第8話 捜査

 高校への連絡はすでにできており、田宮舞花とショッピングに行っていた友達から話を聞けることになった。シルバーのクラウンに乗り込み待機していると、武藤が腹を揺らし駆け足でやってきた。扉を開け助手席に乗り込むと、待たせたなと言った。


「ご両親、どうでした」

「足取りはしっかりしていたよ。犯人を必ず捕まえてくれと何度も言われた。娘が殺されたんだ、当然だよな」

「そうですね……。それに普通の殺され方ではありませんし」

「ああ、そうだ。檻に放り込んでやろう。よし、出してくれ」

「はい」


 古手川は車を走らせた。

 それから数十分後、高校に到着した。駐車場に車を停めると、外に出て玄関に向かった。玄関扉を開けると左手に事務の窓口があった。

 古手川が顔を覗かせると、近くに座っていた女性が気づきこちらにやってきた。

 警察手帳を見せ名を名乗る。女性はあっと口を開け、お待ちくださいと言った。職員室に電話をかけているようだった。

 待っているあいだ、武藤はガラスケースに飾られている数々のトロフィーを眺めていた。野球や陸上の大会、ロボット競技のトロフィーまである。玄関にトロフィーを置いてあるのは、待ち時間に見てもらうためではないかと古手川は気づいた。

 階段から小太りの女性と長細い男性が下りてくると、目の前に立った。互いに自己紹介を交わした。女性はこの学校の校長で、谷川(たにがわ)といい、長細い男性の名は冴木(さえき)といい、田宮舞花の担任教師だった。

 来客用の緑のスリッパを出され、それを履くと谷川らについて行った。

 階段を上がり、廊下を少し歩いて右手に職員室があった。中に入ると、教師たちが一斉にこちらに振り向いた。鋭い視線だった。だが、教師に咎められるような、悪いことをした覚えはなかった。

 職員室を横切り、校長室に入る。谷川がソファーに手を向けどうぞと言うと、古手川と武藤は少し頭を下げ座った。すると谷川と冴木も目の前に座った。


「お忙しいところ、申し訳ありません」と武藤は言った。

「いえ、そんな」と谷川はあたふたとして言った。刑事を目の前にして少し緊張しているようだった。だがそれも無理はない。殺された生徒の事情聴取でやってきたのだから。

「ではさっそく七瀬(ななせ)瑠衣(るい)を呼んで来ましょうか?」と冴木は言った。

「七瀬瑠衣というのは、田宮舞花さんと遊びに行っていたという友達ですか」

「ああ、ええ、そうです」

「一旦は大丈夫です、先に冴木さんに訊ねたいことがありまして」

 冴木はごくりと唾を飲み込んだ。「は、はい、なんでしょう……」

「少し質問させてもらうだけですので、そう緊張なさらないでください」と武藤は手のひらを見せ言った。「舞花さんは、どのような生徒でしたか?」

「はい、舞花はとても良い生徒でした。成績も優秀でしたし、私どもの言うこともちゃんと聞いてくれました」

「なにか悪さをしたことはありますか?」

「悪さですか……」冴木は目を左上に向け考えた。「授業中の私語などはありましたけど、特にこれといっては……」

「そうですか。友人関係はどうです? 仲間内ではいびられていただとか、逆にいじめっ子のタイプだったとか」

「いや、どちらもないと思います。友達と話しているところを見ましたが、仲良くしているようでした。他の生徒と揉めたこともありませんし、男子生徒とも仲が良かったですから」

「では、数日間のあいだで変化はありませんでしたか? 気分が落ち込んでいたようだとか」

 冴木はまた目を左上に向け考えた。「……いえ、思い当たらないですねえ」

「わかりました。ありがとうございます。大変参考になりました。では、お友達の七瀬さんでしたっけ? 呼んでもらってもいいですか」

「は、はい、わかりました!」冴木は慌てて立ち上がると、部屋を出ていった。

 谷川はあっと声を出し、立ち上がった。「そういえばお茶を出すのを忘れてましたね。いま入れてきますので」

「いえそんな、お気になさらずに」

「そんなわけには……失礼します」谷川は頭を下げ、部屋を出ていった。気まずさが勝り、立ち去りたかったのかも知れない。気持ちはわからないでもなかった。


 ややあってから谷川がお茶を持ってきて、すぐに冴木と七瀬瑠衣が入ってきた。七瀬の顔は暗く、目が充血している。友達の訃報を聞き疲弊していた。緊張しているのも見て取れた。きつく咎められるのではないかと思っているらしい。

 七瀬が座ると、その横に冴木が座った。大丈夫かい、と冴木は話しかけ、七瀬はかすかに頷いた。

「七瀬さん、ごめんね、呼び出したりして」と武藤は前のめりになり、顔を覗き込み言った。

「いえ、舞花のためですから……」

「ありがとう、必ず犯人を捕まえて見せるから」

「はい」

「おじさんの名前は武藤、こっちのお兄ちゃん古手川」武藤は幼児に語りかけるように優しく言った。

「よろしくね、七瀬さん」と古手川は笑みを作り言った。

 七瀬は目を見つめながら頷いた。少しは緊張がほぐれたらしく、体の力みがなくなっていくのがわかった。


「ショッピングに行ってたんだってね。なにを買いに行っていたんだい?」と古手川は訊ねた。

「服を買いに行ってたんです」

「へえ、いいな。舞花さんも服を?」

「はい、何着か買ってました」

「そうか。最後に別れたとき、舞花さんはどこかに行こうとしているようだった?」

 七瀬は首を振った。「いえ、家に帰ろうとしていました」

「遊んでるときに誰かから連絡はなかった?」

「なかったです。家に帰ってしばらくして、舞花のお母さんから電話がかかってきて、私も驚いたんです。まだ帰ってなかったんだって。あの後どこかに行くとも思えなかったし、家に帰ってきて私も連絡を入れたんですけど返事がなかったし、なにかあったのかなあって。まさかあんなことになるなんて……」

「お母さんから連絡があって、もしかしてあそこに行ったのかも、って当てはまるような場所はなかった?」

「ありません。門限もあるし、舞花はいつもちゃんと守っていましたから」

「買い物中、怪しい人とか見なかった?」

 七瀬は顎に手を当て、数秒ほど考えた。「……いえ、いなかったです。知り合いとも会いませんでしたし」

「その買い物中、写真とかSNSに上げたりしてた?」

「はい、お店の写真と、途中で買ったスタバの写真を、私も一緒になって上げてました」

「そうか……そうか……」古手川はソファーに腰を沈め腕を組んだ。「ああ、そうだ、舞花さんのSNSのアカウントを教えてくれる?」

「ツイッターのですか?」

「そう、教えてくれるかな」


 古手川がスマートフォンを取り出すと、七瀬も取り出した。田宮舞花のアカウントを教えてもらっているあいだ、武藤は目を閉じ瞑想をしていた。事件の模様が頭の中を駆け巡っているに違いない。谷川と冴木は、少々暇を持て余しているようで、しきりに体や顔を動かしていた。退席したそうにしている。

 アカウントを教えてもらい、古手川はスマートフォンをしまった。「ありがとう」


 武藤は目を開けると、七瀬を見つめ言った。「舞花さんには彼氏がいたよね」

「はい」

「なんだか揉めてる様子はなかったかな」

「いえ、ないと思います。ずっと話題にも出てきませんでしたし」

「なら、元彼のことをまだ想ってるってことはなかった?」

「いえ、それもないと思います。さっき言ったように、話題にも出てきませんでしたし、新しい彼氏を作ろうって前向きになってましたから。ルージュに髪の毛を切りにいって、気分も変えてました。私にも、素敵な人がいたら教てねって言って」

「彼氏と別れた理由って聞いてる?」

「わかりません、教えてくれませんでしたし。話したがらなかったから、無理に聞くこともしませんでした」

「新しい彼氏を求めていたんだよね、ナンパとかされたら応じてたと思う」

「ううーん……ないと思いますね。舞花、けっこう固かったので」

 武藤はこくこくと頷いた。「最近、親しくなったって人はいない?」

「私は聞いてません。いたとすれば、私に言ってきたと思います」

「じゃあ、素行の悪いものとか、怪しい人物の付き合いとかはなかった?」

「はい、ありません」

「そう、か……」


 田宮舞花の生活態度や交友関係などの証言は、みな同じだ。不審な点はない。買い物を楽しみ、SNSを楽しみ、彼氏を作りたいと思う。どこにでもいる、一般的な女子高生だ。知らずのうちに、不運なくじ引きに当たってしまったということなのだろうか。

 すべての質問が終わり、七瀬は退出した。部屋を出る前に深々と頭を下げ、舞花の仇を取ってくださいと言った。武藤はこくりと頷き、必ずと言った。


 そのあと、谷川や冴木と言葉を交わしたあと、古手川たちも退出することにした。

 谷川が扉を開け、部屋を出て、玄関口に向かった。谷川と冴木らは前を歩き、見送りにやってきた。

 靴を履きながら、武藤は言った。「生徒たちに不審者には充分気をつけ、はやく帰るようにと伝えておいてください」

「はい、わかりました」と谷川は頭を下げ言った。

「それでは、ありがとうございました。失礼します」

「失礼します」と古手川も頭を下げた。

 谷川と冴木も丁寧に頭を下げた。


 外に出て、車に向かっていると、校舎から懐かしいチャイムが聞こえてきた。学生時代の思い出が甦った。あの頃はどんなことをしていても楽しかった。辛いことも苦しいこともあったはずだが、人の記憶というのは勝手だ。


「先にお昼にしようか」と武藤は寒そうに手を擦りながら言った。「そのあとに元彼の佐藤優斗のところだ。今日はE大の休校日らしいから、家にいるんじゃないか」

「わかりました。でも遊びに行ってるかも知れないよ」

「それならまた訪ねるさ」

「それもそうですね」

 車に乗り込むと、定食屋に向かった。

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