第22話 カフェ

 それから幾つかの質問をし、アパートを出た。思ったような収穫は得られなかった。

 車に乗り込み、署に向かった。武藤は連絡を取り、久保のアリバイの確認と、見張りをつけておくようにと言った。

 次はココルだ。少し調べてみたところ、ココルは若者に人気のカフェらしく、コーヒーだけでなくデザートも美味しいと評判だった。その上、値段はリーズナブルになっており、それが若者に受ける所以だった。


 ココルの裏に雑居ビルに囲まれた駐車場があり、そこに車を停めた。小さく幅も短い駐車場で、何度か切り直しバックで入れた。

 車を降り、表へ回る。ココルはオシャレな店だった。SNS時代に合わせているのか色の配色も適切で、ニューヨークにあるカフェのような作りだった。ただまわりは雑居ビルなので、引き画で見ると浮いていた。

 扉を開け、店内に入る。カップルや若者で賑わっており、かすかにジャズが聞こえる。雰囲気も良く、みな楽しそうにお喋りしたりコーヒーを味わっていた。スーツ姿の男二人にはどうも不釣り合いな場所だった。

 黒のエプロンを身につけた、若い女性の店員がやってきた。背筋をぴんと伸ばし、笑みを絶やすことはなかった。このシャレた店で働くことに、誇りを持っているのだろう。この歳で仕事に誇りを持つというのは素晴らしいことだ。いい歳をしたサラリーマンでも、持っているものは少ない。


「二名様ですか」と店員は指を二本立て言った。

「店長さんはいらっしゃいますか」と武藤は言った。

「店長ですか? はい、わかりました。少々お待ちください」店員はぺこりと頭を下げると、はけていった。

 席に座ろうとしないスーツ姿の不釣り合いの男二人に、客たちはちらちらと好奇心の目を向けていた。古手川は居心地の悪さを感じたが、武藤は毅然としていた。


 少しして店長がやってきた。なるほど、織本莉奈が“イケメン”と投稿していたのも頷ける。背は高く、目はくっきりとし可愛らしい顔立ちをしている。髪は金のメッシュが入り、ワックスで整え、身だしなみにも気を使っている。


「どういたしました?」

「警察のものです」武藤は他の客に気を使い、ふところから警察手帳を少し出した。「ちょっとばかりお話いいですか?」

「は、はあ、大丈夫ですけど。では、奥の部屋で」

 店長が歩き出し、多少の視線が突き刺さるのを感じながら、後ろをついていく。扉を開け奥へ進んでいくと、スタッフルームと書かれたプレートが貼られてある扉があった。

 部屋の真ん中には長方形の机があり、椅子が数脚並んでいる。壁際にはスタッフ用のロッカーがある。

 勧められ椅子に座ると、店長はコーヒーメーカーを起動しマグカップに入れてくれた。砂糖とミルクはいるかと訊かれ、武藤は断ったが古手川は両方を頼んだ。

 店長はコーヒーを配ると、椅子に座った。礼を言うと、一口飲んだ。


「それで、どうしました」


 武藤は田宮舞花と織本莉奈の写真を取り出すと、机の上に並べた。二人とも、殺されたのが嘘のように笑顔を浮かべている。この写真を撮ったときは、誰もこんなことになるとは考えなかっただろう。


「なんですか、この写真は」店長は写真に顔を近づけると言った。動揺はなく、ただ困惑していた。

「この二人に、見覚えはありませんか?」

「んん〜」店長は唸り声を上げ、腕を組んだ。「ああっ、そういえば、この子は店(うち)に来てくれたことがありますね。何度か」と織本莉奈の写真に指をさした。

「名前はご存知ですか?」

「いえ、名前までは……。何度か来てくれて、話したこともありますけど」

「ではもう一人は?」

 店長はもう一度腕を組んだ。「……いや、やっばり思い当たらないですね。彼女も店に来てくれたことがあるんですかね?」

「一度は行ってるでしょうね」

「そうですかあ。それで、この子たちがどうしたんです」

「最近、女子高生が股座を切断され殺さた事件があったでしょう?」

「はい」

「その被害者がこの子たちなんです」

「ええ!」店長は大きな声を出し、目も大きくして武藤の顔を見つめた。演技ではなく、素の驚きだ。


「被害に合われたのが、この田宮舞花さん」

「そ、そうなんですか……」

「やはり思い当たらない?」

「……はい、申し訳ありませんけどぉ。じゃあもう一人の子も……?」

「そうです、今日遺体として発見されました」

「そうですか……よく足を運んでくれていたのに……」

「名前は織本莉奈さん。聞いたことは?」

「んん……いや、やっばり名前まではわかりませんね。でも、明るい子だったことは覚えています。そうか、殺されてしまったんだ……」

「店長さん、あなたは車の免許は持っていますか?」

「え? ええ、持っていますけど」

「車は?」

「あります。親から譲ってもらったボロい車ですけど」


 次に武藤は事件当日のアリバイを訊ねた。田宮舞花が殺された時刻は家に一人でおり、アリバイはなかったが、織本莉奈が殺された日は友達と映画を観にいき、食事をしたあと深夜までカラオケを歌っていたらしい。映画の内容も正確に言うことができ、裏を取る必要もあるが、アリバイはあると考えてもいいかも知れなかった。

 田宮舞花を知らないのも織本莉奈の名前も知らないのも嘘ではないだろうし、犯人の可能性は低そうだった。

 コーヒーを飲みきり、質問も終え、古手川たちは店を出た。店を出る間際、店員に、ありがとうございました、またのご来店を、というお決まりの言葉を言われ、少しもどかしかった。店からするとただ邪魔しにきただけなのだから。


 署に戻ってくると、久保翔大をつけている捜査員から連絡があった。古手川たちがアパートを離れてすぐ、織本莉奈の遺体が発見された公園に久保は向かった。封鎖されている公園を眺めていて、どうするのかと思った。すると、久保は黄色いテープの前で手を合わせ、目をぎゅっと瞑り涙を落とした。一分間ほどそうしていた。そして近くにいた警察官に、丁寧な言葉で犯人逮捕を頼み込むと、弱々しい足取りで立ち去っていった。

 捜査員は言った。これは私の勝手な推測ですけど、あの子は犯人ではないと思います。あの悲しい十代の背中を見ると、どうしてもそう思えてならないのです。あの子は、被害者の死を本当に悲しみ、自分も傷ついています。


 武藤は情に流されるなと言うが、古手川としてもその意見には賛成だった。好きだった子に、あんな惨い殺し方はできないのではないだろうか。

 不良であることには変わりないが、無垢な少年だった。

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