四章 犯人の行方
第36話 三人目
すでに第二の被害者が出て一週間が経つ。なのに犯人の目処は立っていない。探る手立てが尽きてしまっている。捜査会議でも堂々巡りの会話しかしていない。不毛だ。次の被害者を待っているこの状況が、苛立たしかった。
やはり、すでにベテランの域に達している武藤にはわかるのだろう。気分を変えてコーヒーでも飲もうじゃないかと言い、自動販売機に引っ張られた。優しい顔をしていたが、有無を言わさぬ迫力があった。なるほど、犯人からすればたまったものじゃない。
武藤はブラックコーヒーを二つ買い、古手川は礼を言い受け取った。ブラックは得意ではなかったが、この苦い現状を思うとちょうど良いのかも知れない。
武藤は缶のラベルを見ながら言った。「やっぱりコーヒーは美味いなぁ……」
古手川は一口飲み、
「……今まで捜査に行き詰まることはありました。けど、これほど不甲斐ない思いをしたのは初めてです。悔しい。だから内海さんも辞めたんでしょうか……」
「それは本人にしかわからんさ。あいつは語りたくないようだがな」と武藤は言った。「それにお前はまだ歴も浅いんだ。手強い事件にぶち当たることなんて、そう珍しいことじゃない」
「ですが、次の被害者が出る前に……」
武藤は古手川の顔を覗き込んだ。「目の下にクマができてるな。お前、ちゃんと眠ってるか? 家でも事件のことを考えてるんだろう」
「…………」
「沈黙が答えだな。なにも考えるのなってほうが無茶だが、しっかり休まないと頭も冴えないぞ。ちゃんと眠って、閃くこともある」
「はい……」
「約束だぞ?」
「はい」
「よし」と武藤は頷いた。「じゃあ今日飲みに行くか!」
「はやく寝ろって言ったじゃないですか」
「はははっ!」武藤は声に出し笑った。「やっと張りのある声が出たじゃないか」と古手川の肩を優しく叩いた。
武藤の暖かな優しさは、父親を彷彿とさせた。武藤にそう言えば、まだオヤジなんかじゃないと怒られかも知れないが。
コーヒーを飲み終え、あらためて礼を言い、デスクに戻っていった。廊下を歩いていると、慌てた様子で制服警官がこちらにやってきた。古手川は嫌な予感がしていた。体がぞわりとした。気分を入れ替えようとしていたのに台無しだ。
制服警官は立ち止まると言った。「三人目の被害者が出ました」
古手川は目を瞑り顔を上げた。心の中で大きく舌を打った。予感は的中してしまった。
クソ──
喉から苦い不快感が込み上げてきた。これはブラックのせいなんかじゃない。
遺体は、街の外れにある森の中の小川に横たわっていた。十代半ばの少女で、髪の毛は緩くパーマがかかったボブカットだった。裸にされ、暴行のあとがある。例によって股座部分は切断されている。それ以外は、二人の被害者と同様、遺体におかしな点はない。
一人目、二人目のときと同様、犯人は遺体を隠すつもりはなかった。彼女をはやく発見することはできるが、余裕が感じられる犯人のそのやり方が気に食わない。犯行手口は今までと同じだろう。車に乗せ襲い、事が終わると殺し、股座を切断して森に捨てる。二人目の被害で、無理やり車に乗せられたわけではないとわかっている。犯人の車に乗っているときに、母親からの電話に出ていた。
問題は、被害者が二人目も出て、連日ワイドショーでも取り上げられているというのに、なぜ車に乗ってしまうのかというところだ。まさか自分がと思ったのか、なにかしらの事情があったのか。
それとも、やはり犯人とは知り合いだったのだろうか。だが被害者に共通の知り合いがいるとは思えない。共通点がないからだ。まだ気づいていないだけで、被害者たちに共通点があるのだろうか?
もしくは、“不信感を抱かない“人物による犯行か。声をかけられ、なんの不安もなく車に同乗できる安心安全の人間。しかしそんな人物は果たしているのだろうか? 例え八十を過ぎたおばあさんだとしても、疑うのでは?
わからない。だがこの問題さえ解ければ、ぐんと事件解決が楽になるだろう。
身元の確認の話をしていると、一人の刑事が思い当たる節があると言った。
この少女と知り合いということではないが、先日、うちの娘が帰って来ないんだ! と若い夫婦が署に来て騒いでいたらしい。もしかしたら、その娘がこの殺された少女かも知れない。可能性はあるだろう。夫婦のことを想うと、別人であることを願いたいが。
署に戻ると、その夫婦に連絡を取り、身元の確認を行ってもらうことになった。夫の名前は原西(はらにし)寮(りょう)。妻は原西佳苗(かなえ)といった。
数十分後、夫婦が現れた。妻のほうはすでに泣いており、「学校の帰りに拐われたんだ! こんなの学校の責任よ!」と叫んでいた。夫は顔をうつむかせ、なにも言うことはなかった。
地下へ下り、扉を開け安置室に入る。シーツをめくり顔を確認してもらうと、妻は悲鳴を上げ、夫の胸に飛び込んだ。夫は目を瞑り、天を仰いだ。
「娘です。間違いありません……」と父親は掠れた声で言った。
すると母親は声を上げ泣き叫んだ。父親の言葉で、背けていた現実が目の前にやってきた。安置室に悲痛の声が響いている。娘は傷だらけの顔をして目を瞑り、ぴくりとも動くことはなかった。彼女はこの場にいたが、いなかった。
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