なんでも転送装置

尾八原ジュージ

なんでも転送装置

『おばあちゃん、誕生日おめでとー!』

 2020年8月12日の午前11時すぎ。芙美が買い物から帰ってくると、見計らったように孫の渚からビデオ通話がかかってきた。

 スマホ画面の向こうの渚を見て、また大人っぽくなったな、と芙美は思った。背景のブルーグレーの壁紙は、息子一家が住む東京のマンションの、リビングのもののようだ。

「ありがとう。もう65歳になっちゃった。めでたいような年じゃないわね」

『もー、そんなこと言わないでよ! ねぇ、今年はコロナのせいでゴールデンウィークに帰省できなかったでしょ? 寂しかったからこんなものを作りました! どうぞー』

 渚の妹の遥が顔を出した。何か妙なものを持っている。ゲームのコントローラーを、小さな段ボール箱につなげたようなものだ。

「なーに? それ」

『じゃじゃーん! なんでも転送装置ー!』

 姉妹は声を揃えて言った。

『これは離れたところに、一瞬でものを送れる装置だよ! この段ボールに入るものなら何でも送れまーす!』

 渚の言葉に、芙美は思わず吹き出した。渚は学校では優等生らしい。しかしいくら勉強が得意でも、11歳がSF的メカ大発明! はないだろう。

「へぇ、それで誕生日プレゼントでも贈ってくれるの?」

 芙美は笑いながら孫たちに尋ねた。

『さすがおばあちゃん、察しがいいね! 今日はこの装置を使って、おばあちゃんにプレゼントを贈ります!』

 渚は遥からコントローラーを受け取ると、慣れた手つきでカチカチっとボタンを押した。

『はい! オッケー!』

 とは言ったものの、芙美の目の前に、リボンをかけた箱が現れた……なんてことはもちろんない。

「どこにも出てこないけど?」

『えっとねぇ、おばあちゃんの家の、お正月の食器が仕舞ってある辺りに届いちゃったみたい。まだ座標を細かく設定できないんだよね』

「ふふふ。じゃ、後で見てみるわ」

『ダメダメ! 試験運転も兼ねてるんだから、すぐ見てきて! また連絡するね!』

 そう言うと、渚は一方的に通話を切ってしまった。芙美は一人で笑いながらキッチンに向かった。

 渚が言っていた「お正月の食器」の入った箱を持ってきて、中身を見せてやろう。装置が本物にせよ偽物にせよ、そこまでしないと納得しない子たちだ。

 おめでたい時にしか使わない、漆塗りの食器の入った紙箱は、キッチンの棚の上だ。普段使わない食器類はまとめてここに置かれている。

(今年もあの食器は、お正月に使ったきりね)

 芙美は正月のことを思い出した。あの頃はまだ新型コロナの影響もなく、一人息子の信吾は家族を連れて帰省してくれた。普段は夫の久雄とふたり暮らしの静かな家だが、たまに彼らが来るとぱっと明るくなる。

 あの頃と比べると、渚は少しお嬢さんらしくなった。3歳下の遥も、背が伸びてすらっとしたようだ。

 半年以上手付かずの箱には、うっすらと埃が積もっていた。そろそろ掃除しなきゃ、と紙箱を下ろして蓋を開けた芙美は、思わず声を上げた。

「あら」

 食器の上にアルバムが載っていた。20センチ四方、オフホワイトの布張りの表紙に、渚と遥の写真が貼られている。傍に「おばあちゃんへ」と書かれたカードが添えられていた。

 芙美はアルバムを取り出すと、パラパラとめくってみた。コンパクトサイズのアルバムには、台紙が10枚挟まっている。一番最初のページには、去年の正月に皆で撮った写真が貼られていた。次は、雛人形を前にポーズをとる渚と遥。ゴールデンウィークに帰省した時の写真もある。夏休み。秋に訪れたテーマパーク。運動会……一番新しいのは今年の正月の写真で、台紙にはあと3枚分ほどのスペースが残されている。

「あらあら」

 芙美はぶつぶつと呟きながら、アルバムを持ってリビングに入った。またしてもタイミングを測ったように、渚からビデオ通話の着信があった。

「はーい」

『あ、おばあちゃん。見てくれた?』

「これかしら? あったわよ」

 芙美は画面の向こうの渚に、アルバムをかざして見せた。

『そうそう! よかったぁ。実験は成功だね!』

「これ、いつの間に仕込んだの?」

『仕込んだんじゃなくて、装置が転送したの! 画面の前に持ってきてくれたから、座標が特定しやすくなったよ』

「そういうものなの?」

 その時、リビングのドアが開いて、久雄が入ってきた。

「お、ビデオ通話か。おじいちゃんも入っていいかな」

『どうぞー。今ね、おばあちゃんになんでも転送装置で、プレゼントを贈ったところなの』

「ははぁ。例のやつが完成したか」

 久雄は驚く素振りも見せず、のんびりとソファに腰かけた。

「やだ、おじいちゃん、知ってたの?」

「うん。一応な」

 久雄は頭をポリポリと掻いた。芙美は思わず苦笑した。

「SF小説じゃないんだから……」

 そのとき、ピンポーン! という音が部屋中に響き渡った。芙美は思わずどきっとしたが、よく考えればインターホンの音である。最近耳が遠くなった気がして、音量を上げたのだ。

「心臓に悪いわ」

 芙美は立ち上がると、インターホンのモニターを見た。

『草野さん、宅配便です』

「はーい。ちょっと出てくるわね」

 宅配便を持ってきたのは、もう何年もこの辺りを担当している女性ドライバーで、芙美とも顔見知りである。

「いつもご苦労さま」

 サインをして荷物を受け取った。差出人は信吾だ。リビングに持っていくと、久雄と渚がスマホ越しに何か話しているところだった。

「パパから荷物が届いたわよ」

『あ、それケーキだ。パパとママからのプレゼント』

 確かに「要冷蔵」と書いてある。芙美はキッチンに向かうと、冷蔵庫に箱を入れた。差出人の名前こそ信吾だが、こういうものを手配してくれるのは嫁の真知だ。

 ママに似たのか、渚も遥もプレゼントを贈ることが好きらしく、久雄や芙美の誕生日には何かしら贈り物をしてくれる。もちろん、小学生が用意できるような安価なものだが、芙美にはそれで十分嬉しい。

(ふたりとも結構凝るのよね。中身だけじゃなくて、ラッピングとか、渡し方とか……)

 ついでに彼女はガラスコップをふたつ取り出すと、麦茶を注いでトレーに載せ、リビングに戻った。ソファに座る久雄は、膝の上に閉じたアルバムを載せている。

「ああ、それ。私宛のプレゼントですって」

「そうか。何だか渚が、俺にこうしてくれって言ってな」

『そうそう! 今そこに座標を合わせたから、おじいちゃんは動かないでねー』

『おばあちゃんは動いていいよ!』

 画面の向こうで、渚と遥がかわりばんこに喋る。

『では続きを転送します! 助手くん、頼んだぞ!』

『イエッサー!』

 助手と呼ばれた遥が敬礼をして、カメラに向かって3枚の写真を見せると、それらを段ボール箱に入れた。蓋を閉じると、渚がコントローラーを操作する。

『はい! これでアルバムの中に、新しい写真が追加されたはずだよー』

「これで?」

 久雄が頭を掻きながら、芙美にアルバムを手渡してきた。受け取ってアルバムを開くと、なんと空いていたはずのページに、新たな写真が追加されているではないか。

 どこかの公園で渚と遥がピースをしているもの、信吾を加えた3人でテーブルを囲んでいるもの、そして姉妹で「おばあちゃん ハッピーバースデー!」と書かれた画用紙を掲げて笑っているものの3枚だ。

 公園の写真には、ピンクの花を咲かせたモクレンが写っている。渚と遥の見た目からも、この写真は今年の春に撮られたものと見て間違いない。確かにアルバムの続きだ。

「あらー、不思議ねぇ」

『ふふふ、なんでも転送装置の実力を思い知ったかな?』

 画面の向こうで、渚と遥がニヤニヤしている。こういうのをドヤ顔と言うのね、と思いながら、芙美はアルバムを閉じ、麦茶を一口飲んだ。

「渚、遥。素敵な贈り物をどうもありがとう」

『どういたしまして!』と異口同音に応える声。

「でも、おばあちゃんを驚かせるにはまだまだね」

 そう言って、芙美は笑いだしてしまった。堪えるのもここが限界だ。

『どうして?』

「だって、バレバレなんだもの。おじいちゃんがグルなんでしょ?」

 芙美がそう言って久雄を見ると、彼は麦茶を飲みながら頭を掻いた。

「ほら。おじいちゃんがやたらと頭を掻くときは、私に隠し事があるときって決まってるのよ。さっき私が宅配便を取りにいったりしていた隙に、写真をアルバムに貼ったのね。その写真は前もって、おじいちゃん宛に送っておいたんでしょう」

『えーと、でも宅配便なんて、都合よく来るかわからないじゃない』

「それがわかるのよ。この辺、宅配の担当の人はずーっと同じだからね。結構親しいし、連絡先も控えてあるの。何時頃ここに回ってくるか、私もよく問い合わせるのよ。今日はおじいちゃんが問い合わせて、渚たちがそれにタイミングを合わせたんでしょ」

 渚と遥は、画面の中で顔を見合わせた。

『じゃ、アルバムがそっちにあったのは?』

「そりゃもう、お正月に来たときに仕込んだに決まってるわ。あの箱はお正月にしか開けないものだって、ふたりはちゃんと知ってるものね」

 ふたりはくすくすと笑い始めた。『ちぇー、バレたか!』

「まだまだ修行が足りないわね」

『はーい』

 孫たちは残念そうに声を揃えたが、顔はやけにニヤニヤしている。

「どうしたの? 何だか楽しそうね」

『なんでも転送装置はバレちゃったけどぉ』

『これから、おばあちゃんが絶対に驚くことが起こるんだよ!』

 そう言うと、突然通話が切れた。それから誰もいないはずの二階で、バタンとドアを開け閉めする音が響いたかと思うと、ふたつの足音がバタバタと階段を駆け下りて来た。瞬く間にリビングのドアが開いて、渚と遥が歓声を上げながら飛び込んで来た。

「ふたりとも、さっきから俺の書斎にいたんだ。あそこは俺しか入らんから」

 久雄がニヤニヤ笑いながら種明かしする。

「背景はでっかい画用紙貼ってな。案外バレないもんだなぁ」

「ちょっともう、ほんとにびっくりしたじゃないの!」

 やられたわと文句を言いながら、芙美は駆け寄ってきたふたりを抱きしめた。

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