第18話 少女の遺体、二人目

 七時、公園の鳥たちが朝になったよと愛らしく鳴いている。吐き出す息は当然のように白く、鼻先と足先、それと太ももあたりも冷たくなっている。ヒリヒリとした痛みがあるのがわかる。古手川は左腕に巻いてある『捜査』と書かれた腕章の位置をなおすと、そのまま腕をさすった。


 公園は子供たちの憩いの場であるのに関わらず、多くの大人たちが集まり、忙しなく動き回っている。鑑識課はあたりの写真を取り、制服警官が聞き取り調査している。

 公園の外にいる野次馬たちは、ガヤガヤと喋り好奇の目を向けていた。見世物小屋の客たちも、こんな目をしていたのだろうか、と古手川は考えた。

 少女はたくさんの植木が生えた、人目を遮られる場所に捨てられていた。まわりはブルーシートで囲い見えないようにしているが、それが余計に野次馬の好奇心を煽るのだろう。少女の痛ましい遺体を見れば言葉をなくすのだろうが。


 古手川と武藤は手を合わせると、少女にかけてあるブルーシートを捲った。

 例によって股座をなく、裸。右足と左足が、クロスするように置かれている。田宮舞花と比べて、暴行のあとが目立った。特に顔だ。全体的に腫れ上がり、右目は完全に塞がってしまっている。左目の腫れは比較的に薄く、すぐ下にホクロが二つあるのがわかる。

 黒の長い髪は背中まであり、酷く乱れていた。それだけでも酷い暴力があったとわかる。古手川は少女が襲われている場面を想像し、頭を振った。


 古手川は野次馬の方をちらりと見た。この中に犯人がいるかも知れない。世間を騒がし喜んでいる愉快犯ならば、その現場を自分の目で見たいはずだ。

 しかしわかるはずがなかった。顔をしかめてるものもいるが、大半は対岸の火事を見つめるような心境だ。スマートフォンを持ち写真を撮ってるものもいる。ツイートする内容が目に浮かぶ。


 鑑識課の永田が遅れてやってきて、古手川と武藤は後ろへ下がり場所を空けた。永田はブルーシートを剥がし、少女の遺体を見た。

「公園に捨てるとは、大胆ですね……」と古手川は言った。

 武藤はこくりと頷いた。「慣れてきたってことだな。関心がなくなり、捨てやがった」

「やはり犯人は無作為に選んでるんでしょうか」

「その可能性は俄然高まったな」

「でも田宮舞花と共通の知り合いがいた可能性は消せませんね」

「ああ。この少女の身元がわかれば、田宮舞花と関係があるのかも調べなくてはな。しかし犯人と知り合いではないとすると、この少女は知らない奴についていったことになる。事件もあったのにどうして……」

「信用に足る人物だったんでしょうかね」

「ううん……」武藤は腕を組み、唸り声を上げた。

「おそらく被害者も十代ですよね。犯人は女子高生を狙ってるんでしょうか」

「可能性は高い。だとすると、犯人はある程度ターゲットのことを調べていたのかもな。その場で見ただけでは、女子高生かはわからんだろ?」

「確かにそうですね、女子高生を狙っていたとすれば。なら、犯人は高校生時代、なにか苦い経験があったのかも知れませんね。いじめだとか。その憎しみが事件を生み出した」

「ただのサディストかも知れん。断定するのはよくないぞ」

「はい」


 それからしばらくして、左頬にある大きなシミを掻きながら永田がこちらにやってきた。

「切り方や切り口に多少の差異はあるが、前回と同じだな。急いでいたのか興奮していたのか、切り方は雑だがね。暴行も今回は顔に多い。体などはあまり傷ついていないよ。首には絞殺の跡がある。これも同じだな」

「いつ殺されかわかりますか?」と武藤は言った。

「そうだな、二日ほどかな。捨てられたのは昨日の夜中か、今日の深夜だろう。また体液やらは出ないんじゃないかなあ」

「少女の体におかしな点はないですか」

「健康的な娘だよ。注射痕もタトゥーもない」

「そうですか、ありがとうございます」

「またなにかあったら言っておくれ」永田は少女のもとへ歩き出した。

「犯人の野郎、なにかヘマをしていたらいいんですがね」と古手川は言った。「慣れは慢心を生みますから」

「そうすれば大きな一歩を踏み出せるな。だが目下の目標は身元の特定だ。署に戻って探索願いをまた探ってみよう」

「わかりました」


 古手川らは黄色のテープをくぐり、野次馬の視線を集めながら車に乗り込んだ。


 署に戻ってくると、二人目の被害者が出たということもあり、主任の顔は渋くなり空気がこわばっていた。はやく犯人を捕まえろと、鋭い視線で訴えかけてくる。


 椅子に座り、パソコンを操作し探索願いを見ていく。被害者が県内出身とは限らない。近隣ならまだ探しやすいが、地方ならば少々面倒になるだろう。まずは管轄内からだ。

 しかしそれは杞憂だった。二日前に行方不明になった少女がおり、左目のすぐ下にホクロが二つあった。髪も背中まである。殺害されたのはこの少女ではないだろうか。

 名前は織本(おりもと)莉奈、年齢は十七。希望桜高校の生徒で、載っている画像は制服姿だった。塾の帰りに行方がわからなくなった。制服を着用していた。


 武藤を呼び画面を見せると、

「殺害されたのは、この少女で間違ないと思うんですけど、どうです」と古手川は訊ねた。

 武藤は前のめりに顔を近づけ画面を見ると、

「希望桜高校……」と呟いた。

「知ってるんですか?」

「内海が教師をしてる学校なんだよ」

「内海って刑事を辞めたあの内海さんですか?」

「そうだ」

「教師になってたんですか、へえ」


 刑事を辞めてもまた身近に事件が起こるとは、なんの因果だろうか。それも自分の生徒が殺されてしまうなんて。


「あいつにも申し訳ないな……」武藤は苦い顔をし、ため息をついた。

「とりあえず家族の方に連絡を取りましょうか」

「そうだな、俺が連絡しておくから、お前はまた応接室を確保しておいてくれ」

「わかりました」


 古手川もため息をつきたい気分だった。被害者の遺族に合うのは憂鬱だ。自分への情けなさと申し訳なさで、心が痛くなる。誰も人が悲しんでいる姿を見たくはない。

 けれど、それが刑事としての責務だ。古手川はそう自分に発破をかけた。

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