第23話 全校生徒に向けての注意喚起

 急遽、集会が開かれることとなり体育館に集まっていた。いつもはガヤガヤと話をしている生徒も今回ばかりは黙り混んでいる。全生徒に、莉奈が殺されたことが広まっているのだ。


 校長は舞台に立つと、鹿爪らしい顔を浮かべ、莉奈のことを話していた。そして黙祷を捧げた。みな目を瞑り、下を向いた。黙祷やお墓参りもそうだが、これは残されたものの自己満足だと内海は考える。死のあとは無でしかないと解釈しているからだ。

 黙祷が終わると、内海は校長と入れ替わる形で登壇した。職員室で、元刑事であるあなたに、生徒たちに注意喚起してほしいと言われていた。

 舞台に立ち、マイクを使い話すのはこれで二回目だ。このような形で立ちたくはなかった。


 内海は息を吸い込むと、

「一人目の被害者が出て、二人目も残念なことに出てしまいました。しかも我が校の生徒がです。犯人はいまだ捕まっておらず、のうのうの今も暮らしている。大あくびをかいているかも知れません。許せないことであります。

 ですが、警察は犯人逮捕に苦労するかも知れません。犯人が、まったく被害者と関わりのない第三者である可能性があるからです。怨みなどとといた理由からではなく、快楽を求めるだけの殺人。誰が狙われるかはわかりません。絶対に一人にならないこと、夜遅くなるのなら送り向かいをしてもらうか、それができないのなら人通りの多い道を必ず選んでください。声をかけられても、ついていってはいけません。犯人はどのような人物かはわかりません、お父さんくらいの年齢かも知れないし、同い年であるのかも知れない。言葉巧みに誘導してくるかも知れません。警戒を怠らないでください」


 ホームルームのときに言った内容とさして変わりはなかったが、みなの顔つきは違った。真剣で恐れがあった。いい傾向ではあるが、そんな恐れを抱かさせずに済むのが一番の理想だった。


 放課後になり、全校生徒は下校することになった。莉奈のことがあり、心配する保護者も多いため今日はすべての部活が休部になった。

 生徒が帰ったか校舎の見回りをしていると、廊下にあおいが歩いていた。


「あおい」

 内海が声をかけると、あおいは立ち止まり振り返った。瞳の光は失われ、肩をぐったりとさせている。友人が殺されたのだ。無理もないことだった。

「凛姉ちゃん……」とあおいは元気のない様子で言った。

「もう帰れるのか?」

「うん、日誌を届けてたからちょっと遅くなっちゃって……」

「一人で帰るのか? 体調も悪そうだ、送っていくか?」

「そうしてもらおうかな」

「よし、玄関で待っておいてくれ。職員室に行って、他の先生に伝えてくるから」

「うん、わかった」


 内海は職員室に向かった。職員室の扉を開けようとしていると、林が出てきた。林は驚いた声を出し、のけ反った。いいタイミングだ。内海は林に事情を説明した。また、一人の生徒を特別扱いしてと怒られるかと思ったが、こくりと頷き、それは大変、送って上げてと言われた。

 内海は林に礼を言い、玄関に向かった。靴を履き替え、外に出るとあおいが壁に背をつけ立っていた。


「行こうか」

「うん」

 駐車場を横切り、鍵を開け車に乗り込んだ。校門を出ると、スピードを上げた。

「平気か?」

「うん……」あおいはそう返事したものの、弱々しい声だった。いつもの溌剌さは失われていた。体をぐったりとさせ、遠くを見ている。

 友人の死をきっかけに、半年前の事件のときのように心が不安定にならなければいいが。現在もあおいは薬を服用している。油断はならない。


「あの不良の男の人が、莉奈を殺したの……?」とあおいは呟くように言った。

「それはわからない。私はあの少年がやったとは思えない」

「そうなんだ……」

 車は赤信号で止まった。それと合わせるように沈黙が生まれた。ラジオDJだけが懸命に話している。今日も寒いですね、お体にお気をつけてください、そんなつまらない話。外では微風が吹いていた。窓から見える街路樹は、赤子をあやしているようにカサカサと揺れている。

 赤から黄色、そして青色に変わりアクセルを踏んだ。


 内海はちらりとあおいを見ると、

「警察に任せるしかないな」

「うん……」とあおいは頷くと、薄く笑った。「はやく捕まえてくれるように、祈っておくよ」

「……そうだな」


 祈るしかない――。それは半年前の事件でも、きっとあおいはそうするしかなかったはずだ。何度も何度も。だからといって、慣れるはずはない。警察を辞めた身ではあるが、内海は不甲斐なさを感じていた。

 赤信号に引っかかると、またしても沈黙がやってきた。またしてもラジオDJが懸命に話している。とってもキュートなナンバーをかけると言い、ドラマの主題歌にもなっている若向けの恋愛ソングが流れ出した。この場には不釣り合いな歌だ。だが合う歌があるのかと問わられば、まったく思い当たらない。


 街路樹はまだ慰めるように揺れている。

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