第34話 誘拐の経緯
救急車が来るまでのあいだ、あおいは事件の経緯を話してくれた。無理に喋らなくともよいと言ったのだが、捜査のためにも聞いてほしいと言われた。内海は迷ったが、頷いた。
あおいは微笑むと、話し出した。
私は先生に命令され、朝はやく先生のアパートに向かったの。委員会と嘘をついてでも来いと、有無を言わさない強い口調で言われた。もともと私は断れる立場でもなかったから、素直に従った。とても怖かったし誰かに助けてもらいたかったけど、拒否すればあの写真をどうするかはわからない。
アパートから出てきた先生は包丁を持って、ご丁寧に私を脅してきた。
「車に乗るぞ」
先生はそう言って、歩き出した。
それから車に乗り走り出した。私はどこに向かうか検討がついていた。先生は私に別荘の鍵を持ち出すように指示していたから。前に別荘のことを話したことがあって、それを覚えていたんだと思う。
車の中で、私はどうされるんだろうって思った。また酷いことをされるのかなって。でもなにも抵抗もできず、ただ車に揺られているだけだった。
山の中に入って、一人のおじいさんとすれ違った。私は助けを呼ぼうかと悩んだ。でもそんなことをしてしまうと、あとが怖かった。先生の怖さは、私が一番知っているから。
別荘について中に入った。懐かしいリビングを見ていると、私は悲しくなった。前来た時はおじいちゃんもおばあちゃんもいて、楽しい一時を過ごしていた。なのに今の現状を思うと、辛かった……とても……。
先生は上機嫌だった。狂ったように笑い、ほとんど愚痴なのに、楽しそうに仕事のことや人間関係、家族関係のことを話していた。ソファーに座って子供のようにポンポンと体を弾ませたり、鼻歌をうたったりもしていた。誰もおれのことを知らないところを来たんだー! って突然叫んだ。私は狂気を感じた。いつもの先生ではなかったから。
私は意を決して、
「こんなとこに来てどうするんですか」
と言った。すると、ぴたりと先生の顔から笑みが消えて、私を見た。その目はいつもより殺意が満ちていた。私は萎縮してしまい、体が動かなくなった。
先生は私の頬を叩いた。私は悲鳴を上げ倒れ込み、頬を押さえて先生を見上げた。また襲われるのかと思ったけど、先生は肩をぐったりとさせ、消沈していた。
「どうするかだって」
先生は静かな声で言った。
「そんなもん知るか。なにもかも嫌になったんだ、仕事も人間関係も自分の性癖のことも。なんでこんなことに……」
先生はすると泣き出した。涙をポロポロと落としていた。私は困惑していた。笑っていたと思ったら、突然肩を落とし泣き出す──まるで躁鬱のようだ。
先生は私の手を引っ張ると、二階へ向かった。扉を開け部屋の中を見ると、また別の部屋を見て、また別の部屋を見た。
そして先生はこの部屋を覗くと、ここだって言った。中に入ると、私に手錠をつけもう片方もベッドにつけてしまった。先生は私が逃げられないようにするため、固定されたものを探していたんだと思う。この部屋のベッドは固定されていたから、ちょうど良かった。
先生はそのまま出ていこうとして、私はどうするんですかって訊ねた。先生はため息をつき、さあなって言って部屋を出ていった。
それから少しのあいだは呆然としていたけど、先生が来る様子もなかったし、私は怖くなった。この部屋に閉じ込め遠くへ行ってしまったんじゃないかって。先生のあの様子なら、充分有り得ることだと思った。でも車の音が聞こえることはなかった……。
呼んでもまったく反応がなかった理由がわかったよ。先生は自殺していたんだね。あの様子だったから、私も少しは考えてたんだけどね。
ふぅ……。なにもかも終わったんだね、これで。良かった。やっと日常に帰れるよ……。それにね、私、凛姉ちゃんが来くれると信じてたから、嬉しいよ……本当に……。
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