第12話 半年前の事件
古手川らが部屋に入ってきたときとは違い、憑き物が取れたように晴れ晴れとした表情で七瀬智也は帰っていった。刑事さん、どうか犯人を捕まえて下さい、と言って立ち去った智也は、胸を張っていた。
「七瀬智也は犯人ではなさそうですね」と古手川は言った。
「だが未成年との淫行という観点では逃れられないがな」
古手川はくすりと笑った。「そうですね」
応接室から立ち去ろうとしていると、扉にノックがあった。武藤がどうぞと言うと、検視官が入ってきた。今朝、田宮舞花の父に身元確認を取った検視官だった。右手にファイルのようなものを持っている。
「解剖の結果が出ました」
「どうだった?」
検視官は残念そうに首を振った。「体液や指紋、毛髪などの犯人に至る証拠は見つかりませんでした。犯人のやつ拭いとったらしいです」
「そうか……」
「死亡時刻は事件があった日の二十三時から、翌日の一時頃と見られています。死体の損傷もありますし、それ以上は絞れないですね」
「それで上等だよ」
「それと体にある暴行のあとですが、なにか棒状のもので殴った形跡も見られます。あとは素手でも何度か殴っているようです、かなり強く。それと、後頭部や背中などには暴行のあとは見られませんでした。後ろから襲ったわけではなさそうです」
「首を締めた凶器は?」
「紐状のものとしかなんとも……」
「そうか。やはりレイプなのか?」
「そうですね、その可能性はやはり高いです。お腹や胸元にも暴行のあとがありました。服を脱がせて、暴行したと見られます。ただの殺しなら、顔などに暴行のあとが集まりますので」
武藤は渋い顔を浮かべ頷いた。「ありがとう」
「このファイルに詳しいレポートが書いてありますので、詳しいことを詳しくはこれを見てください」検視官はファイルを少し掲げたあと、机に置いた。「では」
検視官は頭を下げ、部屋を出ていった。
指紋も体液もなし。予期していたことだが、捜査は難航しそうだ。たった今容疑者が消えたところでもある。
応接室を出て、武藤と自販機にコーヒーを買いに行った。
蓋を開け一口飲むと、窓の外を見た。かすかではあるが、少しづつ少しづつ暗くなり始めている。肉眼では確認できないが、少しづつ影も伸びている。まだ明るく陽に元気はあるが、あと二時間もすればそっぽをむき、街に暗闇をもたらす。家路へ急ぐ人々が星を見上げて、綺麗だなと思い始める。
犯人も星を眺め、そんな感想をのうのうと浮かべるのだろうか?
反吐が出る──古手川は眉間にしわを集め、缶を強く握った。
犯人はいったいどんな人物なのだろう。田宮舞花の知り合いなのか? それとも第三者によるものなのか。たまたま彼女が選ばれただけで、誰でも良かったのだろうか。痴情のもつれなどによる怨恨よりも、今は快楽目的の線の方が強い。その可能性は高いだろう。
なら、犯人は物色はしなかったのだろうか? どの娘が良いか、と。そのターゲットを選んでいるときも、楽しいはずだ。通販サイトの服を選ぶときのように。
では考えられるのは、街でたまたま見かけその場で襲ったのか、前からマークをつけていたのか、そのどちらかではないだろうか? となれば、田宮舞花は連れ去られたと考えたほうがいいかも知れない。
「誘拐……」と武藤は目を瞑り呟いていた。武藤も同じ考えであるらしい。
「武藤さんもそう思いますか」
「ん? ああ……」武藤は目を開けた。「まあそうだな。まだ知り合いという線も、ナンパの類いという線も消せないがな。その人物が、信用に足る人物だったのかも知れんし」
「そうですね……あっ」古手川はそこで思い出したことがあった。「そういえば、半年前にもありましたよね、女子高生が誘拐された事件。犯人は教師でしたっけ?」
「そうだな……」
「しかも犯人の母親が、精神を病んでそのあと自殺してしまったんですよね」
「ん、ああ……」なぜか武藤の反応が悪かった。目を逸らし、頬をポリポリと掻き、コーヒーを一口飲んだ。
「ああ、そうか。武藤さんが担当でしたっけ?」
「まあな……」
「ぼくが着任する少し前に起こった事件だったんで、気になってたんです。内海さん? でしたっけ? 一緒に事件を担当していたのは。辞めちゃったけど、評判の良い方みたいですしね」
「そうだな、惜しいやつが辞めちまったよ」
「その事件、どこか心の片隅にあったからですかね、数ヶ月前ですけど、事件のことが載ってる写真週刊誌をコンビニで発見したんです。表紙の文字が目につきまして」
「そうなのか? どんな内容だった」
「酷いもんでした。被害にあった女子高生は転校したのに、学校からの帰宅途中の写真を撮られてました。モザイクは入ってましたけど、黒の長い髪は写ってましたし、制服も。さすがに校章は隠されてましたけどね。せっかく実名報道される前に解決したというのに」
「ちっ、悪質だな。静かに暮らせてやればいいものを……内海も不憫だぜ……」
「ぼくも含めてですけど、一定数読む人がいるのが厄介ですよね」
「まあ、そんな低俗な雑誌の内容なんて、すぐみんな忘れちまうさ」武藤はコーヒーを飲みきると、乱暴にゴミ箱に捨てた。
「まあ、ぼくは覚えていたんですけどね」
武藤は笑った。「お前はいちいちくだらねえことを言わなくていいんだよ」
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