第20話 刑事と元刑事

 織本莉奈の両親を見送ったあと、古手川と武藤は車に乗り込んだ。前回と同じようにシルバーのクラウンだった。

 署の駐車場を右に出ると、スピードを上げた。目的地は希望桜高校だった。すでに来校の許可を取ってあり、電話をかけ出たのは一般教職員で、校長の後藤に変わってもらい、事件のことを伝えると言葉をなくしていた。無理もないことだった。


「電話に出られて、犯人は焦ったでしょうね」

「だろうな。これで、ある程度のことはわかった。犯人は襲い無理やり連れ去ったわけではない。声をかけ、車に乗せた。車で移動していることも、これで確実になったな」

「そうですね。でも知り合いの犯行というのは、どうも違和感があるんですよね……」

「納得できないんだろ? それは俺も同じさ」


 それから数十分後、学校に到着した。私立の高校ということもあるのか、校舎は真新しく綺麗だった。事務の窓口へ向かい、武藤は警察手帳を見せ校長の後藤を呼んでもらうように頼んだ。受け付けてくれた大柄の男性は焦りもせず、定型句を述べた。

 少しして、校長らしき人物がやってきた。先程の男性とは違い線が細く、軽く背中が曲がっていた。青い顔をし、覇気がなかった。保護者への対応などを考えると、憂鬱なのだろう。

 スリッパに履き替え、階段を上がり職員室へ向かう。授業中のため校内は静まり返っているが、陰惨な事件のせいで、校舎全体が暗く落ち込んでいるように感じた。

 職員室に入ると、やはり視線を集めた。


「ああ……」武藤は席についている一人の女性を見ると声を出した。

 年齢は二十代後半だろうか。髪の毛は肩にかかる程度に長く、キューティクルが光っている。顔も口も小さく、目は鋭く涼しげで、全体的に痩せていることもあり気難しそうにも見える。どこか貫禄もあり、初対面の相手なら萎縮してしまいそうだ。

 武藤が手を挙げると、表情を変えることなく女性は頭を下げた。

「あれが内海だよ」と武藤は古手川に耳打ちした。

「やっぱりそうですか」

 古手川が会釈すると、内海も少し頭を下げた。

 後藤は内海と武藤の顔を見合わせた。「お知り合いですか?」

「彼女とは同僚だったんです」

「ああ、内海先生は刑事でしたもんね」後藤は校長室を指さし、「では、こちらへどうぞ」


 校長室に入ると、ソファーに勧められ座った。後藤は座ることなく、織本莉奈の担任の男性教師の武井(たけい)と、友達だった西沢(にしざわ)を呼んでくると言った。後藤が部屋を出たと同時、タイミングを見計らっていたのかお茶を持ってきてくれた。古手川と武藤は礼を言い、一口飲んだ。

 数分後、後藤が武井と西沢を引き連れ戻ってきた。武井も西沢も緊張している様子だった。西沢の顔は少しやつれ、暗い雰囲気だった。友達が殺されたのだ、無理もない。保健室にでも連れていき休ませてやりたかった。

 二人がソファーに座ると、校長はその背後に立った。


「お呼び立てして、申し訳ない」と武藤は言った。

 二人は首をふり、担任の武井は遠慮気味にとんでもないと言った。

 武藤が自己紹介すると、古手川もつづいて名乗った。怖がらせないために、極力口調を明るくした。

「さっそくなんですが、莉奈さんの学校での生活態度はどのようものでした?」と武藤は訊ねた。

「遅刻などはありましたけど、真面目な生徒でしたよ」と武井は言った。「問題を起こしたこともありませんし、成績も良い方でした」

「この最近の態度はどうでした? 不審な点はありませんでしたか」

「特に変わりはありませんでした。──ああ、そういえば、最近体調が悪そうだったな……」武井は顎に手をやり目を細めた。

「体調ですか」

「はい、元気があまりなかったですね。事件と関係あるかはわかりませんが」

「体調が悪かったのは」と西沢が割って入ってきた。言い辛そうに、そして恥ずかしそうに、「生理だったからです、体調が悪かったのは……」

「ああ、そうなの……」と武井はバツが悪そうに後頭部をかいた。

 気を取り直し、武藤は言った。「友人関係で、なにかトラブルはありませんでしたか」

 武井は首を振った。


 武藤は西沢に顔を向けた。緊張から体をこわばらせ、西沢も首を振った。そして体を丸め、頭を下げすいませんと弱々しく言った。武藤は慌てて手を振り、謝らないでと言った。

 古手川は前のめりになり訊ねた。「では、犯人に思い当たる人物はいませんか?」

 そこで西沢は、あっと声を出し、目を見開いた。思い当たる人物がいるのだろうか。古手川はごくりと唾を飲み期待した。

「怪しい人がいるの?」

「犯人かはわかりませんけど、最近、莉奈ちゃん不良につきまとわられていたみたいなんです」

「不良? 因縁つけられていたってこと?」

「いえ、その不良が莉奈ちゃんに好意を寄せていたみたいで、学校帰りに絡まれたみたいなんです」

「名前はわかる?」

「いえ、すいません……そこまで聞いてなくて……」

「じゃあその不良と莉奈さんは、以前付き合っていたとか?」

 西沢は首を振った。「違います。合コンで知り合ったみたいなんですけど、莉奈ちゃんにその気はありませんでした。けど、気に入られてしまったみたいで……。莉奈ちゃんは嫌がってました」

「ふうん、そうなのか……」


 その不良が織本莉奈を襲ったのだろうか? だが、つきまとわられている人物の車に乗ったりするだろうか? それに、その不良は田宮舞花と関係はあるのだろうか。織本莉奈を襲う動機はあったとしても、田宮舞花を殺す動機はない。


 武藤も険しい顔をしている。同じ考えなのだろう。

「他に怪しい人物はいない?」と古手川は訊ねた。

「思い当たらないです」

「そうか、ありがとう」

 武藤はごほんと咳払いすると言った。「田宮舞花っていう子は知ってる? 初めの被害者なんだけど、莉奈さんと関わりはあったかな?」

「私は聞いたことないです。莉奈ちゃんはよく喋る子だったので、友達なら話に出てきたと思います」

 武井もわからないと言った。

 やはり、田宮舞花との関わりはないのではないか? 田宮舞花は塾にも通っていない。出身中学も違う。出会うことはないのではないだろうか。


 校長室を出て、ちらちらと教師から視線を受けながら職員室を横切っていく。

 廊下を歩いていると、内海が職員室から出てきた。呼びかけられ、足を止める。


「久しぶりだな、内海」と武藤は笑みを見せ言った。

「お久しぶりです」と内海はそばに来ると言った。だが他に話したいことがあるらしく、「ちょっといいですか」

「なんだ?」

「聞いたかも知れませんが、莉奈は不良につきまとわられていたんです」

「ああ、聞いたよ」

「帰宅途中に絡まれていたところを、私が割って入ったんです。それからその不良からのアクションはなかったらしいんですが、執着心はまだあったはずなんです。去り際に、覚えとけよとも言っていましから」

「名前はわかるか?」

「久保です。苗字だけしかわかりません」

「久保か……」

「乗っていたバイクは、おそらく赤のゼファー。ナンバーは『い 1596』です」

「おお!」武藤は歯を見せ笑った。「ナンバーまで覚えてるとは。まだまだ現役でもいけるな」

「そうですかね」内海もふふっと笑った。


 古手川はほっとしていた。気難しそうに見えるが、笑った顔に女性特有の愛嬌があった。


 武藤は親指で古手川を指さた。「お前と入れ替わるように入ってきたのが、この古手川なんだ。期待のホープさ」

「あまり新しい子をからかってやらないでくださいよ。のびのびと動かしてやらないと」

「ははっ、それもそうだな」

 内海は職員室の方を見た。幾人かの教師が窓から様子をうかがっていた。内海と目が合うと、やましいことでもあるように目を逸らしその場を離れた。

「私は戻ります」

「ああ、情報感謝するよ。また酒でも飲みに行こう。元気そうで良かったよ」

「ありがとうございます。この学校に来られたのも、武藤さんのおかげです」

 武藤は首を左右に振り、下を向いた。「そんなことはないよ。それにお前に謝らなければならない。俺たちのせいで、生徒が殺されてしまった」

「私に武藤さんを非難する資格はありません。捜査の難しさも知っています。でも、教職員としても女としても、犯人を捕まえてくださることを願っています。それでは」


 内海は深々と頭を下げると、踵を返し職員室に戻った。

 武藤は大きく息を吸い込むと、よしと力強く言った。

「行こうか」

「はい」古手川も力強く言った。

 来た時とは違う気分で、階段を下りていった。

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