静かに言った。「悪いのは犯人だ」

「私だって、わかってるよ……」と母親は涙を拭い言った。苛立ちを誰かにぶつけなければ、どうにかなってしまいそうなのだろう。

 父親は言った。「それで、質問はなんでしょう。娘の捜査ですが、手短に済ませてもらえれば助かります。我々も疲労していますので」

「わかりました」と武藤は言った。「知り合いのかたで、シルバーのフィットに乗っている人はいますか?」

「フィット? 車の?」

「そうです。犯人の乗っていた車が特定できまして、それがシルバーのフィットなんです。心当たりはありますか」

「……いえ、ないです。なあ」と父親は母親の顔を見つめた。

「ないわ」と母親も否定した。

「そうですか。ですがもし後で思い出しましたら、連絡を頂けますか?」

「もちろんです」

「ありませんございます。では、娘さんが誰かにつきまとわれている様子はありませんでしたか。本人がそう言っていたとか、家の前で不審者を見たとか」


 二人は顔を見合わせ、同時に首を振った。そう簡単に犯人も尻尾を掴ませてくれないらしい。


「最近、娘さんと親しくなった人物はいますか」

 父親は首を捻った。「わかりかねます……」

「知らない名前を最近聞いたことは?」

「……いえ、それもありません」

 父親は申し訳なさそうにしていたが、古手川も武藤も充分に予測していた。むしろ、情報はないだろうと思っていた。それで犯人のことがわかってしまえば、三人も被害者を出していなかった。

「娘さんに、彼氏がいたそうですね。木村さん、とかいう」

 すると母親の眉がぴくりと動いた。顔をしかめ、腕を組み不機嫌そうにした。

「あの、どうしました?」と武藤は困惑して言った。

「木村良平(りょうへい)でしょ?」と母親は語気を強めた。「あの男、雪と付き合ってたけど、私たちは反対だった。よく思ってなかったんです」

 父親もこくこくと頷いた。


「何故です?」

「二十三歳にもなって、定職にもつかずぶらぷらしてるんですよ。そんな男なんて親だったら反対するでしょ? ラップをやってるかなんだか知らないけど」

「夢を追いかけているってことですか」

「良く言えばそうでしょうけど、二十三なのに……」

 まだ二十三歳は若いほうだとは思うが、とにかく両親は木村良平のことを快く思っていないらしい。

「それで、その男がどうしたの」

「娘さんとの関係はどうでした。上手くいっていたようですか」

「まあ、そうじゃない。ちょっと前に喧嘩していたけど」

「犯人である可能性は」

「わからない。それはわからないわ。仲は良かったし、車の免許も持ってないようだったし。娘に手を出すとも思えないけど、絶対にとは言えない」

 武藤は頷いた「わかりました」


 木村良平の住所を教えてもらいメモを取ると、礼を言い家から出た。父親と母親は立ち上がろうともせず、疲れた顔をして古手川たちを見ていた。しかしその目は、警察への不満と犯人逮捕の希望と、娘が殺された悲痛を雄弁に語っていた。

 外に出て、車に乗り込んだ。次に向かうのは木村良平の自宅だ。車を走らせていると、解剖の結果の電話がかかってきた。別段、珍しい報告はなかった。武藤はため息をついていた。

 木村良平からの聞き込みで、犯人へ繋がる大きな手がかりを得らるといいが。


 信号が青になり、交差点を左折しアクセルを踏んだ。

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