勇者と紙飛行機と

一兄サン

第1話 幼なじみが勇者

退屈だ。酷く。


退屈だ。


先代の魔王が討伐されてから十数年。新たに魔王を名乗る魔族が現れたらしい。

魔王誕生とは言っても魔物が凶暴化するとか町が襲撃に会うとかそういった事は今現在起こっていない。

正確には魔物は多少なりとも凶暴化しているらしいが戦う機会なんて無い俺には実害すら感じないレベルの些細なものでしかなかった。


「なあ勇者」

本を破り取った紙で追られた紙飛行機が飛んでいく。

飛ばしていたのは真っ赤な髪を両サイドで縛っている幼なじみのカレン。

「私は勇者じゃない」

昔から彼女は口数が極端に少なかった。話すのが苦手なのか俺以外とまともに会話しているのを数度しか見たことがない程に。

いつも同じトーンで声を発するのをみると人生に諦観しているのかとさえ思えてくる。

飛んでいる紙飛行機が高度を落とし始めると代わりにもう一つ折っていた紙飛行機を飛ばす。

「そうだったな」

彼女の手から離れた紙飛行機を眺めながら初めて彼女が勇者だと知った日を思い起こす。


"奇跡"と呼ばれるものがある。

基本的には先天的に持っている奴が持っている能力だ。

才能と言った方がしっくりくる気がするそれを俺はたまたま一つだけ持っていた。

初めてそれを認識したのは物心着いた時からだった。

父親の頭上には農民、母親の頭上には冒険者という文字が浮かんでいた。

みんな当然に見えているものだと思っていたのだけど、どうやら違うらしいという事に気がついたのは六歳頃だったか、それ以前だったか。

俺がカレンと初めて会ったのもその頃で遠方の村からの移民であったカレンの頭上には勇者という文字が浮かんでいた。

もちろん同じ言葉が浮かんでいる人は町には居なかったから幼い俺はそれがどんなものなのか知らなかったし別に知りたいとも思わなかった。

父親が旅商人から買った一冊の英雄譚に勇者という文字を見つけて、母親に読んでもらった時に初めて俺は勇者というものを理解した。



彼女は多分世界で一番不幸なのだろうと思った。

もちろん幼い頃の自分が感知できる小さな世界の中でだけど、人類のために辛い戦いを強いられるのはどこの何よりもつらいのだと思った。




――――――



初冬。

例年よりも幾分も寒くて動くことも億劫だったがカレンは朝から機嫌が良かった。

表情はいつもとさして変わらないけれど笑顔が多く声もワントーン高かった。

カレンはやはり今日も室内で紙飛行機を折っている。

三機折り終えるとカレンは渋る俺を無理やり連れて外に出た。



「見てて」

一言彼女が言いいつもと同じように紙飛行機を飛ばすのを外に置かれた椅子に座りがながら見守る。

折り方はいつもと変わらない。

投げ方も変わらないのだが、

いつもと違っていたのはいくら眺めていようと高度が落ちなかったこと。

さらに驚くべきことに紙飛行機は十メートルかそこいらで綺麗に旋回してカレンの手元に戻ってきた。

「魔法が使えるようになったの。私を絶対に一人にしない紙飛行機を飛ばせる」

なんでも無いふうに語っているがその声はとても誇らしげだった。

「やっぱり勇者は違うな」

「私は勇者じゃない」

「そうだったな。ところで飛行機ってなんだ?紙は分かるけど」

もう一度カレンが紙飛行機を投げる。

この時間が嫌いではなかった。カレンが紙飛行機を飛ばすようになってから五年間、雨と雪と強風の吹く日以外は毎日一時間以上紙飛行機を眺めている。

夏は熱いし冬は寒いけれど俺はこの時間が嫌いではなかった。



―――



「そういえば、俺冒険者になりたいんだけど」

「そう」

「一緒にやろうぜ」

どうやら勇者は必要なさそうだと勝手に勘違いしてしまったのは更に二年後。十四になってからだった。

魔王が誕生した八年前から今まで魔物の進行なんてものは無かったし、むしろ以前にも増して平和になった気さえしている。

「グリムおじさんに剣術を教えてもらうんだけど一緒にやらないか?」

「いいよ」

この町では一番強い冒険者である親父の知り合いに稽古をつけてもらえることになった。

いつか勇者のカレンと魔王を討伐する、などと妄想しながら毎日剣を振るうようになった。




「君は凄いね」

「なにが?」

「そんなに一生懸命に頑張れて」

いつも通り紙飛行機を飛ばすカレンを後ろで見守る時間も剣を振るうようになって半年が過ぎた頃カレンは急にそんな事を言い出した。

「別にそんな事無いだろ。俺の何倍もカレンの方が凄いと思うぞ」

「私は何も頑張っていないよ」

今日は二機の紙飛行機が空高くを飛んでいる。

宙返りや旋回を繰り返しながらしばらく飛び回っていた紙飛行機は急に高度を落として地面に落ちてしまった。

「疲れたのか?」

「少し」

紙飛行機を拾ったカレンが野ざらしにされてボロボロになっていた椅子に腰掛ける。

「やっぱり凄いね君は」



―――――――――


「王都から偉い人が来たぞ」

十六になる誕生日を迎えてすぐの事だった。その知らせを受けて嫌な予感がした。

俺が生まれてからそんな事一度もなかったのだ。町の大人が言った"偉い人が来た"という曖昧な表現からもこれが滅多に無い事なのだとわかった。

勇者であるカレンを迎えに来たのかもしれない。まだ確定した訳では無かったのに途端に悲しくなってくる。

焦るようにして町の人達が集まる中央広場まで向かった。



『預言者が勇者を見ました。あなたこそ勇者になるべきお方です』


嫌な予感は大きく外れて、勇者として選ばれたのは俺だった。

いかにも高そうな服を着た高官が俺に片膝を着いてそう言う。

「は?」

町の人達が見守る中で呆れたような声が出た。

どうやら人違いをしているようだ。

預言者とやらと、目の前の男性とで共有時に齟齬があったのだろうか。

「勇者は」 隣の彼女だ。

訂正の言葉を言いかけながら隣を見る。

「⋯⋯」

「なんでもありません」

勇者はやっぱり可哀想だと思う。

命をかけて魔王討伐に赴き辛くて痛くて苦しい思いをしながら大勢を救わなければいけない。

『一度国王様と謁見願います』

「私もついて行く」

意外にもカレンはそう言って俺の目を真っ直ぐと見てきた。

どこか機嫌悪そうに紙飛行機を潰すように小さく折りたたみ呟くように何かを口にした。

「君はやっぱり凄いね」









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