第八幕 呪われた幽霊画

 T県S市は安仁寺を訪れた紅倉は、若き住職にまるで禅問答のような質問をした。

「一万円であの幽霊画を売るのと、五十万円でこちらの用意する絵を買うのと、どちらがいいですか?」

 はあ?と美女二人をデレデレ眺めていた住職はちんぷんかんぷんな顔をして考え、言った。ちなみに紅倉はお寺の本堂にも関わらずお行儀悪く脚を投げ出して座っている。

「そりゃあ一万円で買ってもらった方が……」

「ファイナルアンサー?」

「ファ、ファイナルアンス………」

 住職は紅倉の悪戯っぽい顔を見てう〜むと考えた。

「ねえ、そんな意地悪しないで、教えてくださいよ〜? どういうことなんです?」

「五十万払えばこちらの用意する絵とセットで公開できるようにしてあげます。五十万の元手を取り返すことが出来るかどうかはそちらの商売のやり方次第。本当は五百万ふっかけてやりたいところですけどね?」

「お客呼んで拝観料取ってもいいんですかあ?」

「どうぞお好きなように」

「五十万……稼げます?」

「確実に」

 自信満々の紅倉に住職はう〜〜んと考え、ええいと答えた。

「五十万円で買った!」

「ファイナルアンサー?」

「ファイナルアンサー!!!」



 と言うわけで、紅倉はいったん女幽霊の掛け軸を預かり、最近知り合った都心の高級画廊に持ち込み、店長に絵を診てもらった。

 掛け軸を開く前に、

「これ、見ると祟られるんですよ〜? 覚悟してくださいね?」

 と言いながら、スルスル、芙蓉に開かせてしまった。

 おお、これは繊細な筆で描かれたなかなか見事で美しい女である。

 スルスルスルと下まですっかり開いてしまうと……、

「あっ」

 芙蓉も店長も驚きの声を上げ、う〜〜むと困った顔をした。

「子どもの……悪戯でしょうか?……」

「ええ。七十年前の悪ガキのね」

 幽霊と言えばお馴染みの脚が透けた姿を描いたのは応挙が最初と言われているが、この絵も、腰から下が徐々に透けているが、なんと、その女性の大事な部分に、下手くそな墨筆で下向きの矢印が悪戯書きされているではないか! これではすけすけの大事なところを見られた女が「見たわね〜〜」と祟っても無理はない。まあ先先代だか先先先代だかの住職もこんな破廉恥な物を衆目に晒すわけにはいかず、以来「呪いの絵」として封印したのも、まあ、肯ける。

「これ、直せます?」

 状態を子細に調べて店長は、

「まあ…、なんとかなると思います」

 と請け負った。

「それともう一つ、うんと安い絵でかまわないんですけれど……」



 と、修復された絵と、買い求めた絵を携えて再び紅倉芙蓉は安仁寺を訪れた。

「それでは七十年ぶりのお目見えです。どうぞー」

 紅倉の紹介で、前に住職を正座させて、芙蓉が壁に掛けた掛け軸をするすると開いていった。

 怖そうにドキドキと見守っていた住職は、

「………あ、れえ〜〜〜?」

 と首を傾げた。

「なんだ、どんなに怖い絵かと思ったら、ずいぶんべっぴんさんじゃあないですか?」

 住職は美しい女幽霊の絵姿に鼻の下を伸ばした。きれいに修復された絵に、大事なお股に「↓」なんていうイタズラがされていたなんて夢にも思わない。

 鼻の下を伸ばす住職を紅倉は

「祟られるわよ?」

 と脅した。住職は慌てて

「そりゃ話が違いますよ〜」

 とべそをかきそうになって恨み、紅倉は

「そこでこちらの商品です」

 と、深夜のテレビショッピングよろしくもう一つの掛け軸を紹介し、芙蓉に反対の壁に掛けさせ、開かせた。

 こちらは涼やかな目をしたなかなかイケメンな役者絵である。

「絵を飾るときはこのようにして女幽霊に見えるようにこの絵をいっしょに飾ること。この仲間の色男に見つめられていれば女幽霊も外の人間に祟るような悪さはしません」

「はあはあ、なるほど」

 と住職は二枚の絵を見て感心した。

「これで一般の人たちにも公開できますね?」

「ウハウハでしょ?」

 紅倉はセールスを終え、現金五十万、確かに住職から受け取って寺を後にした。



 帰り道。

 平日で空いた道の駅に立ち寄ってソフトクリームを舐めながら、紅倉は解説してやった。

「あれ、やっぱり有名な応挙の幽霊のバリエーションなんでしょうね。お弟子さんなんかにも何枚も写しが描かれて、幽霊画のスタンダードな形になったんでしょうね。幽霊画と言えばこれ!と、田舎のお客さんに求められて、絵師も注文通りに幽霊らしい幽霊を描いたんでしょうね。

 描かれた幽霊にしてみれば、人を怖がらせるのが商売で、一生懸命人を怖がらせようと頑張っていたんでしょうねえ。なかなか上手い絵のようだから、時には絵を抜け出してちょっとしたイタズラをするようなこともあったかもしれないわねえ?

 ところが自分があんなイタズラをされて、ああこんな姿ではもう恥ずかしくて人様に姿を見せられないわとしくしく泣いていたんじゃないかしら。ずうっと閉じこもって孤独に過ごして、やっぱり寂しかったでしょうねえ。

 あのセクハラ親父に七十年ぶりに姿を見られて、見たわね〜?と恥ずかしくて恨めしい気持ちと、やっぱり、久しぶりに人に見られて嬉しい気持ちもあったんでしょうね。

 ところがお礼参りに現れてもあの親父にはとんと相手にされないで、キイ〜、悔しい〜、と意地になってつきまとったんでしょうね。別に悪い幽霊ではないけれど、ああいう場所は先客の皆さんが多数おいでですからね、中には悪さを誘発させてしまうこともあるでしょう。

 というわけで、あの場からお引き取り願わなくてはならなかったんだけど、せっかくの生きた幽霊画ですもの、成仏させるなんてもったいないから、きれいな姿に戻してあげて、寂しくないように恋人もセットにしてあげて危険のないようにして、またたくさんの人に見てもらえるようにしてあげた、ってわけ」

 と、せっかく幽霊に善行を施してやったのに、

「惜しむらくは、

 四十万円って何〜〜?

 修復に三十万〜〜?

 絵が十万ですってえ〜〜?

 儲けはたったの十万じゃないの〜〜?

 安物でいいって言ったのに、高い絵売りつけやがってえ〜〜〜」

 悔しがる紅倉に、十分安い絵じゃないの、と芙蓉は呆れ、しょうがなく慰めて言った。

「いいじゃないですか。どうせテレビでがっぽりギャラが入るでしょ?」

 そう、監視カメラにはバッチリオーブだの白い影だのがこれでもかと自己主張激しく映っているし、プロの芸能人たちの迫真の証言をたくさん収録できているし、完全否定派の渡井の珍しい(半分)肯定的なインタビューも撮れたしで、三津木ディレクターは大喜びだ。すぐに絵の取材にも行くだろう。これで番組一本出来上がりだ。

 フムと、紅倉も機嫌を直し、だらだら垂れてくるソフトクリームをぺろぺろ舐めて言った。

「二百万くらいの価値はあったわね。あのお寺、大喜びでしょうね」

 女幽霊も張り切ってお客さんを怖がらせようと頑張るだろうし、

 ま、おあとがよろしいようで。


 おしまい。



  2010年6月作品

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霊能力者紅倉美姫23 笑う幽霊画 岳石祭人 @take-stone

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