第19話 ドライブ
織本莉奈の両親がやってきた。母親はボロボロと泣き、父親も目が赤かった。
お悔やみの言葉を言い、地下へ向かう。身元の確認をしてもらうと、間違いないと言った。顔は変形してしまっていたが、右手にある小さな丸いアザは、生まれたときからあったと証言した。
母親は変わらず泣き続け、父親も涙を落とし、両手を頭にやり髪の毛を掴んだ。
解剖の許可をもらい、応接室へ通した。お茶を持ってきた頃には、比較的に二人は落ち着き取り戻していた。
「娘を殺した犯人は、前にあった女子高生を殺した犯人と同じなんでしょうか……」と母親は静かな声で訊いた。
「おそらくはですが」と武藤が答えた。
母親は肩を落としたままで、首を振るだけでなにも言わなかった。
「塾の帰りに、行方がわからなくなったみたいですね」と武藤は質問した。
父親は涙を拭うと頷いた。「ええ、そうです……」
「何時頃です?」
「塾が終わったのは夜の九時頃でしたから、そのくらいの時間かと」
母親は鼻を啜りながら言った。「そうです、電話をかけたのはその時間帯でしたので」
「電話ですか?」
「はい。でもその電話は少しおかしなものでした。話の途中で切れてしまったんです。それも電話を出てすぐに」
「娘さんが消したわけではないんですか」
「いいえ、そんな感じじゃありませんでした。電波も悪いわけでもありませんでしたし、突然切れましたから。それに車に乗っているような音が聞こえたんです」
「車の!」と武藤は叫んだ。
古手川も体をこわばらせ、驚きの声を上げた。車に乗っていたとすると、その隣にいるのは犯人だ。犯人の手により、電話を消されたのかも知れない。
「娘さんは冷静でしたか? 怖がってる様子などは?」
「いえ、ありませんでした。至って普通に受け答えしていましたから」
「どんな内容の話ですか」
「塾終わったの? と私が訊いて、〈そうだよ、今〉って話し終える前に切れてしまいました」
やはり、犯人の手によって切られたのだろう。現在地や、自分が特定されるような情報を言われるのを恐れたのだ。
受け答えも冷静だったということは、知り合いか、信頼に足る人物が運転していたのだろう。襲われ無理やり連れ去られたわけではない。それだと電話に出られないし、冷静ではいられない。
複数人ではなく、一人の犯行かも知れない。複数人なら、着信があった時点で止められるだろう。それができないということは、一人である可能性がある。
知り合いという線がここで強くなった。事件もあったばかりだ、見知らぬものにはついていかないだろう。では、田宮舞花との共通の知り合いが犯人なのか? だがそんな人物がいるのだろうか。
「それでそのあとはどうしたんです?」と武藤は言った。
「はい」と父親が答えた。「電話が途中で切れたのは、そのときはあまり深く考えませんでした。でもなかなか帰ってこず、次第に不安になっていきました。何度も電話をかけてみても出ませんし、事件もあったばかりですので怖くなりました。それで警察へ行ったんです。並行して莉奈と仲の良い友達にも連絡してみましたが、見つかることはありませんでした……」
昨日の一連の映像を思い浮かべ、悲しみが押し寄せて来たのだろう。母親は口に手を当て、また涙を落とした。
「あなたが一人で帰っても大丈夫だって言うから!」と母親は怒鳴った。「私は危ないって言ったのに……」
父親は悔しそうに歯を噛み締めた。「お前の言う通りだよ……俺が、人通りの多いところを歩けば大丈夫なんて言うから……」
二人とも下を向き黙ってしまった。父親は一人で帰したことを後悔し、母親は旦那を責めたことを後悔しているようだった。どちらとも不要な後悔だった。すべては事件のせいだ。そして、犯人を早々に逮捕できなかった警察の責任でもある。
武藤は二人の様子をうかがいながら質問した。「娘さんに、素行の悪いものとの付き合いはありませんでしたか?」
「素行の悪い……?」と母親は顔を上げ言った。「いえ、ないと思いますが……」
「友達付き合いで上手くいっていないことはありませんでしたか?」
「ありません。娘は気さくな方ですし、顔に感情が出るタイプです。悩んでいたらわかりますから」
武藤は顎に手を当て頷いた。「彼氏などはいませんでしたか?」
「いません、聞いたことないです。うちはそういうのに寛容でしたから、彼氏ができたら言ってたと思います」
「あの人が怪しいと当てはまる人物はいませんか? ちょっとしたことでも構いませんので」
二人は顔を見合わせ、同時に首を振った。該当者はいないようだ。
「田宮舞花という少女はご存知ですか?」
「田宮舞花……どこかで聞いたことが……」と父親は言った。
母親も首を傾げ、
「私も……」と言った。
「田宮舞花は、初めの被害者です」
二人は納得したように頷いた。
「その田宮舞花と、娘さんは親交ありましたか?」
「いえ、ないはずですが」と母親は否定した。
父親も首を振った。
「そうですか……」武藤は下を向き背もたれに体を預け、腕を組んだ。
武藤が悩むのもわかる。やはり田宮舞花と関わりはないのだろうか? 古手川も腕を組み考え込んだ。
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