第17話 酒と従妹と休日
翌日、朝礼が終わると、先日のように林が内海の席にやってきた。表情も先日と同じようにいかめしい。
「昨日、生徒が不良に絡まれてたみたいね」
やはり話は広まっていたか。内海は小言を聞かされる覚悟で、はいと返事をした。だが戻ってきたのは意外な言葉だった。
「ありがとう、生徒のために。よくやってくれたわ」
内海は驚いて林を見た。いかめしい顔には変わりないが、皮肉でないことはわかる。先日とは違い、柔らかな雰囲気がある。
「でも、元刑事だからといって一人で行くのは危険だわ。私でも誰でもいいから、他の先生を呼んでね」
「はい、わかりました」
「身を呈して生徒を守ってくださって、ありがとう」林はぎこちない笑みを見せると、背を向け職員室から出ていった。
あのいかめしい顔は普段の責務から染みついたもので、必ずしも表情と内にある感情は一致しないのかも知れない。
内海に善行をしたつもりはなかったが、悪くない気分だった。笑みがこぼれ、朝から活力が湧いていた。
まわりの教師は小言を望んでいたらしく、落胆した素振りを見せていた。野次馬がまばらに去り行く姿を、内海は思い出していた。
土曜日、内海は昼間からウイスキーを飲んでいた。昼食はコンビニで買った、たまごサンドを一切れを食べただけだった。
ソファーに仰向けに寝転がり、顔を持ち上げウイスキーを飲むと、テーブルにグラスを置いた。天井を見ると、ぐらぐらと揺れていた。すでに二杯ほど飲んでいたため、酔いが回ってきたらしい。良い心地だ。
グラスを取ろうと手を伸ばしたところで、チャイムが鳴った。内海は顔をしかめた。酒はいったんおわずけだ。
内海は立ち上がると、扉へ歩き出した。覗き穴から来客を見てみると、あおいがいた。鼻から中心に、顔が湾曲している。
チェーンを外し、扉を開けた。あおいは笑顔を浮かべ、手を挙げた。
「こんにちは、凛姉ちゃん」
「どうしたんだ、あおい」
「ごめん、約束もしてないけど遊びに来ちゃった。今日忙しい?」
「いや、そんなことない。入って」
「ん、酒の臭い? 昼間から飲んでるの?」
「まあね。さあ」
あおいはお邪魔しますと言い、中に入ってきた。靴を脱ぎ、廊下を歩いていく。リビングに入ると、テーブルに置いてあるグラスに目を向け、呆れたように吐息をついた。
「なんだ、飲みたいのか?」と内海は言った。
「休日だからって、酒ばっかり飲んでちゃ駄目だよ。体壊すよ」と生徒に正論で注意された。
「休日に酒を飲もうが私の勝手だよ、先生」内海はソファーに座ると、グラスを持ちウイスキーを飲んだ。「遊びに来たと言っても、トランプもましてやゲーム機もないぞ」
あおいもソファーに座った。「いいよ別に。今の時代、スマホがあればなんでもできるから。それに凛姉ちゃんの生活がどんなのか見たかったからさ」
「さっそく駄目なところを発見されたわけか」
「酒は折り込み済みだけどね。部屋も綺麗みたいだし、食器も溜めてないみたいだね。とりあえず安心かな」
「まるで田舎から来た母親みたいだな」
あおいは頬に手を当て声色を変えて言った。「凛の花嫁姿はいつになったら見えるのかしらぁ」
「ふふっ、それはもういいんだよ」
あおいも声に出し笑い、口に手を当てた。「せっかく田舎から出てきたし、今日は泊まっていこうかな」
内海は首を傾げ、ウイスキーを飲んだ。「私がいいよって言うかな?」
「もう」とあおいは笑いながら言った。「ああそうだ、凛姉ちゃん。あの不良との一件で、人気が急上昇してるみたいだよ。みんな凛姉ちゃんのことカッコイイだってさ、良かったね」
「そうかい」
「照れてるみたいだね、嬉しいくせに」
「それより、あれからあの少年は莉奈に近づいているのか」
「莉奈に訊いてみたけど、ないみたいだよ。恥ずかしくて会えないのかもね」
「まあな。好きな女の前であれだけやられたらな」と内海は言うとウイスキーを飲んだ。「莉奈の様子はどうだ」
「別に普通だよ。凛姉ちゃんに感謝してたし、なにかあったら先生を頼れるって安心してた」
「莉奈に手荒な真似をしなければいいんだがな」
「でも凛姉ちゃんが助けてあげるんでしょ?」
「いつでも私がそばにいて助けられるわけじゃない。止められないこともある」
「──確かに……そうだね……」あおいは視線を下げ、ほんの一瞬だが悲しそうな表情と瞳を見せた。半年前の事件を思い出しているのかも知れない。いつでもそばにいて助けられるわけじゃない。その言葉は半年前の事件にも当てはまる。誰もが気づかず助けられるず、止めることができなかった。
内海はウイスキーを飲みきると言った。「莉奈、今日泊まっていくか?」
あおいは顔を上げた。「え、いいの?」
「ああ。また本格ミステリーの話でも聞かせてくれ」
「うん、わかった! 泊まらせてもらうよ! ──あっ、凛姉ちゃんお酒なくなってるよ。注いで上げる、ほらほら」とあおいはウイスキーの瓶を掴んだ。
「わかりやすい反応だな」内海はグラスを持ち上げた。
「ふふっ、まあね」あおいはご機嫌でグラスにウイスキーを注いでいく。たちまちグラスは綺麗な色に染まり、光で宝石のようにきらりと煌めいた。
内海は礼を言い一口飲んだ。たまには誰かと夜を過ごし眠るというのも、いいものかも知れない。
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