第21話 不良の話
前と同じ定食屋へ向かい、昼食を取ることにした。今回、古手川はそばを頼み、武藤がカツ丼を頼んだ。お互いに、美味しそうだなと思っていたのだ。
昼食を取っているあいだに、久保という不良の住所を調べてもらうことにした。
途中、武藤のスマートフォンに電話がかかってきた。どうやら司法解剖の結果が出たらしい。死亡時刻は、二日前の二十二時から零時のあいだ。体液や指紋などはない。死因は窒息死、ひも状のもので首を締められた。暴力が酷くなっている以外、田宮舞花と同じ結果だった。
古手川はそばを食べ終わると、スマートフォンを取り出し、織本莉奈のツイッターを調べた。アイコンは、テディベアの顔がアップに映し出されていた。投稿している内容はさして他の女子高生と変わらなかった。田宮舞花とは違い、よく人と絡んでいる印象はあるが、それは性格によるものだろう。
古手川は、んっ? と声に出した。気になる投稿を見つけたのだ。ミルフィーユの画像と簡単な感想を載せているだけだが、その店の名前がココルというものだった。確か、田宮舞花もこの店でケーキを食べたという投稿をしていなかっただろうか? 二人とも、ココルに行っているのだ。ここで二人が知り合ったまでとは考えないが、店員と仲良くなってもおかしくはないだろう。二人とも、ココル関連の投稿が何件か見受けられる。二人の共通の知り合いが、この店にいるかも知れない。織本莉奈の投稿では、“イケメン”の店長がいると嬉しそうに書いてある。ココルに出向いてみてもいいかも知れない。
武藤に報告してみると、久保のアパートの次に行ってみようかと言った。
お会計を済ませ外に出ると、久保のことで武藤に連絡がきた。何度か警察にやっかいになっているらしく、住所はすぐに割り出せた。アパートに母親と二人で暮らしているらしく、現在はフリーター。といっても、たまに知り合いの店を手伝うだけで、無職みたいなものだった。年齢は十九になったばかり。本名は久保翔大(しょうだい)。
車を走らせ数十分後、久保の住むアパートへやってきた。駐車場に車を停め、外へ出る。一階の角部屋に住んでおり、その前に二つのバイクが並んでいた。一つは久保翔大のだろう。内海から教えてもらった車種もナンバーも同じだ。
扉に向かっていると、髪を茶色に染めレザージャケットを羽織っている女が出てきた。歳は久保と同じくらいだろう。ドアノブに手をかけ、半身を部屋の中に入れ、元気出せよ久保! と声をかけている。扉を閉めこちらを振り向くと、驚いたらしく体をびくつかせた。
「なに、あんたらは」
「警察のものだ。久保くんに用があってね」と武藤が言った。「君は久保くんの彼女か?」
茶髪の女は鼻で笑った。「違うよ。久保が好きだった女の子が殺されたから、教えにきてやったんだよ、私は。ついでに慰めてやっただけ」
「ただの友達?」
「そうだよ。それに私は人妻だよ、子供もいる。ガキがガキを産んだんだよ」と茶髪の女は挑発するように言った。「それで、あんたらは久保を疑ってんの? それなら残念だけど違うよ。あんなになってる奴が殺してるはずがない」
「少し話を聞くだけだよ」
「ふうん、そう。まあ、いいや。じゃあね、刑事さん」茶髪の女はキャップ型のメルメットを取り被った。
「気をつけて帰るんだよ。子育てってのは大変だろうが、頑張ってよ」
茶髪の女は笑った。「ありがとう。刑事さんも頑張ってね。奥さんを大切に」
「え、ああ……」武藤は薬指にはめている指輪に目を向けた。「大切にするよ」
茶髪の女はバイクに跨ると、エンジンをつけ走り出した。横を通り過ぎるとき親指を立て去っていった。
武藤はバイクを見届けると言った。「行こうか」
「はい」
扉の前に立ち、音符のマークが書かれたチャイムを押した。数秒ほど待ってみたが、出てくる気配はなかった。もう一度押してみたが、反応はない。
武藤は扉を開けると、
「久保くん、いるかい」と呼びかけた。
ガタリと物音がしたあと、掠れた声が返ってきた。「だれ……」
「警察のもんだけど、上がってもいいかな」
返事はなく、沈黙が返ってきた。困惑しているらしい。不良という立場上、警察という単語には過敏に反応してしまうのだろう。
もう一度呼びかけてみると、好きにしてと掠れた声が返ってきた。
靴を脱ぎ、廊下を歩いていく。桜が描かれたのれんをくぐりリビングに入った。
久保はコタツの中に入り座っていた。体をぐったりとさせ、コタツに右肘を乗せ頭を抱えている。目は充血し、涙のあとがあった。あの茶髪の女が言うように、殺しなどやっていなさそうに見える。好きな人を殺され、悲しんでいるようにしか見えない。
コタツの上には焼酎の瓶が口を開き置かれていた。久保の近くにはコップがある。未成年のはずであったが酒に慰められているらしい。コップが一つしかないということは、あの茶髪の女は飲んでいないのだろう。古手川は安堵した。
「未成年が飲酒とは感心せんが、まあ今日のところは見逃そう」
「少ししか飲んでないよ」と久保は言った。「そんなことを咎めにきたわけじゃないんだろ。とにかく座りなよ」
「そうさせてもらうよ」武藤が腰を下ろし、古手川も続いた。
「それで、俺になんか用。こんなとこで油売ってるんなら、莉奈を殺した犯人を捕まえてくれよ」
「そのために、こうして来たんだ」
久保の眉毛はぴくりと動いた。「俺のこと疑ってんの」
「君は織本莉奈の帰宅途中に待ち伏せし、絡みに行ったらしいな」
「それは……」
「教師に止められ、去り際に覚えておけよと言ったらしいが、本当か?」
「あ、あれは、別に意味なんてねえよ……。あん時は、女の教師にいいようにやられて、体裁が悪かったんだ。恥ずかしさを誤魔化すために言っただけだよ。そんな、まさか俺が莉奈を殺したりなんて……」久保は鼻を啜り、まぶたを擦った。「それからは、絡みに行ったりもしてねえし。これ以上嫌われるんのは嫌だし……」
派手な格好はしているが、根は一途らしい。好きな子のことで無茶してしまうというのも、十代らしいではないか。
「どうして待ち伏せなんてしたんだ」
「あれは、その……ラインをブロックされたからだよ……。連絡取る手段もなくなって、それで……」
「では怨みなんてないと?」
「もちろん! それで莉奈のことを殺すかよ! 莉奈を殺したやつを、俺がこの手で殺してやりたいくらいだ!」
久保から飛んできた唾を武藤は手で拭うと、
「久保くん、車の免許は持ってるかい?」と言った。
「車? 一応、持ってるけど」
武藤は目を見開いた。「そう」
「でも、車自体は持ってないよ。バイクだけ。そんな金もないし」
免許を持っている。車はなかったとしても、レンタカーや知人から借りられることもできるだろう。
問題はアリバイである。
「二日前、事件があった日はなにをしてた」
「アリバイってやつね。友達と遊んでて朝方に帰ってきて、昼まで寝た。で、また友達と出かけた。夜の七時くらいに帰ってきて、おふくろと飯を食べて、十時くらいにコンビニ行ってアイスを買っておふくろと食べた。そんで寝た。こんなところだよ」
「そうか」
コンビニに行ったというのが本当なら、殺人は難しいかも知れない。
「ところで、あいつが怪しいんじゃないかって思い当たる人物はいないか? 君の仲間内でもいい。誰かいないか?」
久保は顔をしかめた。「知らねえよ。俺らは悪さもしてるけどよ、人を殺そうなんてするバカはいねえよ」
「それはすまない」
「なあ、バカなことを言ってねえでよ、早く捕まえてくれねえかなァ」と久保は怒気を孕ませながら言った。「ポリはいつもそうだ、どうでもいいことを延々とやりやがる……。頼むよ、莉奈をやったやつを捕まえてくれよ……」
武藤と古手川は顔を見合わせた。現状、例えどんな相手だろうと、そのことを言わられば言葉をなくすのだ。拾おうとする気力すらなくすのだ。
古手川は窓の外を見た。今、愉快に笑っているのは犯人だけなのだ。多くのものは涙を落としている。
「必ず捕まえて見せるよ」と武藤は力強く言った。
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