第14話 DJ……

 タバコを二本ほど吸い、そのあと職員室に戻ると小テストの採点を始めた。生徒の回答にマルやバツを書いていくのは、初めのうちは楽しかったが段々と眠気が襲ってきた。タバコを吸いリラックスしたかったが、人の目もありあまり休憩できなかった。


 気がつくと時刻は十九時になっていた。あおいに言った通りの時間に終わった。外はすでにすっかりと暗くなっている。風でがたがたと窓が揺れた。身も凍る寒さだということがわかる。

 内海は机の上を整頓し、立ち上がるとアウターを着た。職員室にはまだ数名の教師が残っており、おつかれ様でしたと挨拶すると、みな疲れた顔をして元気のない声で返事した。

 暖房の効いた職員室を出ると、ぶるりと身を震わせた。吐き出す息は白くなっている。


 階段を下り、廊下を歩いていると、前にあおいが歩いていた。内海を見つけると、にこりと笑い右手を振った。


「凛姉ちゃんもいま帰り?」とあおいは小走りで近づきながら言った。

「はやく帰れと言っただろうに」

 あおいは内海の前に立ち止まった。「書いてたら止まらなくなっちゃって」

「須藤もか」

「ううん、もっとはやくに帰ったよ。陽が昇っているうちに帰ったから、安心して」

「それだといいがぁ、あおいもはやく帰らなくちゃいけないだろ」

「ほんと言うと、凛姉ちゃんも遅くなりそうだったから、一緒に帰ろうと思ったんだ。七時くらいに終わるって言ってたし」

 内海はため息をついた。「仕方ないな。帰ろう」

「ありがとう、凛姉ちゃん」

「行こう」


 靴を履き替え外へ出ると、車に向かい乗り込んだ。あおいは内海を見て目を細め笑い、嬉しそうにしている。内海も釣られてくすりと笑い、エンジンをつけ車を発進させた。


「今日も家に食べにくる? お母さんもお父さんも喜ぶよ」

「いや、やめておくよ。採点で疲れて、はやく酒を飲みたいんだ」

「好きだなあ、お酒。飲み過ぎると体壊すよ」

「きっとすで壊れてるさ」

「もう」とあおいは笑った。「でも、こうして二人きりになるのも久しぶりだね」

「そう?」

「始業式のとき廊下で話したのは他の生徒もいたしさ、誰もいないところで話すのは久しぶりだよ。きっと半年前の病室以来」

 内海はハンドルを握る力が強くなった。この話題を避けてきたツケが回ってきたのかも知れない。半年前の事件の情景が頭に巡りながら、内海は言葉を探った。数秒間の沈黙があった。だがけっきょくは、石ころのように転がっている有り触れた言葉を選択するのだ。

「……早いもんだな、時間が経つのも」

「そうだね、ほんと。あっという間に凛姉ちゃんもおばさんになるんだよ」


 内海は笑った。あおいの方が言葉を選ぶセンスがある。


「それもそうだな」

「いつになったら凛姉ちゃんの花嫁姿は見れるんだろう……」

「親みたいなこと言うんじゃないよ」


 あおいは楽しいそうに声に出し笑った。気まず空気を作り出してしまったのに、あおいのおかげでそれも吹き飛んでしまった。

 十代の娘に、内海は助けられたのだ。この機転と要領の良さは、学ばなければならない。刑事時代から、それは苦手だった。

 そのあともあおいはこの場を楽しみながら、笑みを見せ話していた。内海としても、一人でラジオを聴きながらよりも、酒をはやく飲みたいなと焦がれながらよりも、楽しい帰宅になった。はやく酒を飲みたいという思いは、変わりはしないが。

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